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妹に婚約者を譲った私ですが、今度の結婚は譲りません  作者: 黒咲かぐら


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第44話 結婚したい人がいます

 フェルナン様が家で相談したことを聞いたのは、冷たい雨の日から六日後だった。


 訪問の便りには、昼前に着き、午後の早いうちに戻るとある。私はモーリスへ、館で確かめた暮らしの費用も、一緒に話せるよう頼んだ。


 彼が着くと、まず応接室へ案内した。


「父と母、それから兄へ、話しました」


 フェルナン様は椅子へ座り、私を見た。


「結婚したい人がいると。あなたと、北領で暮らすことを考えていると伝えました」


 私は頷いた。


 結婚したい人。


 彼が家の中でそう言った相手は、私だった。


「私が、もうお返事をしたとは……」

「言っていません。お互いの気持ちは確かめましたが、暮らし方を相談しているところだと話しました」


 私は少し息をついた。


 彼の家族には、どんなふうに伝わるのか気になっていた。


「父は、仕事をやめるつもりかと尋ねました。続けたいと答えると、北領へ住むために何を変えるのか、兄と確かめるようにと」


 フェルナン様は、持ってきた紙を出した。


 こちらへ移して受けられる連絡と、辺境伯家の館で確認する用件が分けてある。


 町や北側の村へ向かう日は、北領から直接出られる。家で書類を合わせる日は、まとまった時間を取って館へ戻ることになる。


「兄への報告は、週に一度、館で行う日を作る案です。ただ、急ぎの用件があれば、その日に限ることはできません」


 私は地図を取った。


「毎日、往復するわけではないのですね」

「はい。家にしかない書類まで、こちらへ運ぶつもりはありません。必要な日は、向こうへ泊まることもあります」


 冬の道が使いにくい場合も、無理に帰らず、宿か辺境伯家の館へ泊まる。その間の北領の判断は、これまで通り私が引き受けると答えた。


「北領に住むからといって、当家で引き受けている用件を、兄へ全部渡すことはできません。こちらに近くなる仕事と、遠くなる仕事を合わせて、この案なら続けられると話しています」


 彼は仕事の費用についても説明した。


 辺境伯家の用件で出かける費用は、これまで通り、家の決めた範囲で支払われる。北領での生活費へ、その分を混ぜて使うことはできない。


 仕事に対して受け取る定まった収入から、館での暮らしに出せる分を考えてきたという。


「父が毎回、好きなだけ出してくれるものとして、計算はしませんでした」


 彼は紙の端を示した。


 私はモーリスを呼び、こちらで確かめた費用も見てもらった。


 食事や洗濯は増える。彼の馬を館へ置くなら、餌と世話も必要になる。今の人手でできる範囲を、アンヌや御者にも聞いてあった。


「馬の世話を毎日追加するなら、館のほかの用件と重なる日があります」


 モーリスが言った。


 フェルナン様は、自分でできることと、頼む必要のあることを分けて確かめたいと答えた。


 モーリスが下がったあと、私は紙を見た。


「大きく館を直さなくても、暮らせるでしょうか」

「部屋を見てから確かめたいですが、今あるものを使うつもりです。こちらを当家の館と同じにしていただきたいとは思っていません」


 私は頷いた。


 空いている家具の部屋は、妹たちが来たときに客室へ整えた。別の部屋も使えるが、冬に暖める範囲を増やせば薪が要る。


 必要な支度を、モーリスと改めて見ることになった。


 フェルナン様は、自分の荷物についても話した。服や本、仕事で使う道具は持ってくるが、家に置くものまで全部運ぶ必要はないという。


「一度に来ると、部屋が箱でいっぱいになりそうですね」


 私が言うと、彼は、それは避けたいですと笑った。


 北へ来たとき、私も使わない服をしまったままにしていた。館で暮らし始めてから、必要なものが変わった。


「何を置くか、分からなければ、先に聞いてください」

「はい。あなたも、置かれて困るものがあれば、教えてください」


 私は頷いた。


 部屋の図を見ながら、机を二つ並べる場所を考えた。仕事の紙を分けるなら、棚も別に使う方がよい。


 私が窓のそばを示すと、彼は、ここは直したところですねと言った。


「今は、風が入りません」

「では、紙を押さえる石を、取り合わずに済みますね」


 私は笑った。


 彼が仕事をする場所を想像すると、自分の机だけがある部屋とは違って見えた。


「お母様は、何とおっしゃったのですか」


 尋ねると、彼は少し笑った。


「私が、あなたの館で暮らすという意味を、きちんと考えたのかと」


 私は彼を見た。


「自分の家の使用人にしていた頼み方を、そのまま北領でするつもりではないかと聞かれました」


 夫人の声を思い出した。


 晩餐のとき、私が北領で何をしているかを聞いてくださった人だった。


「私も、そこはまだ分かっていないと思います。二人で使う館のことは相談し、北領の仕事については、あなたへ確かめたいと答えました」


 私は頷いた。


 彼が来るだけで、館の主人が入れ替わる話ではない。


「今の案なら、北領に住んで仕事を続けることは可能だと、家でも確認できました。実際の連絡の方法や、こちらで増える費用は、婚約の書面を整えるまでに詰めたいです」


 フェルナン様は紙を畳まず、私の方へ寄せた。


「これは、私が家で相談した案です。あなたは、どう思われますか」


 私は紙へ手を伸ばした。


 父がベルセの図を広げたときには、これが私のためだと言われた。


 今は、彼が自分の望みを話し、私の返事を待っている。


「私も、これを読んで、もう一度考えたいです」

「はい」


 彼は頷いた。


 帰る前、廊下の棚のところで足を止めた。籠が二つ置いてあり、片方は布が掛かっている。


「冬は、こちらにも濡れたものが増えるのですね」

「外から戻ると、上着をすぐにしまえない日があります」


 彼は自分の上着へ目を向け、置く場所も考えましょうと言った。


 私は笑って頷いた。


 結婚の相談は、今日の大きな紙だけではなかった。帰ってきた人の上着を、どこへ掛けるかも、その先にあった。


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