第36話 価値のない土地
橋が通れるようになったのは、フィオナたちが帰って二日後だった。
途中で雨が降り、川の水が増えたため、予定より一日長く掛かった。
職人が支えと板を確かめ、荷車を通してよいと知らせてくれたあと、私はモーリスと通行の知らせを出した。
フェルナン様にも便で伝えた。受け取った返事には、町で出発を待っていた荷を、翌日から動かすとあった。
それから十日ほど過ぎた頃、お父様から厚い封書が届いた。
朝晩の風が冷たくなり、庭の木の下には落ち葉が溜まっていた。
私は応接室で封を切った。
最初に、妹たちが無事に帰ったことが書かれていた。
次に、北領で取引が続き、辺境伯家と橋の修理を分担したと聞いた、とある。
妹たちの話だけではない。デュランさんの報告も踏まえ、北領について家令と検討したという。
『以前のように、本家から管理のためだけに人を往復させる土地ではなくなっている』
私はその行を読み返した。
館へ商人が来ても、本家へ送れるほどお金が余ったわけではない。
続く文にも、今年の収入が急に大きくなったとは書かれていなかった。
領境の町と連絡が取れ、品が動くようになれば、今後は違う使い方を考えられるという。隣領との窓口を持つ土地として、伯爵家でも改めて管理する価値があるとあった。
橋を直した費用と、今後も道を維持する費用は掛かる。辺境伯家が材料を出したからといって、北領の負担が消えたわけではない。
父の手紙にも、その点は記されていた。
それでも、本家でほかの領地の取引と合わせ、連絡する人を定めれば、以前とは違う採算を考えられるという。
必ず大きな利益が出る、と書かれてはいなかった。今、戻しておけば、先の計画を本家で決められる。そのことに、父は意味を見ているのだろう。
手紙には、道や荷の置き場へ費用を出すなら、本家で使い方まで決められる形にしたいとあった。今のままでは、北領で何を受け入れるかは私の判断になる。
本家との協力だけでも、相談はできる。けれど、父が望んでいるのは、そのたびに私と合意を取り直すことではない。北領を含めた計画を、本家の判断で進められるようにすることだった。
私へ渡したときにも、父は北領の資料を読んでいた。何も知らずに損な土地だと決めつけたわけではない。
遠くから報告を取り寄せるだけの場所と、隣領へ直接連絡が通る場所では、家の中での使い方も変わる。
私は、手紙の続きを読んだ。
その下に、提案が書かれていた。
『ベルセの館と、その周辺の土地を、お前へ渡すことを考えている。代わりに、ロシュの北領を本家へ移す』
私は紙を机へ置いた。
ベルセ。
北へ出る前、お父様へ願って、すぐに断られた土地だった。
添えられた紙には、渡す範囲が示されている。ベルセ全体ではない。館と畑、それを支える収入のある一画だった。
幼い頃に訪ねた親戚が使っていた館は、今は本家が管理している。王都へ出やすく、近くに町もある。
維持の費用を引いたあとに残る収入の目安は、北領の昨年のものより多かった。
私は、二枚を並べて読んだ。
お父様の手紙には、交換に同意するなら、範囲と収入を改めて確かめ、新しい契約を整えるとある。
今の契約を取り消したと、勝手に宣言されてはいなかった。
北領を渡すとき、お父様は、土地を持てば終わる話ではないと言った。そのことは間違っていない。
水路も、館も、橋も、費用と人の都合を確かめてきた。
ベルセなら、同じ生活費を賄っても、残せる分が増えるかもしれない。
冬に道が塞がる心配も、ここより少ないだろう。
モーリスを呼び、紙を見せた。
「この目安は、どう見ればよいのでしょう」
彼は北領の支出と比べながら、ベルセの資料には、別の土地の事情があると答えた。
「こちらの家令が出した数字を、私だけで正しいとも、違うとも申し上げられません。館の修理や、人の雇い入れについても、確かめる必要がございます」
私は頷いた。
良い土地だから何も考えなくてよい、という話ではない。
それでも、資料に書かれた条件は魅力的だった。
「北領を本家へ戻す場合、皆はどうなるのでしょう」
モーリスは、所有者が変わっても、すぐに皆が出ていく話ではないと答えた。
父の手紙にも、今の管理人や館の者は、希望を確かめて継続して雇うとある。村の畑や、各家の品まで取り上げる提案ではなかった。
「取引も、続けるつもりだと書かれていますね」
彼が言った。
私は頷いた。
私がいなければ、すべてなくなるという理由で断ることはできなかった。
モーリスは紙を机へ戻した。
「お嬢様が、どちらで暮らしたいかも、含めてお考えになることです」
私はすぐには答えなかった。
その日の午後、フェルナン様から、次の休みの日を知らせる便が来た。
仕事とは別に会う約束を、ようやく決められそうだった。
北領の予定を確かめ、庭を歩いてお茶を飲むくらいならと返事を書いた。リュシーにも、お茶の支度を頼んだ。
手紙を託したあと、ベルセの資料をもう一度開いた。
そちらへ移れば、フェルナン様と会うにも旅の支度が要る。
だから断るのだろうか。
彼と結婚するかどうかは、まだ決めていない。もし、先の話が続かなかったら、ベルセへ行けばよかったと思うのだろうか。
窓の外を見た。
マルクが館へ来て、モーリスへ何かを渡している。橋の作業で使った布だった。
少し破れたところがあり、直して返したいと話しているのが聞こえた。
私は外へ出て、まずどこが傷んだか見せてくださいと頼んだ。
布を広げると、縁の近くが裂けていた。私でも、針を入れる場所は分かる。
マルクは、仕事に使ったものだからこちらで直しますと言った。
私はモーリスにも確かめ、村で繕ってから返してもらうことになった。
誰かが困るたび、私が全部をする場所ではない。
私が決めなければ進まないことと、別の人へ頼めることが、少しずつ分かってきた場所だった。
部屋へ戻る途中、廊下の棚へ空の籠を置いた。
ベルセの館にも、棚はあるだろう。窓から風が入るかどうかも、見に行けば分かる。
けれど、資料の中にある館と、今、私が戸を開けている館は、まだ同じではなかった。
夜、返事のために紙を出した。
すぐに交換を承諾する文は書けなかった。
条件を読んだことと、自分の暮らす場所を考えてから返事をしたいことを、短く書いた。
それを送ってから、二枚の資料を引き出しへしまった。
北領は、価値がないから私へ渡されたのだと思っていた。
お父様にとって、その意味が変わった。
私にとってどうなのかは、まだ、手紙の言葉にできていなかった。




