第34話 知らない二人
橋へ行く朝、フィオナは、持ってきた上着の中でいちばん暖かいものを選んだ。
私も歩く靴へ履き替え、リュシーに、客室の支度は急がなくてよいと伝えた。
妹の侍女が一緒に来て、アラン様には従者が付き添う。私たちは館の馬車と、二人が乗ってきた馬車に分かれた。
橋の手前に着くと、材を積んだ荷車が既に止まっていた。
セザールと町から来た職人が、縄を外す前に木の端を確かめている。私は御者へ、見学する者の馬車を作業の邪魔にならないところへ寄せるよう頼んだ。
モーリスが、道から離れた草地を示した。
「こちらでご覧いただけます。荷車が動くときには、お声を掛けますので」
フィオナとアラン様に伝えると、二人は頷いた。
私はモーリスについて、材の置き場へ向かった。
マルクたちが半日だけ手を貸し、土の柔らかいところへ板を敷いている。先に頼んだ時間を確かめ、昼までに終わらない分は、職人の方と相談すると伝えた。
「ここまでなら、間に合います」
マルクが布を置く場所を示した。
私は礼を言い、セザールの確認が終わるのを待った。
木を見ても、必要な太さが揃っているかは分からない。受け取ったと署名する前に、職人の返事が要った。
「こちらで、見積もりにあった分はあります」
セザールが言ったので、モーリスと数量を合わせた。
そのとき、フェルナン様が来た。
私たちへ挨拶をし、まず荷車の御者に道中の様子を聞いた。迂回路の坂で時間が掛かったと聞き、帰りは荷が軽くても急がないよう伝えている。
私は客のいる方を示した。
「妹と、アラン様が。昨日、王都から着かれました」
フェルナン様は二人に挨拶した。夜会で顔を合わせているので、紹介は短く済んだ。
「今日は、橋の連絡で伺っています。作業の確認で、お待たせすることがあると思います」
彼が話すと、アラン様は、こちらも見せてもらう立場ですからと答えた。
私は材料を受け取る紙を出した。
フェルナン様は署名する前に、運んだ者へ、残りの小さな材はどの荷車かと尋ねた。別の荷の下になっていて、まだ降ろしていなかった。
「先にこちらを出すのでしたね」
「はい。置き場を奥へ変えました。昨日、雨が残っていたので」
私は図を見せた。
彼は頷き、御者へ変更を伝えた。モーリスが道を空け、セザールは荷を降ろす人へ声を掛ける。
荷車の一台は、館の方で水を飲ませてから帰ることになった。作業用の道へ馬を繋ぐと、荷を降ろす人が通れなくなる。
モーリスが御者へ場所を伝え、私は、昼に出す食事の人数を確かめた。
「こちらから来た者は、町へ戻って食べます。北領で作業を続ける人数だけで大丈夫です」
フェルナン様が答えた。
私は頷き、館へ戻る使いに人数を託した。皆がいるから多めに出せばよいと思えば、アンヌは予定より材料を使うことになる。
フィオナの方を見ると、侍女が上着の襟を直していた。妹は荷車を眺め、こちらが来るのを待っている。
私は手にした紙へ目を戻した。
誰かを待たせていることは分かっていた。でも、途中まで確かめたものを、もうよいことにはできなかった。
私は、荷が揃ってから受領の紙へ名を書いた。
フェルナン様が一通を受け取り、もう一通はモーリスへ渡す。いつも地図や便の予定を受け渡すときと、同じ手順だった。
「作業が終わるまでは、こちらの荷も上流の道を使います」
「はい。通れるようになったら、職人の確認を受けてからお知らせします」
私は手帳へ書いた。
顔を上げると、アラン様が私たちを見ていた。
フィオナが、寒くないのと声を掛けたので、私は少し寒いけれど大丈夫と答えた。
彼女の隣へ戻る前に、セザールから呼ばれた。
外した板を置く場所について、村の人が通る道を塞がない方がよいという。私は、モーリスと場所を確かめてから返事をした。
フェルナン様は、その間、辺境伯領から来た人の帰る時刻を調整していた。
同じ場所にいても、同じことを全部するわけではない。
用件が一段落したところで、私は二人の方へ戻った。
「ここから見えるのは、材料を降ろすところまでです。橋の下での仕事は、近づけません」
「君も、下へは行かないのか」
アラン様が尋ねた。
「はい。見ただけで分かることではありませんし、邪魔になりますから」
彼は橋へ目を向けた。
「管理人に任せると言ったとき、僕は、こういう仕事のことを考えていなかった」
王都の屋敷で言われたことだった。
私はすぐに、気にしていませんとは答えられなかった。
「私も、来る前は知りませんでした」
それだけを言った。
モーリスが分かっていることは、私よりずっと多い。けれど、何を引き受けるかまで、私が知らないままでよいわけではない。
アラン様は、そうですねと頷いた。
彼がこちらへ話しかけようとしたとき、荷車が動く合図があった。私たちは、決めてあった草地の奥へ寄った。
フィオナは私の袖を取った。
「お姉様、まだ戻らないの?」
「あと一つ、職人の方に日程を聞くわ。先に館で休みたければ、馬車を出してもらえるけれど」
妹は、待つと答えた。
私は頷いて、セザールの方へ向かった。
今日の仕事は、材を降ろせば終わりではない。支えを替える間の道をどう塞ぐか、雨が増えたら何を延期するかも聞いた。
予定では三日ほど掛かるが、水の状態によって変わるという。
「長くなる場合も、知らせてください。荷を出す家へ伝えます」
セザールが承知しましたと答えた。
フェルナン様は、もう一度置き場を確かめてから、町へ戻ると話した。
「帰りの荷車は、こちらで確認できました。町で待つ便にも、伝えておきます」
「ありがとうございます」
私は礼を言った。
彼は私の手帳を見て、頁が戻っていますと教えてくれた。書いたところを確かめようとしたのに、風で何枚かめくれていた。
慌てて指で押さえ直すと、彼が少し笑った。
「風が強いですから」
「窓の石を、持ってくればよかったです」
そう答えると、彼は、次は忘れずにと笑った。
私は手帳を閉じた。
二人に向き直ると、フィオナは何も言わなかった。アラン様も、手袋を直し終えたあと、しばらく黙っていた。
フェルナン様が皆へ挨拶し、馬で町へ向かった。
私たちも馬車へ戻った。
道中、アラン様は自分たちの馬車に乗ったので、私の隣にはフィオナだけがいた。
「ずいぶん、慣れていらっしゃるのね」
妹が言った。
「まだ、聞かないと分からないことばかりよ」
私は手帳を膝へ置いた。
妹の言った慣れているが、橋の仕事のことなのか、フェルナン様と話すことなのかは、聞かなかった。
どちらも、王都にいた頃の私にはできなかったことだった。




