第33話 お姉様の知らない顔
フィオナたちが着いたのは、知らせてあった日の午後だった。
王都から二泊して来た馬車は、車輪に乾いた泥をつけていた。御者へ教えた迂回路を使えたと聞き、私は息をついた。
妹が馬車を降り、館を見上げた。
「ここなのね」
「ええ。長い道だったでしょう。まず、お部屋へ」
アラン様も降り、私に挨拶した。
「お招きいただいて、ありがとう」
「お越しいただき、ありがとうございます」
言葉を返すとき、昔のように、彼の隣へ立つ場所を探さずに済んだ。
リュシーがフィオナと侍女を客室へ案内し、モーリスがアラン様の荷物を受け取った。従者と御者には、宿へ行く前に茶を出してもらう。
玄関の荷物が片づく頃、フィオナが戻ってきた。
「お姉様のお部屋も、このくらいの広さなの?」
「少し違うけれど、大きくはないわ」
「王都の部屋とは、ずいぶん違うのね」
私は頷いた。
窓から見えるものも、朝に聞こえる音も違う。
でも、狭くてかわいそうねと言われたわけではない。先に困っていないと説明し続ける必要もなかった。
応接室へ通すと、アラン様は窓へ目を向けた。
「修理をしたと聞いた。こちらかな」
「はい。納屋の雨が入るところも直しました」
フィオナが椅子へ座り、机の上を見た。
客を迎えるために茶の場所は空けたが、手帳と、明日の予定を書いた紙は端に残してあった。
「橋のお仕事も、お姉様がしているの?」
「直すのは職人の方よ。私は、必要な費用と、通れない間の連絡を確かめているの」
フィオナは紙を手に取りかけ、やめた。
「辺境伯家にも、お手伝いしていただくのね」
「この道を使う荷があるので、材料や運搬を分担していただいているわ」
「フェルナン様は、いらっしゃらないの?」
「今日は、来られる予定ではないの」
答えると、妹は、そう、とカップを取った。
私はアンヌに頼んであった焼き菓子を勧めた。旅で疲れたのか、フィオナは半分だけ食べ、残りを皿へ置いた。
王都なら、別の菓子を持ってきましょうかと聞いたかもしれない。
今日は、夕食の時刻を伝え、休むなら部屋へ案内できると話した。
「少し、歩いてみたいわ」
フィオナが言ったので、館の周りを案内することになった。
外へ出る前に、モーリスが私を呼んだ。
明日の材の置き場について、セザールから確認が来たという。地面がぬかるんでいる場所を避け、積む場所を少し移したいそうだった。
私は図を見た。
「こちらなら、荷車が向きを変えられますか」
「御者にも、確かめました」
「では、そこへ。雨除けの布も、先に運んでください」
モーリスが頷き、廊下の棚から布を取った。
私は妹たちへ、庭へ行きましょうと言った。
「今のことも、お姉様に聞くのね」
フィオナが歩きながら言った。
「荷を置く場所が変わるので。私も、同じ場所を知っていた方がよいから」
アラン様は後ろで、そのやり取りを聞いていた。
庭を回ると、リーズが籠を運んでいた。私を見て、明日の朝までこちらへ置いてよいかと尋ねる。
「はい。廊下の通り道は、空けておいてください」
彼女は頷き、妹たちへ会釈をした。
フィオナが籠の中を見た。館で使う根菜が入っている。
「お姉様も、こういうものを食べるの?」
「ええ。今夜にも出ると思うわ」
妹は、何か言いかけたが、アラン様がどんな料理になるのかと尋ねたので、私は煮込みにすることが多いと答えた。
村へ向かう道の入口で、ニコと母親に会った。
母親は館へ持ってきた空の袋を示し、次に品を預ける日を確かめた。
「明後日で、変わりません。ただ、夕方まででしたら、モーリスに渡してください。私は、橋へ行く予定なので」
彼女が頷いた。
ニコは私の上着の裾を見て、今日は川へ行かないのと尋ねた。
「今日は、行かないわ」
「橋、まだ渡っちゃ駄目なんだよね」
「ええ。直ったと知らせるまでは、近くでも遊ばないでね」
ニコは母親を見て、分かってると答えた。
母親が、何度も言っていただいていますと頭を下げる。私はこちらも気になってしまうのでと答えた。
母子が村へ戻ると、アラン様が、よく話す子なのですねと言った。
「前に、いつ帰るのかと聞かれました」
「君が?」
「はい。私はまだ、ここへ来たばかりでしたから」
アラン様は、次の言葉を探すように黙った。
フィオナは私の腕へ手を添えた。
「お姉様が、子供にまでそんなことを言われるなんて」
私は妹を見た。
庇ってくれているのだろうか。けれど、ニコが私を傷つけるために聞いたわけではない。
「前に来た人が、長くは暮らさなかったの。だから、確かめたかったのだと思うわ」
私は腕をほどいて、館の方を示した。
「少し冷えてきたから、戻りましょう」
夕食には、根菜の煮込みと、卵を使った料理が出た。
アンヌが温かい皿を置き、足りなければお申しつけくださいと言った。私は礼を言って匙を取った。
アラン様は料理を食べ、道中の宿ではもっと塩が強かったと話した。フィオナは少し食べてから、こちらでは毎晩こうして皆で食べるのかと尋ねた。
「館の人たちとは、用事の時間が違うこともあるわ。私とリュシーが、台所で食べる日もあるけれど」
「台所で?」
「支度の合間に、お話を聞くことがあるの」
妹は、王都ではしないことねと言った。
私は頷いた。それだけでよかった。
食後、アラン様が翌日の橋の仕事について尋ねた。材料を運ぶ日で、職人も来て、段取りを確かめると説明した。
「僕たちも、見に行ってよいだろうか」
フィオナが彼を見た。
私は少し考えた。
「現場の方に、見ていても支障がない場所を確かめます。作業の近くへは行けませんが、それでよろしければ」
アラン様は、分かりましたと答えた。
妹も、一緒に行くと言った。
二人が部屋へ戻ったあと、リュシーが食卓の布を外した。
「お疲れになりましたか」
「少し」
私は正直に答えた。
「でも、明日の仕事を取りやめなくてよかったわ」
彼女は布を畳みながら、材が来る日ですものねと言った。
以前なら、フィオナが退屈しないかを、先に考えた。明日もずっと付き添い、見たいものへ連れていくつもりになったかもしれない。
今日は、こちらの予定を変えずに話し、見学したいという申し出にも、現場で守ってほしい条件を伝えられた。
二階へ上がると、廊下の向こうで妹の声がした。侍女へ、持ってきた上着を出すよう頼んでいる。
私は自分の部屋へ入り、手帳を開いた。
明日の最初の用件は、橋の材料を受け取ることだった。
その下へ、客を案内する場所を確かめる、と書き足した。
妹が来ても、私の一日は白紙にならなかった。




