第32話 妹が北へ行きたい
橋の見積もりは、すべての木を替えるものではなかった。
セザールが町の職人にも確認を頼み、残せる支えと、替える箇所を分けてくれた。傷んだところを残して費用を減らすことはできないが、橋全体を新しくする必要もないという。
私はモーリスと、その紙を見た。
「北領では、この分まで用意できます」
彼が示したのは、小さな修繕の備えと、冬の必要分を残した範囲だった。
館の仕事を終えたばかりで、余裕は少ない。こちらにある材も使う。それでも、新しく買う木と、職人へ払う分が足りなかった。
私は見積もりの写しを、辺境伯家へ送った。
その間も橋は閉じたままだった。迂回路を使う荷車の時刻を伝え、村の人には、軽い荷でも橋へ乗らないよう繰り返し知らせた。
三日後、フェルナン様から返事が来た。
辺境伯領の材の置き場に、必要な太さの木がある。全量ではないが、そこから出せるという。運搬のための荷車と人も、日を合わせて送れるそうだった。
不足する材料費の一部も、辺境伯家が負担する。北領から町へ通じる道が使えなくなれば、町で買い付ける商人や、当領から出す荷にも支障があるためだと書かれていた。
北領は、残りの材料と職人の費用を負担する。
私は数字だけを見ず、モーリスに、こちらで引き受けて冬を越せるか確かめた。
「この分でしたら。ただ、年内に予定していた納屋の棚の追加は、春へ回すことになります」
「今の棚で、品は置けますか」
「雨の入るところは直りましたので。通路を空ければ、置けます」
私は頷いた。
必要な修理をやめる話ではない。あると便利になる仕事を、今すぐは増やさないという判断だった。
セザールへ材の寸法を確かめてもらい、辺境伯家へ、この分担でお願いしたいと返事をした。双方が何を出すか、モーリスにも同じ紙を残してもらった。
北領の橋の維持を、今後すべて辺境伯家へ任せる取り決めではない。今回の作業についての協力だった。
作業する人を村から出せないかという話もあったが、モーリスは、まだ畑の片づけが残る家もあると言った。
「手が空いた方に、材を置く場所の整理だけ、頼めるでしょうか」
私が尋ねると、その範囲で希望を聞いてみますと答えた。橋を支える木を扱う仕事は、職人へ任せる。私にも村の人にも、急にできるようになることではなかった。
昼までにマルクから、二人で半日なら行けると返事が来た。ほかの家にも頼むのかと聞かれ、必要な人数が揃ったので、今は頼まないと伝えた。
水路を直したときと同じ人が、いつでも手伝えるわけではない。私が困っているから来てくれるだろうと、予定へ入れずに済んだ。
半日の手当も先に伝え、作業費の見積もりに含めてもらった。私は手帳に、来てくれる人の名と、頼んだ時間を書いた。
職人の予定と材を運ぶ荷車の日を合わせて、着手の日を決めることになった。水の状態も、作業前に改めて確かめてもらう。
作業中の通行は認めず、終わって職人が確かめるまでは迂回を続ける。
フェルナン様が次に来たとき、私は、日程を確かめた紙を見せた。
「ありがとうございました。こちらで用意する分も、間に合わせます」
「材を運ぶ者には、橋の手前の置き場を伝えます。作業の日にも、連絡を確かめに来る予定です」
私は頷いた。
前に話した、仕事でない日に会う予定は、二人の都合が合わず、まだ決まっていなかった。
彼はそのことにも触れた。
「橋の連絡とは別に、改めて日をお知らせします」
「はい。私も、予定が変わったらお伝えします」
会いたいという話まで、なかったことにはならない。
私は見送ったあと、手帳の余白を見た。橋の作業が済んだ頃なら、少し時間を取れるかもしれない。
その日の夕方、王都から二通の手紙が届いた。
一通は、お父様からだった。
辺境伯家との話は、私の考えを聞くとある。私が送った、勝手に進めないでほしいという返事への不満も書かれていた。
そして、フィオナが北領を訪れたいと言っている、と続いていた。
お父様は、アラン様が同行し、それぞれに従者や侍女をつけるなら、訪問を認めるという。
妹だけで遠い領地へ行かせるつもりはない。泊まる支度ができるか、返事をするようにとあった。
もう一通は、フィオナの字だった。
『お姉様が、どんなところで暮らしているのか見たいの。アラン様も、一緒に伺ってよいとおっしゃっています』
北へ来たいと、以前の手紙にも書いていた。
そのときは、返事をしても、本当に日を決める話にはならなかった。
今回は候補の日が二つあり、道中の宿の手配も、こちらの返事を待って進めるという。
私は二枚を机に並べた。
アラン様も来る。
王都の屋敷で会ったときには、昔の私へ話しかけられている気がした。館では、どんなふうに挨拶をすればよいのだろう。
リュシーが入ってきて、手紙を見た。
「お客様ですか」
「フィオナと、アラン様が。泊まる部屋を、確かめたいの」
モーリスも呼び、部屋の数を相談した。
普段使う部屋のほかに、しまってある家具の部屋がある。片づければ客室にできるが、すべての同行者を館に泊めるのは難しい。
妹とアラン様には別々の客室を用意し、妹の侍女は妹の部屋に寝台を入れることになった。男性の従者と御者には、近くの村で使っている宿へ、空きと料金を確かめてもらう。
以前から道を通る者が泊まる場所で、馬を休ませることもできるという。宿代と馬の世話の代金は、来訪するそれぞれの家で支払ってもらう。空きが確認できたら、料金とともに返事へ記すことにした。
「二泊でしたら、こちらの日がよいかと」
モーリスが候補の一つを示した。
妹たちの到着を、決まっている橋の作業日の前日にすれば、材料を運ぶ荷車と重ならない。村から品を預かる日でもなかった。
私はその日で返事をすることにした。
「食事は、館でいつも食べるものに、少し足すくらいでお願いします」
言うと、リュシーは頷いた。
姉として、妹の好きな料理をすべて並べなければとは、言わなかった。
部屋へ戻り、フィオナへの返事を書いた。
泊まる日と、客室の支度。町へ向かう橋は修理のため通れないので、到着前に使える道を知らせること。
そして、滞在中も北領の仕事があるので、一緒に過ごせない時間があることを添えた。
書いてから、その一行を眺めた。
先に謝る言葉をつけようか迷ったが、やめた。
妹が来る間も、ここでは人が暮らし、荷が動く。私が北領で何をしているか見たいのなら、その時間も含まれていた。
封筒へ入れる前、私はもう一度、二人の名を見た。
会うのは少し怖い。
けれど、二人が来るからといって、私がここから出ていくわけではなかった。




