第31話 いつも通りができない
フェルナン様へ渡す報告の最後に、廊下の棚ができたと書きかけて、ペンを止めた。
道の連絡に添えることだろうか。
前なら、会ったときに話せばよいと思った。今は、次に来る前にも、知っていてほしいと思ってしまう。
結局、報告には入れず、別の小さな紙へ書いた。
机の上で二枚を重ねたとき、モーリスが戸を叩いた。
「町へ向かう橋について、見ていただきたいことがございます」
紙を伏せ、私は立ち上がった。
橋は北領から辺境伯領の町へ向かう道にある。領境よりこちら側で、小さな流れを渡るための木橋だった。
館や村の荷車も、町から来る商人も使う。
昨夜の雨が上がったあと、見回りの御者が、橋の端の沈みを見つけたという。
モーリスと現地へ行くと、入口に枝が置かれていた。御者が通らずに待ち、来た荷車へ迂回するよう知らせている。
「上からだけでは、分からなかったのです」
モーリスが川岸を示した。
橋を支える木の一つに、傷んだところがある。水が増えたあと、端が傾いたのだという。
私は近づこうとして、彼に止められた。
「下へ降りず、ここから。まず職人に確かめてもらいます」
水は濁り、石の間を速く流れていた。
「歩く人なら、渡れますか」
「私には、安全だとは申し上げられません」
私は橋の向こうを見た。
町へ急ぐ荷車がある。迂回すれば、道は長くなり、雨のあとには坂で止まることもある。
でも、ここで通してよいと言えるものを、私は持っていなかった。
「確かめるまで、渡らないようにしてください。歩く人にも」
声を掛ける場所を相談し、両側に知らせを置くことになった。向こう側へは上流の別の道から回ってもらう。
モーリスは、北領が維持してきた橋だと説明した。
「昨年は、上の板を替えました。支えも見たつもりでしたが、今回の傷みを見つけられませんでした」
彼は橋へ目を向けた。
「前に見た記録と、職人の話を合わせて確かめたいです」
私は答えた。
何が悪かったかを今ここで言うより、誰かが落ちないうちに止められたことを、まず確かめたかった。
館へ戻り、モーリスに職人への連絡を頼んだ。
セザールが翌朝なら見に行けるという。橋の支えを扱ったことがあり、一人で判断できない箇所があれば、町の職人にも頼むそうだった。
私は辺境伯領へ知らせを書くことになった。
フェルナン様へ向けた小さな紙が、机に残っている。
それを引き出しへ入れ、通行を止めた場所と、使える迂回路を書いた。
北領の橋のことだから、こちらで全部解決してから知らせた方がよいのだろうか。
迷ったけれど、知らずに荷車が向かえば困る。調べ終わるまで待たず、今日の便で送った。
翌朝、セザールは橋を見て、支えの一部を替える必要があると言った。
「上を補うだけでは、荷を載せられません。使える木はありますが、ここは新しいものが要ります」
私は木の長さを聞いても、どのくらいの値なのか分からなかった。
モーリスが手持ちの材を確かめ、セザールは足りない分を書き出した。
館の修理を終えたばかりだった。橋のために残した大きなお金はない。
小さな修繕の備えだけで全部を賄おうとすれば、冬の薪や食料へ手をつけることになる。
「先に、必要な分を見積もってください。買う前に、私にも」
私は頼んだ。
その日の午後、フェルナン様が来た。
馬を降りる彼を見て、私は、作業の上着の袖を引いた。橋へ行く支度のままで、靴にも泥がついていた。
きれいな服へ替える暇はない。
それでも、以前はそんなことを考えなかったはずだった。
「通行を止めたと伺ったので、先にこちらの状況を確かめに来ました」
「急に、お手数を……」
言いかけて、止めた。
彼は用件を持って来た。私が会いたがったから、仕事を置いて来させたわけではない。
「ありがとうございます。職人の方に見てもらったところです」
私は橋の報告を渡した。
フェルナン様は、町へ向かう荷車が続く時期なので、早く知らせてもらえてよかったと言った。
彼とモーリスと、もう一度橋へ行った。フェルナン様も橋へ乗らず、岸から見て、セザールの説明を聞いた。
「迂回路を使う便には、出発時刻の調整が要りますね」
彼が言うと、セザールは、重い荷なら上流の坂も気をつけてほしいと答えた。
私はそのことを書き足した。
戻る途中、フェルナン様は、材の置き場についてモーリスへ尋ねた。
「当領でも、この橋を通る荷があります。こちらで出せるものがないか、家へ持ち帰って確かめます」
私は頷いた。
「ただ、今日ここで、全部を引き受けるとお約束はできません」
「はい。必要な分と、こちらで用意できる分をお知らせします」
口にして、少し息がしやすくなった。
北領の責任であることと、ほかの土地にも関わることを、同時に話してよかった。
モーリスは、売る品を運ぶ日も変える必要があると言った。ペランさんの荷車を橋の手前まで呼んでも、重い袋を人が持って渡ることはできない。
「館で預かったままにするか、別の道で運ぶか、日程を聞いてみます」
彼が言うと、私は、預けている家にも伝えてくださいと頼んだ。
橋を止めれば、それだけで仕事が終わるわけではなかった。
フェルナン様は、町の方へ届いた知らせにも同じ迂回路を記し、違う道を案内しないよう確かめると言った。
道の脇の平らな石の前で立ち止まり、私はその上に地図を広げた。彼の指が橋の位置を示し、すぐそばへ私も印をつける。
袖が触れそうになり、手を止めた。
彼は私の顔を見たが、何も言わず、地図を少しこちらへ寄せてくれた。私は礼を言い、迂回に使う道を最後までなぞった。
館へ戻ると、私は引き出しから小さな紙を出した。
渡すか迷っていると、彼が、そちらも報告ですかと尋ねた。
「いいえ。昨日、お渡ししようと思っていたものです」
紙を差し出すと、彼は読んで、棚ができたのですねと言った。
「今日、見られますか」
「はい。廊下にあります」
二人で廊下へ向かった。
棚の上には、村へ持っていく空の籠がある。修理で外した板の色が、側面に残っていた。
フェルナン様は、これは使いやすそうですねと言った。
私は頷いた。
いつも通りに話すのが、前より難しい。けれど、橋のことで慌ただしかった今日にも、この小さな話を渡せたことが嬉しかった。




