第28話 伯爵家からのお客様
お父様の側近であるデュランさんが来ると、先に手紙で知らされた。
王都の屋敷で、何度か顔を見たことがある。家令とは別に、お父様の用件で出かける人だった。
北領の様子を確かめ、私の話も聞きたいという。
来訪の日と、館へ泊まれるかが書かれていた。
私はモーリスと客室を確かめ、返事をした。お父様に送れないと伝えたことと、今回の訪問は、無関係ではないだろう。
デュランさんは、昼過ぎに着いた。
私に一礼し、道中が思ったより通りやすかったと話した。
「迂回する場所は、館から知らせていただきましたので」
「雨が降ると、変わることもあります。お帰りの前にも、御者へ確かめます」
応接室へ通すと、彼は窓の近くに腰を下ろした。
窓の枠には、職人が見て付けた小さな印がある。修理は数日後に始まる予定だった。
「ご当主は、お嬢様がこちらで忙しくなさっていることを、気に掛けておられます」
私はお茶を置いた。
「北領の様子について、よい話もお聞きになりました。取引が増えたと」
「少しずつです。まだ、買っていただけない品もあります」
デュランさんは頷いた。
「冬の修繕も、伺いました。実際にどれほどの収入があり、何へ使われるのか、収支を拝見してお伝えできればと存じます」
モーリスの指が、膝の上で動いた。
以前なら、書類を取りに行くところだったのかもしれない。
私はカップを持たずに、デュランさんを見た。
「北領の収支について、本家の確認を受ける取り決めはありません」
声は、思ったより小さくなかった。
デュランさんが一度瞬きをした。
「ご当主にご説明するためです。こちらを疑っているということでは」
「はい。ですが、北領の収入と管理は、私が引き受けています。必要な修理については、ご覧いただけます」
モーリスの方を見た。
「窓と、納屋を案内していただけますか」
彼が頷いた。
デュランさんは、少し黙ってから、承知しましたと答えた。
私は息をついた。
帳簿を見せれば、本家へ送れないことを分かってもらえるのかもしれない。
でも、見せて説明しなければ、こちらで使ってはいけないという話にはしたくなかった。
外へ出ると、デュランさんは納屋の屋根を見上げた。
傷んだところをモーリスが示す。雨が入る場所から棚を移していたことも話した。
「冬までに、ここを塞ぎます」
私が言うと、デュランさんは柱に触れた。
「全体を建て替えるほどでは、ないのですね」
「はい。職人の方にも、使えるところは残して直していただきます」
館を大きくする話ではない。
今あるものを、冬にも使えるようにしたかった。
納屋の中には、村から来た袋が並んでいた。札を確かめていたルネが、私たちを見て会釈した。
「こちらも、館の収入になる品ですか」
デュランさんが尋ねた。
「村の家から、お預かりしているものです。売れた分は、持ち主へ渡します」
私は答えた。
並んだ袋が多くても、すべてが私のお金になるわけではない。
ルネは空いている通路を確かめ、次に運ぶ品の置き場所をモーリスと相談した。
デュランさんは、その話を聞いていた。
修理の箇所を見終えたあと、水路の方へも案内することになった。
石積みは崩れていない。上の村へ向かう口も、決めた通りに使われていた。
マルクと会うと、私へ、次の見回りは明日ですと教えてくれた。
「ありがとうございます。何か変わっていたら、知らせてください」
彼は頷き、畑へ戻った。
デュランさんが、こちらの方も、館へ品を預けているのですかと尋ねた。
「はい。希望する分だけです。冬に使うものは、それぞれに残しています」
道の脇では、子供が二人、枝を拾っていた。
ニコがこちらへ気づき、私に手を振った。誰か一緒にいるのを見て、走っては来なかった。
私は軽く振り返した。
館へ戻る道で、デュランさんが言った。
「本家から以前伺った話より、人の出入りがありますね」
「村の品を置く日が増えましたから。前から、ここに暮らす人はいました」
答えてから、少し言い方が強かったかもしれないと思った。
彼は怒らず、そうでしたねと頷いた。
応接室へ戻ると、デュランさんは上着の袖についた土を払った。
「村の方が、よく声を掛けられますね」
「用件があるので。私より、モーリスに尋ねることも多いです」
私は答えた。
水路が直ったあと、誰も私の周りへ集まって、立派な領主だとは言わなかった。今日も、マルクが知らせたのは、見回りの日だった。
デュランさんは、少しずつ落ち着かれたのですねと言った。
その言葉なら、頷けた。
ただ、収入がいくら増えたかを、お父様へ伝えるために来たのなら、景色を見せるだけでは、満足しないかもしれない。
彼は、ここで取引の連絡を待ち、品を預かるようになったことを書き留めた。帳簿を見せないと答えても、現地で見たことまで隠す必要はない。
私は、修理が終わっても館を大きくする予定はないことを伝えた。冬を越せるようにする、それが先だった。
デュランさんは頷き、職人が来る日を確かめた。
私は、日付を答えた。今から取り消せば、その職人も別の仕事を組み直すことになる。
お父様の返事を待つだけでない予定が、ここにはある。彼が書き留めた日付を見て、そのことをもう一度思った。
夕食の前、デュランさんはもう一度、本家へ送る分について尋ねた。
「修繕を済ませたあとに、残る分があれば、改めてお考えいただけますか」
私はすぐには答えなかった。
今、残ると約束すれば、必要な仕事が増えても送るために我慢をさせることになる。
「冬に必要な分を、まず確かめます。今ここで、本家へ送るお約束はできません」
デュランさんは頷き、それを伝えますと答えた。
翌朝、彼は王都へ向かう馬車へ乗った。
道の状態をモーリスと御者が確かめ、使える道を知らせてある。
私は玄関で見送った。
北領の帳簿を持ち帰ることはなかった。それでも、彼には現地で見たものと、書き留めたことがある。
お父様へ、どのように話されるのだろう。
気になりながら、私は応接室へ戻った。
窓の修理をするため、机を少し動かす予定だった。モーリスが、書類は二階へ運びますかと尋ねる。
「はい。こちらの机は、作業しやすいように」
私は紙を抱えた。
本家へ送るためではなく、北領で使い続けるために、しまう場所を変えた。




