第27話 北領で使います
冬支度の話を聞くと、去年より困っていないという返事があった。
豆が少しずつ売れ、村で使う塩や布を買えた家がある。館の畑の品も売れ、必要なものを買い足せた。
何もかも余るようになったわけではない。
今年は、食べる分を残した上で、傷んだ窓や、納屋の雨が入るところへ先に手を入れる余地があった。
モーリスが、修理する箇所を私へ見せた。
「こちらは、雪が降る前に。窓の方も、風の入る隙間が大きくなっています」
私は、応接室の小さな石を見た。
書いた紙が飛ばないよう、何度も使っている。
今は笑って話せても、冬に同じ風が入れば困る。
「職人の方を、お願いできますか」
「日を確かめます。材料も、町で揃えられるかと」
話を終えた日の午後、お父様から手紙が来た。
縁談の返事を受け取ったことが、最初に書かれていた。今すぐの承諾ではないという私の返事に、満足していないようだったが、今回の用件は別にあった。
『取引が始まったと聞いた。暮らしが落ち着いたのであれば、本家のためにも力を尽くしなさい』
続けて、妹の結婚準備や、王都での支出が挙げられていた。
北領から、できる分を送るようにという。
私は手紙を机へ置いた。
お父様が土地を渡してくださった。そのとき、最初に必要な品も用意してもらった。
何も返さずにいるのは、よくないのだろうか。
納屋の修理に使う話をした紙が、机の端にあった。
まだ職人へ頼む日は決まっていない。やめれば、今ある分を送ることはできる。
私はその紙を持ち、モーリスを呼んだ。
「この修理を、春まで延ばすことはできますか」
彼は紙を見てから、窓へ目を向けた。
「できなくはありません。ただ、納屋は雪のあとに水が入りやすくなります。去年も、棚を移して防ぎました」
「窓は?」
「布を当てれば、少しは。ただ、その分、昼にも暗くなります」
「お父様から、本家へ送るようにと言われました」
私は手紙を見せた。
モーリスは読み終えると、黙った。
「費用は、まだ決まっていないのですね」
「正式には、職人に見てもらってからです。ただ、これまでの修理費と、冬に必要な備えを考えると、今、本家へ送れるほどの余裕はございません」
モーリスは、納屋の図を指した。
「まず雨の入る場所を直し、残る分で窓を。見積もりが大きければ、直す範囲を相談する必要があります」
私は頷いた。まだ値が決まっていないことと、使ってよい余剰があることは、同じではなかった。
何も起きないから延ばせる、という話ではなかった。
誰かが、荷物を動かし、布を掛け、我慢をして冬を過ごす。
北領がまだ父の所有だった頃なら、本家から送れと言われれば、モーリスも従うほかなかったのかもしれない。
「お嬢様がお決めになることです」
彼はそう言った。
契約の説明と、同じことだった。
私の所有する土地の収入を、どこへ使うか。
お父様に尋ねれば、まず家のためにと言われるだろう。
でも、北領の館にも、家がある。雪が降れば、そこに暮らす人がいる。
「職人の方を、予定通りにお願いしてください」
口にすると、モーリスが顔を上げた。
「まず、見てもらって、費用を確かめたいです。修理は、冬までに済ませたいと思います」
「承知しました」
私は紙を受け取り、机へ戻った。
お父様への返事を、すぐには書けなかった。
感謝しております、という書き出しは、何度も使っている。今回も、そう書けば、少しは怒らず読んでもらえるだろうか。
紙に書きかけて、止めた。
お礼を言うことと、送るかどうかは別だった。
『北領では、冬までに必要な修繕があります。今ある分は、そのために使いますので、本家へ送ることはできません』
それだけで、返事の中心は書けた。
私は、読み返した。
お父様は、必要な修繕ならば仕方ないと答えるだろうか。それとも、北のことより家のことを考えろと言われるだろうか。
分からない。
けれど、返事を書いたあと、納屋の紙を引き出しへ隠す気持ちにはならなかった。
職人へ見てもらうために、机の上へ残した。
窓のところへ行き、枠へ手を当てた。細い隙間から、指先へ風が入る。
いまは秋で、痛いほど冷たくはない。冬になれば、ここへ座る人は、肩に布を掛けるのだろう。紙を押さえながら、灯りを増やして仕事をするかもしれない。
私は、北領で初めて出された鶏肉の皿を思い出した。皆にとっては特別に用意したものを、私は少ないと思った。
その暮らしを知ったあとで、王都の衣装や式の支度のために、また館の仕事を延ばすのだろうか。
お父様が用意してくださった旅費や品物に、感謝していないわけではない。
ただ、それを返すために、ここへ入る風をそのままにするというのは、私の決めたいことではなかった。
モーリスが、修理する間の机の置き場所を尋ねに来た。
「奥の部屋で、仕事ができますか」
「できます。少し狭くなりますが」
私が頷くと、彼は部屋を見ておきますと答えた。
もう、修理をするための話が進んでいる。
そのあとから、やはり父が怒るかもしれないので待ってほしいとは、言いたくなかった。
私は手紙の下へ、費用を確かめた上で必要な箇所から進めます、と添えた。
お父様に許可を求める文ではない。こちらで何をするか、伝える文だった。
書き終えた紙を乾かし、封筒を待つ間、納屋の修理箇所を手帳へ写した。
父へ断ったという言葉だけで、今日を終わらせたくなかった。職人が来たときに何を聞くかも、私が決めることだった。
リュシーが封筒を持ってきたとき、私は初めて、父へ送れないと返事をしたと話した。
「この分を送ると、納屋の修理を延ばすことになるの」
彼女は窓の外を見た。
「冬に雪が入るのは、困りますね」
「ええ」
私が頷くと、彼女は封筒を机へ置いた。
正しいです、と言ってくれるわけではない。父がどう思うかも、教えてくれない。
ただ、ここで冬を過ごす人として、困ると言った。
その声を聞き、私は手紙を折った。
翌朝、便へ託すときには、手が少し冷たくなった。
使いの者が出ていったあと、モーリスが職人の予定を知らせに来た。
見に来てもらえるのは、明後日だという。
私はその日を手帳に書いた。
モーリスは、冬までに済ませるなら、材料も早めに押さえる必要があると言った。
「まず納屋の雨が入るところから。窓は、職人の方に見てもらった範囲で、必要なところを」
私が確かめると、彼はその順番を紙へ記した。
全部を新品にする余裕はない。使える板は残し、壊れているものだけを替える。新しく買わずに済む品があるか、館の物置も一緒に見ることになった。
父へ送らないと決めたから、好きにお金を使ってよいわけではない。必要だと答えたことを、実際の仕事にしていかなければならなかった。
私はモーリスについて物置へ行き、板を重ねた場所を教えてもらった。使えるかは職人に確かめてもらうとして、見てもらう品の場所は私にも分かった。
お父様の返事は、まだ届かない。
でも、北領で使うという私の返事は、既に出した。




