第24話 隣の家の食卓
サヴェル辺境伯家からの招待状には、私の名が書かれていた。
北領との交易や道路の連絡が増えたため、領主同士で一度、顔を合わせたいという。
晩餐の席を用意するので都合を知らせてほしい、とある。
私はモーリスと日を確かめた。
夜の食事が終わってから、馬車で北領へ戻るのは難しい。招待状には、私と同行者のために客室を用意するとも書かれていた。
「リュシーにも、一緒に来てもらいたいの」
「はい。泊まる支度をいたします」
彼女は手紙へ目を通し、自分の宿泊も含まれていることを確かめた。
館の留守をモーリスへ頼み、翌朝に戻る予定で返事をした。
出発の日、馬車には緑のドレスを入れたトランクを載せた。
王都の夜会では青を着たので、こちらは北へ来てから一度も袖を通していない。
「こちらで、よろしいのですね」
リュシーに確認され、私は頷いた。
色を選んだ理由を、もう一度考えなくてもよかった。
晩餐に着られる、きちんとした服だった。
招待状に記された館までは、先日訪れた町から、もう少し道を進んだ。北領から半日以内に着くが、朝から出ればよい距離だった。
途中の村に、収穫した束が並んでいる。
北領でも、刈り入れを終えた家から豆を納屋へ運ぶ日が決まっていた。冬を迎える準備が、道の両側でも進んでいる。
辺境伯家の館に着くと、使用人が名前を確かめ、客室へ案内した。
王都の屋敷ほど飾りは多くないが、廊下が広く、窓から見える庭は手入れされていた。
部屋に荷物を置き、リュシーと支度をした。
「ご挨拶の時刻まで、まだ余裕があるそうです。慌てずに支度できますね」
彼女は辺境伯家の案内役に時刻を確かめ、衣装を掛けた。
私が鏡の前へ座ると、髪へ櫛を入れてくれる。
「王都のときほど、結い上げなくてもよいかしら」
「晩餐ですから、こちらくらいで。動いても、崩れないようにいたします」
部屋の外で、誰かが戸を叩いた。
フェルナン様ではなく、晩餐へ案内する使用人だった。
私はリュシーへ、行ってきますと伝えた。
食事の前に通された部屋には、辺境伯夫妻と、フェルナン様のお兄様がいた。
夜会で辺境伯夫妻を遠くから見たことはある。けれど、私が直接挨拶をするのは初めてだった。
「オデット・ヴェランと申します。本日は、お招きいただき、ありがとうございます」
辺境伯は、よく来てくれたと答えた。
夫人は、道中は疲れなかったかと尋ねてくださる。兄のロラン様は、収穫期で北領も忙しいでしょうと話した。
最後に、フェルナン様が入ってきた。
私を見て、一度足を止める。
「お待たせしました」
言葉は皆に向けたものだったが、こちらを見る時間が少し長かった。
私はお辞儀をし、挨拶を返した。
席へ移ると、辺境伯は北領の道のことを尋ねた。
「本家から報告を取り寄せるより、現地から返事が来るようになったと聞いている」
「まだ分からないことは、モーリスや御者に確かめています。通れる場所を知らせるのも、実際に見てからでなければ」
「それでよい。商人は返事を待つ間にも、荷を出す日が来るからね」
私は頷いた。
フェルナン様が、前に送った迂回路の図を当家でも使っていると話した。
私の図は、モーリスが書き直してくれたものだ。そのことも伝えると、ロラン様は、分かる者が整える方がよいと答えた。
食事は温かく、皿が替わるたび、夫人が料理に使ったものを教えてくださった。
「こちらの豆は、町で買ったものです。北領でも作っていると聞きました」
「はい。保存したものを食べていますし、少しずつ売ることも始めました」
私は、館の品から試したことを話した。
夫人は買ってもらえてよかったですねと頷いたが、ここで北領の豆を使いましょうとはおっしゃらなかった。
取引の話と、招かれた食事の話は別だった。
そのことが、かえってありがたかった。
「お一人で暮らすには、冬が心配でしょう」
夫人に言われ、私は水を飲んでから答えた。
「館には、長く暮らしてきた人たちがいます。私だけが、初めてなので。何を先に用意するか、教えてもらっています」
薪や食料の話をすると、夫人は、窓の隙間も見てもらうとよいと教えてくださった。
フェルナン様が、北領の館は窓辺に風が入りますねと言った。
「ご存じだったのですか」
「地図を押さえる紙が、動いたことがあったので」
私は思わず笑った。
応接室の窓の近くには、紙を押さえる小さな石がある。
辺境伯がその話を聞き、直すまで石も必要だと笑った。
ロラン様が、北領の管理人は長く勤めているのかと尋ねた。私は、私が生まれる前からだと答えた。
「では、冬の道や、雪の重さもよく知っているでしょうね」
「はい。私はまだ、その季節を見ていないので」
話しながら、王都でアラン様に、管理人へ任せればよかったのではと言われたことを思い出した。
同じ管理人の話でも、こちらでは、私が何もする必要はないという意味にはならなかった。
ロラン様は、隣の家の者が別の領地を知ったつもりで口を出すのは危ないと続けた。
「当家へご相談いただくこともあるでしょうが、こちらの都合だけで同じ方法を勧めるわけにもいきません。フェルナンも、そこは確かめていると思います」
私は頷いた。
北領の道へ人を出すにも、畑の仕事との調整が要る。辺境伯領で人を集めるときと、同じではないだろう。
フェルナン様は兄へ、必要なら持ち帰って相談しますと答えた。
仕事を任されても、こちらの家で、何でも自分だけで決めるわけではない。家族の食卓にいても、その関係が見えた。
私は、自分もモーリスの話を聞いてから判断していることを伝えた。言うのが恥ずかしい内容ではなかった。
夫人が、ここでは食事が冷める前に召し上がってくださいねと笑ったので、私は匙を取った。
皆が仕事の話をやめると、皿の上の香草の名前を聞いた。北領の庭にも、似た葉があった気がする。夫人は、帰ってから確かめれば分かりますよと答えた。
食事のあと、夫人がお茶を勧めてくださった。
ロラン様は別の用件へ向かい、辺境伯はフェルナン様へ翌日の予定を短く確認した。
私は夫人と、館の庭にある木の話をした。名前の分からない木があると話すと、葉の形を尋ねられる。
うまく説明できずにいると、フェルナン様が、庭の隅の木ですかと確かめた。
「そうです。薪を積むところの、少し先の」
「実が落ちる頃なら、モーリスがよく知っていると思います」
夫人は、息子の方が北領の庭に詳しいのですねと笑った。
フェルナン様は、こちらへ仕事で何度か伺いましたから、と答えた。
私も頷いた。けれど、庭の隅まで覚えていてくださったことが、少し嬉しかった。
客室へ戻ると、リュシーが髪を解いてくれた。
「お疲れになりましたか」
「少し。でも、話せたわ」
彼女は櫛を動かしながら、よかったですと答えた。
私は緑のドレスを脱ぎ、彼女へ渡した。
今夜、鏡を見るたびに思い出したのは、昔、アラン様に言われた言葉ではなかった。
部屋へ入ったとき、こちらを見たフェルナン様の顔だった。




