第23話 王都からの手紙
針入れは、机の右側へ置いた。
蓋を開けると、昨日しまった針がある。葉の模様を指でなぞってから、前掛けの最後の端を縫った。
完成したものをアンヌへ持っていくと、彼女は縫い目を確かめた。
「こちらは、このまま使えますね」
私はほっとして布を畳んだ。
リーズは、畑から戻ったらつけてみるそうだ。
その日の午後、王都から手紙が届いた。
一通はお父様から。もう一通は妹の字だった。
先にお父様の封を開けた。
到着の知らせを受け取ったことと、辺境伯家との付き合いを疎かにしないように、とある。フェルナン様の訪問や、当家の用件で辺境伯家へ伺ったことがあれば、知らせるようにと書いてあった。
私は最後まで読み、返事用の紙を出した。
巡回の相談で隣の町へ行ったことは、知らせていない。あれは仕事の話で、王都へ毎回報告するつもりではなかった。
北領の譲渡契約に、本家へ日々の訪問や取引を報告する決まりはない。困ったときに相談することと、許可をもらうことも違うと、家令から説明されていた。
それでも、お父様から知らせなさいと言われると、書かなくてよいとは考えにくかった。娘として求められたことを断る言葉は、まだ思いつかなかった。
次に妹の封を切った。
『お姉様が帰ってしまって、衣装の相談をする人がいなくなりました。私の式のことも、忘れないでね』
そのあとには、花の候補と、アラン様のお母様に教わっていることが書かれていた。
妹にも、覚えることは多いらしい。
私は、名前を覚えるのが大変だった自分を思い出した。
『夜会では、サヴェル家の方と親しそうでしたね。あれからも、よくお会いしているの?』
続く行を読んだ。
『前はあまり踊りたがらなかったのに、あの方とは楽しそうだったから、驚きました。北へ行くと、そんなに変わるのね』
私は手紙から目を上げた。
夜会で、私が楽しそうに見えたのだろうか。
緊張して、足を踏まないようにすることを考えていた。それでも、途中から、妹がどこにいるかを見ずにいられた。
楽しかったと聞かれれば、そうだったのかもしれない。
妹の手紙を机へ置き、窓の外を見た。
庭で、リーズが新しい前掛けをつけている。
腰紐を結び直し、アンヌに長さを見てもらっていた。私が縫った端は、遠くからでは見えない。
それでも、使っているところを見られて嬉しかった。
「お返事を書かれますか」
リュシーが紙を持ってきた。
「ええ。二通、お願い」
彼女は封筒を置いて、窓の下へ目を向けた。
「前掛け、ちょうどよさそうですね」
「そうね。端を直さなくてよかったわ」
私が笑うと、リュシーも笑った。
妹の手紙を渡して説明してもらおうとは、思わなかった。書かれたことは分かる。少し不思議な聞き方だったけれど、王都にはこちらの様子が届きにくいのだろう。
私はお父様へ、巡回の相談に出席したことと、フェルナン様には道のことでお会いしていることを書いた。
商人との取引も、少量ずつ進んでいる。
まだ、北領の暮らしが大きく変わったわけではない。毎日、食べるものや使うものを確かめ、直すところを相談している。
その説明は、短くした。
妹へは、衣装の話に返事を書いた。
花の候補は、私なら一度、実物を見せてもらう。布に並べると、紙で見る色と違うかもしれない。
フェルナン様と踊ったときのことは、詳しく書かなかった。
フェルナン様とは、北領の用件で会うことがあると答え、収穫祭にも行ったと添えた。
祭りの様子を書きかけ、針入れを見た。あの日のことなら、まだいくつも話せそうだった。
けれど、妹へは賑やかだったとだけ伝えた。全部を手紙に収めなくても、葉の模様を見るたび、思い出せる。
手紙が長くなりそうだったので、今日の館の用事を先に済ませることにした。
モーリスから、村の豆を納屋へ運ぶ日が決まったと聞いている。今日は午後、通路を空ける場所を一緒に見ておく約束だった。
書きかけの返事を見て、私は一行だけ消した。
妹の式の支度を、戻ったときにまた手伝うと書いていた。
次に王都へ行く日も、北領のその頃の予定も、まだ分からない。今から約束してしまえば、また、こちらの用事をあとへ回すことになる。
行ける日が分かったら知らせる、と書き直した。
妹に冷たいかもしれないと思った。けれど、決まっていないことを、決まったように伝えるのも違う。
私は紙を乾かした。
お父様の手紙には、隣領との付き合いについて尋ねる言葉が多かった。取引の品については、細かく聞かれていない。
夜会で話したフェルナン様の名前が、北領の説明より、お父様には分かりやすいのだろうか。
考えても、まだ答えは出なかった。
便に返事を載せるときは、仕事で隣領を訪れたことと、祭りへ行ったことを、どちらも短く知らせるつもりだった。
祭りで買ったものを、お父様へ許していただくためではない。
針入れは、既に机にある。私は蓋を閉じ、紙の上の重しにしないよう、少し離れたところへ戻した。
リュシーは自分の部屋へ鳥を置いてきたと話した。窓からの光が当たるので、向きを変えたそうだ。
「もう使う場所を、決めたのね」
「はい。お嬢様も、針入れはこちらに?」
「ええ。ここなら、縫いたいときに見つけられるわ」
彼女が頷いた。誰かにしまい場所を決めてもらわなくても、置いてみれば、使いやすいか分かる。
小さなもの一つだけれど、今朝、机に向かうのが少し楽しみだった。
紙を伏せ、上着を取った。
リュシーが、手紙はお夕食のあとで続きを、と言った。
「ええ。今日は、まだ便に間に合うわね」
「明朝の便ですから、大丈夫です」
私は頷き、廊下へ出た。
以前なら、王都からの手紙を先に終わらせていただろう。お父様へすぐ返事をし、妹が安心する言葉を考えた。
今日は、モーリスと約束した時間がある。
窓から見えたリーズが、玄関で籠を持ち替えた。
「納屋へ行かれますか」
「ええ。豆を置く場所を確かめに」
「では、こちらの籠も、持っていってよろしいですか」
私は道を空け、一緒に納屋へ向かった。
王都からの手紙は、机にある。
返事は書くつもりだった。
けれど、歩いている間に思い浮かべていたのは、妹の衣装ではなく、村から来る袋を、どこへ置くかだった。




