第22話 買ってもいいもの
収穫祭へ行くことを、翌朝、手紙で伝えた。
館の予定を確かめたあとも、私は何と書けばよいか少し迷った。
北領の仕事には、関係のない外出だ。
モーリスに、行かなければ困ることはあるかと尋ねるつもりで、口を開きかけた。
違うと思い、閉じた。
困るからではなく、私は見てみたかった。
広場に飾りが下がり、町の人が集まるところ。フェルナン様が仕事の書類を持たずにいるところも。
『収穫祭へ、伺いたいと思います』
その一行から、書き始めた。
当日は、リュシーと二人で行った。館の馬車で朝に出て、暗くなる前に戻る予定だ。
北領の収穫が終わった家からも、何人か出かけると聞いていた。村から来る人たちは、それぞれの都合で行く。
広場の端で馬車を降りると、香ばしい匂いがした。
パンを焼く店と、肉を串へ通した店。楽器の音は、広場の向こうから聞こえてくる。
フェルナン様は、井戸の近くで待っていた。
「こちらです」
手を上げられ、私も会釈を返した。
いつもの上着だったが、地図を収めた書類入れは持っていなかった。
リュシーへも挨拶をし、広場の歩きやすい方を示してくれる。
「先に、ご覧になりたいものはありますか」
私は周りを見た。
どの店も、近づいて見てみたい。けれど、どれを先にと言われると、すぐには選べなかった。
「一度、端まで歩いてもよいですか」
「もちろん」
三人で店の前を通った。
リュシーは、小さな焼き菓子に目を留めた。姉へ送るには崩れるだろうかと考えている。
「それなら、お手紙に、食べて美味しかったと書くのは?」
私が言うと、彼女は、それは少し意地悪ですねと笑った。
結局、今日の分を買うことにした。私も一つ、同じものを頼んだ。
出発前、モーリスと館の生活費を確かめ、私個人の小遣いとして分けた少額を持ってきた。修繕費や皆の食費には手をつけず、村の人から預かった品の売上とも別にしてある。
好きに使えるのは、今日持ってきた分だけだった。
焼き菓子を食べながら、木の小物の店へ行った。
机の上に、櫛や針入れが並んでいる。細い木目を残した蓋に、葉の模様を彫ったものがあった。
私はその前で足を止めた。
「針をしまうものです」
店の女性が蓋を外して見せてくれた。
館へ持ち帰った針と糸は、今、小さな布袋に入れてある。針を取り出すたび、指先で位置を確かめなければならない。
これなら、折れずに持ち歩けそうだった。
「お使いになりますか」
尋ねられて、私は頷きかけた。
妹は、花の模様の方が好きだろう。お母様に見せるなら、磨かれた色のものがよいかもしれない。
卓の端には、そういう針入れもあった。
自分が手に取ったものへ、もう一度目を落とす。
葉が二枚、蓋の縁へ向かって彫られている。
「こちらは、いくらでしょう」
値を聞き、持ってきたお金を確かめた。
買えば、ほかの小物をいくつも買うことはできない。それでも、困る額ではなかった。
私は蓋を閉じた。
「これを、お願いします」
店の女性が笑って、包む布を出した。
フェルナン様は、ほかの模様もあると勧めなかった。私が決める間、隣で待っていた。
受け取ると、針入れは掌に収まった。
「使いやすそうですね」
彼が言った。
「ええ。葉の模様が、好きです」
口にしてから、少し頬が熱くなった。
便利だからだけではなく、その模様を見て欲しくなったのだ。
リュシーも店を見ていたが、買わずに戻ってきた。
「私は、今使っているものがあるので」
欲しがる人へ譲る必要はなかった。それでも、誰かの好みに合わせないで選んだものを、包んで受け取るのは、不思議な感じがした。
広場の向こうで音楽が大きくなった。
人が集まり、輪の端で子供たちが踊っている。フェルナン様が、普段はあちらで踊る者が、今日は店番ですと一つの店を示した。
私たちは少し端へ寄り、見ていた。
「フェルナン様は、毎年いらっしゃるのですか」
「王都にいる年もありました。子供の頃は、父や母に連れられて」
「何をご覧になったのですか」
彼は少し考えた。
「兄と、どちらが多く輪を投げられるか競ったことは覚えています。品を買うより、そちらでしたね」
いつも仕事の返事をしている人にも、そんな頃があった。
私は輪投げの店へ目を向けた。小さな景品を並べ、子供が順番を待っている。
「今も、お得意ですか」
「しばらくしていないので、確かではありません」
そう答えて、彼は私を見た。
「よろしければ、試してみますか」
私は頷いた。
店の前に行くと、大人も遊んでよいと、輪を渡された。
私は一つ目を杭へ向けて投げた。輪は届かず、手前で転がった。
「もう少し、遠くへ届くように」
フェルナン様が杭を指した。私は立つ線の内側に靴を揃え、腕を伸ばした。
二つ目は杭の端に当たり、跳ねて落ちた。
「あ……」
思わず声を出すと、隣で見ていた子供が、惜しいと言った。
最後の一つも入らなかった。私は空になった手を見て、少し残念になった。
フェルナン様の順番になり、今度は私が横で待った。彼の輪も、一つ目は外れた。
「お兄様とは、どちらが多く入ったのですか」
「日によります。私が勝った日も、あったはずです」
はず、という言い方に笑ってしまった。彼も笑い、次の輪を投げた。
杭には掛かったが、端で揺れて落ちた。最後の輪も、奥へ転がってしまった。
「昔より、手加減が難しいですね」
仕事の話でなら、彼は間違えたことを確かめるだろう。今日は輪が外れても、困る人はいない。
リュシーは二つ目で入れ、小さな木の鳥を受け取った。
「部屋に置きます」
彼女が鳥を見せ、私たちは顔を寄せた。
午後三時には馬車へ戻ると、御者に伝えてあった。今はまだ二時前で、少し休める。フェルナン様が、広場の端なら座れると教えてくれた。
私たちは店の邪魔にならない腰掛けへ座り、踊る人たちを眺めた。
何かを報告しなくても、黙っている時間があった。フェルナン様が隣で杯を持ち、曲が変わると、こちらは昔からよく演奏されますと話してくれた。
私も知っている曲だった。王都で習ったときより、音が少し速い。
「こちらの方が、踊るのは難しそうですね」
「広場では、足を踏んでも、笑って済ませる人が多いです」
今は踊らずにいた。リュシーと一緒に音楽を聞き、フェルナン様が昔、この広場でどこに座ったかを話すのを聞いた。
私も、館の庭で暑い日に座る場所のことを話した。
帰りの馬車を呼ぶ頃、針入れを包んだ布を抱え直した。彼が馬車まで見送ってくれたので、私は、誘っていただいてありがとうございましたと伝えた。
「楽しめましたか」
「はい。とても」
返事に迷わなかった。彼が少し目を細め、それならよかったと言った。
馬車へ乗ってから、掌の針入れをもう一度見た。
帰ったら、葉の模様の蓋を開け、針をしまおう。思い出すのは、店の人の顔と、外れた輪を見て笑うフェルナン様だった。




