第21話 隣の町へ
隣領の町へ行くことになったのは、北へ戻って二週間ほど経った頃だった。
ペランさんから、秋の巡回を確かめたいと知らせが届いた。北領の収穫の時期と、隣領の町に入る便を合わせ、無理のない日程にしたいという。
今回は、町の商人組合の部屋で話すことになった。
モーリスに同行を頼むと、収穫前の確認に出る日と重ならなければ行けると言った。館の仕事をアンヌへ確かめ、私たちの出発日を決めた。
馬車は朝、館を出た。
リュシーも一緒だった。三人で話を聞き、日帰りする予定にしてある。
王都へ行くときより道は短い。今日の町までは馬車で二時間半ほどだと、御者が教えてくれた。隣領のどこへ行くにも同じ時間で着くわけではないが、この町なら日帰りができる。
道の途中、木立が切れると、広い畑が見えた。
北領にも畑はある。けれど、こちらは道の脇までよく人が通り、荷車を避ける場所も作られていた。
町の入り口には、石で造った門がある。
商人の荷馬車が何台も待ち、門の者が行き先を確かめていた。
私たちの名を告げると、組合の建物までの道を教えられた。
フェルナン様は、その入口で別の男性と話していた。
私に気づくと、相手に少し待ってほしいと伝え、こちらへ来る。
「道は、通りやすかったですか」
「はい。予定より早く着きました」
「それならよかった。まず、中でお待ちください。話はもう少し先の予定ですから」
建物の中には、ペランさんがいた。
今日はこちらの町でも取引があるらしく、品を運ぶ者へ短く指示を出している。
私たちは別の卓へ座った。
窓から見える通りでは、立ち止まったフェルナン様へ、何人かが声を掛けていた。
彼は一人ずつ返事をし、ときには通りの端へ寄って話を聞く。
何を言っているかは、こちらまで聞こえない。
でも、声を掛けた人が彼の返事を待ち、頷いて去っていく様子は見えた。
話し合いでは、北領の収穫は天候でずれること、売る量は採れてから確かめることを伝えた。
巡回日を一度決めても、必要があれば早めに知らせる。北領だけが、便全体の日程を変えてもらえるわけではない。
ペランさんは、品を見せる家がまとまれば、納屋で受け渡しをしたいと言った。
ただし、持ち主ごとに品と代金を分けることは続ける。
私はモーリスと顔を見合わせ、館でできるかを確かめてから答えた。
途中で、別の村へ寄る順番の話になった。私には聞いたことのない名があり、地図で場所を教えてもらった。
フェルナン様は、ペランさんに、そこで受け取る荷が先に決まっているかを尋ねた。
「まだです。ただ、先に北領で荷を揃えると、あちらで積めないことがあるので」
私が品を増やしたいと思っても、荷馬車は同じ大きさのままだ。
「その場合、こちらの品は次の便になるのでしょうか」
尋ねると、ペランさんは、量によると答えた。
「先に全量を約束せず、受け取れる分を知らせます。その範囲で、持ち主が売りたいものを見せてください」
私とモーリスは、村へどう伝えるか、もう一度確かめた。
フェルナン様が、北領の品も決まった荷なのだから優先すべきだと、言ってくれるわけではなかった。ほかの村にも、冬の買い物をしたい家がある。
けれど、話の途中で困った顔をしていると、彼は私へ、確かめたいことがありますかと尋ねた。
私は返事をし、品を置いておける期間について聞いた。
皆の話を止めてしまうと思ったが、ペランさんはモーリスにも同じことを確かめた。私だけで答えずに済んだ。
話を終えて席を立つ頃には、紙の余白が埋まっていた。
モーリスは、持ち帰る分を折り、こちらで聞いておいてよかったですねと言った。
「はい。館で返事を待つだけでは、分からなかったと思います」
窓の外では、フェルナン様に声を掛けた男性が、荷車を通りの端へ寄せていた。
私が会議で聞いたことも、誰かが道で話したことも、一日の仕事の中に入っている。
フェルナン様は、町の人たちの間で、自分が何を決められるかを知っていた。私が同じことをできる日は、まだ遠い。それでも、返事を急がず確かめるところは、真似したかった。
話が終わると、フェルナン様が窓を見た。
「帰りには、少し市場をご覧になりますか。今なら、まだ空いています」
用件だけで帰ると思っていた。
モーリスは組合へ尋ねたいことが一つあるので、あとから合流すると言った。私はリュシーと、フェルナン様について外へ出た。
通りに並ぶ店には、北領では見ない品があった。
焼いたパン、木の匙、瓶に入れた蜜。リュシーが匙の柄を見ていると、店の女性が使い方を話してくれた。
少し先で、年配の男性がフェルナン様を呼んだ。
「昨日の件、組合には話したよ」
「ありがとうございます。返事が来たら、こちらからも知らせます」
男性は私へ目を向け、フェルナン様に紹介されると、北領の道は雨で難しかったねと話した。
私は、今使う迂回路のことを伝えた。
彼は前より話が早くなったと頷き、店へ戻った。
「皆様と、お知り合いなのですね」
私が言うと、フェルナン様は少し笑った。
「私個人が、皆に信頼されているわけではありません。父や、父の家臣が長く話をしてきた町です。その家の者だから、最初から聞いてもらえることがあります」
私は門の方を見た。
辺境伯家の紋章があった。
「それでも、今日の返事は、フェルナン様がなさっています」
「ええ。そこは、私が引き受けた仕事です」
彼は立ち止まった。
「分からないまま返事をして、あとで困らせないようにはしたいです。前の担当者に聞くことも、まだ多いので」
水路で、分かりませんと話した日のことを思い出した。
言う相手も、背負っているものも違うけれど、彼も自分の返事を確かめている。
私はそれを、立派だと思った。
ただ、上手にできる人として見るより、私にも分かる苦労があるような気がした。
市場の先の広場では、柱に飾りを取り付けていた。
リュシーが見上げると、フェルナン様が、収穫祭の準備ですと教えてくれた。
「今年は、十日後に。町の広場に店が出ます」
「この町の方が、皆様いらっしゃるのですか」
「村からも来ます。もちろん、仕事で来る人もいますが、祭りは別です」
彼は私を見た。
「ご都合が合えば、いらっしゃいませんか。私も、その日は昼から広場におります」
商人との話し合いではなかった。
困っていることを、相談する約束でもない。
私は飾りを見上げた。
「……予定を、確かめてもよろしいですか」
「ええ。無理のない範囲で」
フェルナン様は、返事を待ってくれた。
モーリスと合流し、帰りの馬車へ乗ると、私は手帳を開いた。
十日後の欄は、空いていた。




