↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妹に婚約者を譲った私ですが、今度の結婚は譲りません  作者: 黒咲かぐら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/50

第16話 戻りなさい

 お父様からの手紙は、布を切り終えた翌朝に届いた。


 封蝋を見たとき、到着の報告への返事だろうかと思った。


 けれど、書かれていたのは、王都へ戻る日付だった。


 晩夏に侯爵家が招かれている夜会へ、伯爵家の娘として出席するように、とある。


『フィオナとアラン殿の婚約変更後、揃って顔を見せる機会にもなる。お前が欠席しては、両家の間に不和があると思われかねない』


 読み終えても、紙を畳めなかった。


 北へ来てから、季節が少し進んでいる。畑には刈り入れを待つ作物があり、館の庭で見かける花も変わった。


 王都へ戻ることを、考えない日が増えていた。


「何とございましたか」


 リュシーへ手紙を渡した。


 彼女は読み、書かれた日付を指で確かめる。


「移動を考えると、五日後には出る方がよさそうです。天候で遅れることもありますから」

「そうね」


 支度の話なら、答えられた。


 行きたいかとは、尋ねられなかった。


 私も、行きたくないと言わなかった。


 妹とアラン様を祝うために、皆の前へ立つ。お父様が望んでいることは分かる。


 それを断る手紙を書くことは、まだできなかった。


 モーリスに知らせると、馬車と宿の手配を確認すると言った。王都からこちらへ来たときと同じ宿を使えるか、町で尋ねてくれるという。


 手紙には、今回の往復の費用は本家で持つと添えてあった。夜会へ出るために呼び戻すのだから、旅程が決まったら知らせるように、と。私はモーリスと確認した予定を、返事に書き入れた。


「不在の間、どうしたらよいのでしょう」


 私が尋ねると、彼は普段の仕事について話した。


 給金の支払い、館の畑、必要な物の買い足し。これまで通り行い、あとで報告できるものは、いつも通りにする。


 予定していない大きな支出や、新しい契約は、急がなければ私の帰還を待つ。急ぐ修繕は、どこまで任せるか先に確かめる。


「水路のように、待っていると畑が困ることなら、必要な手配をしてください。私へ手紙を出してからでは、間に合わないので」


 モーリスが頷いた。


 言ったあとで、私は自分の手元を見た。


 不在になる日があるからといって、こちらの暮らしが止まるわけではない。


 モーリスへ任せる仕事を書き出し、戻ってから確かめることと分けた。分からないところは、一つずつ尋ねた。


 ペランさんの次の巡回は、私の留守に重なりそうだった。


「村の品は、持ち主の希望を聞いた通りに。館の分は、今回は食べる分を動かさず、既に分けた品だけを、前と同じ条件なら売ってください」


 条件が違えば残してよいとも伝えた。


 モーリスは、私が書いた紙へ目を通した。


「帰りの日は、いつ頃でしょう」


 私はお父様の手紙を見た。


 夜会の日は書いてある。帰る日は、なかった。


「夜会が終わったら、こちらへ戻るつもりです。日が決まりましたら、知らせます」


 モーリスは頷いた。


「では、その間のご報告を残しておきます」


 戻るつもり、と言えたことに、少し安心した。


 その日の午後、村へ留守にすることを伝えた。


 マルクは水路の見回りを続けると答え、ルネは刈り入れの手を貸す日が決まったと話した。


 ニコの家の前を通ると、少年がこちらへ走ってきた。


「帰るの?」


 今度は、問いの意味が分かった。


「王都の夜会へ行くの。でも、終わったら、こちらへ戻るつもりよ」

「何日?」

「行くのも帰るのも、何日か掛かるから。まだ、ぴったりとは言えないの」


 ニコは少し考え、刈り入れの方が早いかもしれないと言った。


 母親が笑い、邪魔をしないのと彼を呼び戻した。


 最初に、いつ帰るのと聞かれたときとは違う。


 戻る先を、私は北領の方にして話していた。


 モーリスと話した紙は、館に置く分と、私が持つ分を一枚ずつ作った。


 読み直していると、彼が、お帰りを待つだけではないのですねと言った。


「以前は、本家へ返事を出してからでないと、話を進めにくいこともございました」

「私も、急がなくてよいものは、戻ってから伺いたいです。ですが、待てない仕事まで、待っていただくわけには」


 モーリスは頷いた。


 留守を任せるからといって、好きにしてくださいとだけ言うのも違う。何を頼んだかが曖昧なら、戻ってから、そんなつもりではなかったと言ってしまうかもしれない。


 紙の上の一行を、彼にもう一度読んでもらった。


 最後に、急ぐ場合は館の備えの範囲で必要な手配をし、理由と使ったものを残すことを確かめた。大きな借り入れや、土地の処分を頼む話ではない。


「知らないことが出てきたら、私も手紙を書きます」


 モーリスがそう言い、館に残す紙を引き出しへ入れた。


 私が部屋へ戻ると、リュシーが姉へ手紙を書いていた。王都へ戻るので、都合が合えば会いたいと。


「一緒に来てもらうのに、北の支度ばかり頼んでしまったわね」

「私の用事も、今こうして書いておりますから」


 彼女は笑って、紙を折った。


 私が屋敷にいる間に、一度休める日を確かめることにした。彼女にも、会いたい人がいる。


 出発の荷には、ペランさんから届いた布の残りも少し入れた。前掛けの端を縫う続きを、王都でもできるかもしれない。


 お母様に見せるためではなかった。戻ってきたとき、リーズに渡せればよいと思った。


 折った布を入れると、北へ来る前には必要のなかった針と糸も、同じ袋へ収まった。


 出発の前夜、リュシーがドレスを並べた。


 北へ持ってきた服の中で、夜会に着られるのは限られる。王都の部屋にあるものも使うつもりだった。


 緑のドレスを見て、彼女が尋ねた。


「こちらも、お持ちになりますか」


 アラン様が、似合うと言ってくださった色だった。


 私は布の上へ手を置いた。


「ええ。ただ、夜会で何を着るかは、向こうで決めたいわ」


 リュシーは畳んで、トランクへ入れた。


 彼が褒めた服だから着るのも、彼が褒めた服だから捨てるのも、今は決めたくなかった。


 翌朝、馬車は北領の門を出た。


 見送りはモーリスとアンヌ、仕事の手が空いたリーズだった。


 お父様へ返事を出したときから、胸の重さは消えていない。


 でも、膝の上の書類入れには、王都から来た手紙だけでなく、戻ってから確かめる仕事の紙も入っていた。


 リュシーが窓掛けを少し上げた。


「道が乾いていて、よかったですね」

「ええ。ペランさんの便も、通りやすいといいわね」


 言ってから、王都で何を話すかではなく、留守の北領のことを考えていたのだと気づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。