第15話 最初の一袋
巡回日まで、館の仕事の合間に少しずつ豆を分けた。庭の花がいくつか終わり、窓から入る日差しも強くなっていた。
ペランさんが持ってきた篩は、使い込まれていた。
卓の上に豆を広げる前に、振り方を見せてもらった。強く振ると跳ねるので、浅く入れて動かす。
それだけでも、一粒ずつ見比べるより早かった。
「全部の手間がなくなるわけではありませんよ」
ペランさんは篩に残った豆を指した。
「ここに割れたものがあれば、それは別です」
私は頷いた。
今回は、見本を頼りに先に分けた分を見てもらった。
ペランさんは袋から少しずつ出し、指先で転がした。モーリスが隣で待っている。私は返事を急かさないよう、手を前で重ねた。
「これなら、試しに引き取れます」
聞き間違えたかと思い、顔を上げた。
「こちらの袋を、ですか」
「はい。小さい方も、別の袋なら少し。行き先を分けて売れます。ただ、今あるものを全部買うとは、まだ言えません」
私は頷いた。
ペランさんは袋ごとに条件を話し、モーリスが書き留めた。食べるために残した分は、最初から卓へ出していない。
「この分を、お願いいたします」
私が答えると、彼女は御者を呼んだ。
量を確かめ、袋の口へ札を付け直す。荷馬車へ積まれるまで、何度も持ち主と品を照らしていた。
見ているうちに、ようやく売れるのだと分かった。
去年から納屋に置いてあったものが、別の町へ運ばれていく。
受け取った代金は、館の収入としてモーリスが記録した。村から預かった袋ではないので、分けて渡す相手はいない。
篩の代金と、かかった手間を確かめると、最初に一粒ずつ分けたやり方を続けるのは難しいと分かった。道具を使い、ほかの仕事を遅らせずに扱える量なら、少しずつ続けられそうだった。
「館でも、次はこのくらいの量からにしましょう。村の方へも、売れた値だけでなく、手間を一緒に伝えてください」
モーリスが頷いた。
今回の代金から篩を買い、残りで館に必要な品を少し買い足すことにした。今後は道具代を毎回払うわけではないが、分ける人の仕事がなくなるわけでもなかった。
「次にも使う道具なら、館で持っておきたいです」
私が言うと、ペランさんは頷き、代金を確かめた。
大きな買い物をできる額ではなかった。これで屋根を直せるわけでもない。
けれど、アンヌが使っていた欠けた鍋蓋と、リーズの前掛けにする布を買う話ができた。
納屋から出ると、ルネが待っていた。
持ち主の希望を確かめるため、モーリスが声を掛けていたのだ。今日は村の豆まで売るつもりはない。何を見てもらい、どのくらいの手間が掛かったかを伝える。
話を聞いたルネは、篩を持ち上げた。
「これなら、家でも分けられそうです」
「館で持つことにしました。使う日を決めれば、貸せます」
ただ、同じ日に皆が使うことはできない。
最初は希望する家から少しずつ、次の巡回で見てもらう形になった。売れるとは、まだ約束しない。
ペランさんは、袋の札を取らないよう念を押した。
「家ごとに違う品なら、値も同じとは限りません。最初は、混ぜない方が確かです」
ルネが頷く。
私は、水路のときとは違う注意点を紙へ書いた。
昼を少し過ぎて、フェルナン様が来た。
今日はペランさんの荷馬車が北領の道を通れたか確かめ、秋の巡回を相談するためだという。
御者と話してから、こちらへ歩いてきた。
「品は、いかがでしたか」
「少し、買っていただけました」
いつもより声が速くなった。
私は手元の紙を見せ、ペランさんに教わったことを話した。分ける手間が掛かることも、食べる分は残したことも。
彼は最後まで聞いてから、納屋へ目を向けた。
「来るたびに確かめられるなら、商人の側も、扱える量を考えやすくなりますね」
「次も買っていただけるかは、まだ分からないそうです」
「ええ。売る先にも都合がありますから」
でも、と彼は続けた。
「最初に品を見てもらい、実際に取引できた。それは、今までとは違います」
私は頷いた。
全部売れたわけではない、とばかり考えかけていた。
ペランさんが呼ぶと、フェルナン様はそちらへ向かった。巡回の相談にはモーリスも加わる。
私はリュシーと、空いた袋を畳んだ。
「嬉しそうでしたね」
「私?」
「買っていただけたと、お話しになったときです」
私は袋を押さえる手を止めた。
「嬉しかったわ」
言ってみると、その通りだった。
嬉しいと自分で言っても、誰かが困る話ではない。
空いた袋の一つには、古い札の紐が残っていた。去年の収穫のときに付けたものだという。
私はその札を外してモーリスへ渡した。
「新しい袋に、そのまま使ってはいけませんね」
「はい。今年の分と間違えないように」
彼は札の裏へ、今日引き渡したことを記した。袋が空けば終わりなのではなく、何を渡したかも残す。
玄関へ戻ると、リーズが買った布を見ていた。アンヌと、前掛けなら二枚取れるかと話している。
「まだ、縫う時間も要りますよ」
アンヌが言うと、リーズは今の前掛けを指で広げた。
「こちらは、もう繕うところがありませんから。次の休みにでも」
端が薄くなった布に、何度も当てた跡があった。
私は買い足せたものを見て、ようやく受け取った代金の意味が分かった。
袋の豆はそのままでも、食べることはできた。けれど、冬の食事に必要な分を残して売れば、ここで作れない布と取り替えられる。
「端を縫うところなら、私も手伝っていいですか」
尋ねると、アンヌが布を測りながら答えた。
「では、切るところまでは私が。曲がると、足りなくなりますので」
率直に言われ、私ははいと答えた。北へ来る前に、前掛けを作ったことはなかった。
リュシーも、針を通す向きを先に確かめましょうと言った。私が得意だと決まっている仕事ではない。
それでも、作ったものをリーズが使うところは、見てみたかった。
午後、ペランさんの荷馬車が出発した。次の便で村の品を見てもらう日も決まった。
フェルナン様はもう少し残り、林の道の報告へ印を付けた。
「今日通れたところも、次の雨のあとまで同じとは限りません。様子が変われば、知らせてください」
「はい。モーリスと御者にも、確かめてもらいます」
私は窓の外を見た。
「昨日まで、雨が降らないようにとばかり思っていました。今日は、畑には雨が要るのだと、ルネさんに言われて」
フェルナン様が少し笑った。
「道の担当と、畑を見ている者は、よく違うことを願います」
「では、同じ日に困る方と、助かる方がいるのですね」
「ええ。だから、天気だけは私にもどうにもできません」
私も笑ってしまった。
彼は地図を閉じた。
「今日は、館の方は何を買われたのですか」
鍋蓋と布の話をすると、どちらも毎日使うものですねと答えた。
立派な品でないことを、恥ずかしいとは思わなかった。
フェルナン様は、次の巡回までに布が届くのかと尋ね、私はペランさんの荷にあったので受け取れたと話した。
用件が終わったあとにも、少しだけ会話が続いた。
門へ見送りに出ると、彼はいつもよりゆっくり手袋をはめた。
「次に伺うときには、前掛けになっているでしょうか」
「アンヌが作るそうです。私も、端を縫うくらいなら」
「では、また拝見します」
私は頷き、門を出ていく馬を見送った。
手の中の布は、売れた豆と引き換えに届いたものだった。
リュシーが触って、丈夫そうですねと言う。
今夜は、アンヌと一緒に、どの大きさに切るかを相談するつもりだった。




