第13話 紹介だけです
商人のマダム・ペランが来たのは、フェルナン様の訪問から六日後だった。
先に手紙で知らされ、館で待ち合わせることになった。
その前日には、ボネさんの便も来ていた。売ると決めた家の分だけを渡し、頼んでいた針と布を受け取った。ほかの袋は、持ち主の返事通り残してある。
モーリスは納屋の前を片づけ、私は持ち主の希望を記した紙を確かめた。全員が同じ値なら売ると言っているわけではない。
冬の買い物のために急ぐ家と、今年の収穫を待ってもよい家がある。
馬車の音がすると、思わず紙を持ったまま立ち上がった。
玄関へ着く前に、リュシーに呼び止められる。
「帽子は、こちらです」
「そうだったわ」
彼女が紐を結び、紙の端を揃えてくれた。
「全部覚えようとなさらなくても、持っていけば読めます」
私は紙を胸元へ引き寄せ、頷いた。
ペランさんは、私より背の高い女性だった。
紺の上着に、しっかりした靴。私へ挨拶をしたあと、すぐに納屋を見せてほしいと言った。
フェルナン様も別の馬で到着した。
「ちょうど巡回日を合わせられました。こちらがペランです。西の町を中心に、乾物や布を扱っています」
彼は私たちを紹介すると、ペランさんへ視線を向けた。
「品と条件は、直接お話しください。私は北領の売り値を決める立場ではありません」
私は頷いた。
頼んだのは紹介だった。
来てくださったからといって、その先の返事までフェルナン様にしてもらうわけにはいかない。
納屋で袋を開けると、ペランさんは豆を掌へ取り、日にかざした。
「去年の分ですね」
「はい」
「保存は悪くない。ただ、大きさがずいぶん違います」
小さな豆を指先で分け、割れたものを二つ拾う。
モーリスが袋の札を示し、別の家から預かった品も出した。
ペランさんはそれぞれを見た。
「これを同じ品として、まとめて売るのは難しいです。私が届ける宿や食堂では、一度にたくさん煮ます。一袋の中で煮える早さが違うと、扱いにくいのです」
私は豆を覗き込んだ。
館の煮込みでは、気にならなかった。
「分けてあれば、買っていただけますか」
「見てからです。分ける手間と、売れる量が合うかもあります」
すぐに、やりますと言いそうになった。
村の人たちの時間を、私が勝手に使えるわけではない。
「持ち主の方と、相談させてください。どのくらい分ければ、見ていただけるでしょう」
ペランさんは袋を一つ示した。
「最初なら、これくらい。私が扱いやすいものと、村で食べる方がよいものを分けて、次の便で見ます。それでよければ、少量から買えます」
モーリスが、館の畑の分を試しに使えると言った。
それなら、まずこちらの手で確かめられる。
「その形で、お願いしたいです」
私が答えると、ペランさんは値の目安を話した。
ボネさんよりよい部分もある。ただ、全部を同じ値で買う話ではない。分ける手間を考えれば、誰もが得をするとは、まだ言えなかった。
私は持ち主の希望を記した紙へ目を落とした。
「今年の分についても、同じようにできますか」
「今年の品を見てからです。今は、先の買い取りまでは約束できません」
ペランさんは、曖昧なところを残さず答えた。
その返事は、少し怖くもあり、分かりやすくもあった。
納屋を出ると、モーリスと従者が荷馬車の回れる場所を確かめた。私はフェルナン様へ尋ねた。
「このために、巡回の道を大きく変えていただいたのでしょうか」
「ペランは、東の町へも寄ることを考えていました。北領に買える品があれば、途中で寄る理由になります」
ペランさんが振り返った。
「来る費用は、こちらで見ます。北領だけで荷を揃えられなくても、先の町で取引できればよいのです。ただ、道が通れなくなると困ります」
モーリスが迂回路の説明をした。
ペランさんは御者を呼び、通れる荷車の幅を確かめる。
私は、あの道の報告も別の話ではなかったのだと思った。
品があっても、荷馬車が入れなければ、取引はできない。
館へ戻り、お茶を出した。
ペランさんは、もう一度、次の訪問の約束を確かめた。
「次の便で品を見て、条件が合わなければ、買わずに帰ります。その場合も、来た分の費用を北領へ求める話ではありません」
私は頷いてから、逆のことを尋ねた。
「こちらも、持ち主が条件に同意しなければ、売らなくてもよいのでしょうか」
「ええ。今、約束するのは、次に見せてもらうことです」
売ることと、見てもらうことを、分けてよかった。
私だけでなく、ペランさんも、まだ買うとは決めていない。次に確かめることが、双方にあった。
ペランさんは布を巻いた見本の束をモーリスへ渡した。必要なものがあれば次の便で持ってくるという。
私は一番端の布に触れた。丈夫そうな、薄い茶色だった。
「こちらは、館でも使えそうですね」
「作業着や前掛けにする家が多いです。今の上着より、汚れを落としやすいと思いますよ」
彼女の視線が、私の袖口へ向いた。水路へ行ったときの染みが、薄く残っている。
私は袖を引こうとして、やめた。
「使う方に聞いて、お願いするか決めます」
ペランさんは笑い、見本なら汚しても構いませんとモーリスへ伝えた。
品を買う側でも、先に見て、相談してから選べる。彼女が帰ったあと、アンヌにも触ってもらおうと思った。
モーリスとペランさんが、それぞれに次の巡回日を書き留めた。
ペランさんは、お茶を飲み終えると立ち上がった。
「それまでに無理に全部揃えないでください。最初の袋を見れば、こちらにも分かることがあります」
「はい」
「売れなかった分の扱いも、先に相談しておくとよいと思います」
私は紙に書き留めた。
門のところまで見送ると、ペランさんは従者へ次の町の名を告げた。荷馬車が動き出し、私たちは道を空ける。
フェルナン様も馬へ向かった。
「ご紹介いただき、ありがとうございました」
今度は、謝らずに言えた。
彼は手綱を受け取り、こちらを見た。
「話が進んでよかったです。取引をするかどうかは、これからですね」
「ええ。村の方にも、先にお話しします」
フェルナン様は頷いた。
「条件を聞いてから返事をされていましたね」
私は、自分の持っている紙へ目を落とした。
「すぐに引き受けたら、ほかの方にも同じことをお願いしなければならないので」
「そうですね」
彼の声が少し柔らかくなった。
褒められたのかどうか、はっきりは分からない。
けれど、私が答えるまで待ってくださっていたことには、気づいた。
「品のことは、ペランへ直接尋ねてください。道や巡回で困ることがあれば、私へ」
「分かりました」
彼は馬へ乗った。今日も、別の用件へ向かう。
私は門の内側で、その背中が道を曲がるまで見送った。
ペランさんとの取引は、まだ始まっていない。
納屋へ戻ると、開けた袋が一つ残っていた。モーリスが口を結ぼうとして、私に尋ねた。
「明日、少し分けてみますか」
「はい。私にも、違いを教えてください」
私は掌へ豆を載せた。
大きさが違うことなら、今は自分の目で分かった。




