第12話 お願いがございます
書き直した手紙が、机の端に三枚あった。
一枚目には、北領の暮らしが苦しいことを長く書きすぎた。
二枚目では、恐縮する言葉を重ねて、何を頼みたいのか、自分でも分からなくなった。
三枚目は短くしすぎて、商人をご紹介くださいとだけ書いた。これでは、誰でもよいように見える。
リュシーが、使い終わった紙をまとめようとして手を止めた。
「こちらは、もうよろしいですか」
「ええ。でも、裏はまだ使えるわね」
彼女は白い面を上にして重ねた。
「私は、頼むのが下手なのだと思う」
「どなたに頼まれるのですか」
「フェルナン様。こちらへ寄れる商人の方を、ご存じか伺いたいの」
口では、それだけだった。
リュシーは紙を見てから、私を見た。
「今のお話なら、私にも分かりました」
私はペンを持ち直した。
去年の豆が残っていること。売り先を一つに決めた契約はないこと。王都や町へ自分たちで運ぶのは、費用と手が掛かること。
それから、この周辺を通り、保存できる作物を扱う方がいれば、相談の窓口を紹介してほしいと書いた。
フェルナン様が買うように命じてくださるとは、思っていない。
そのことも、一言添えた。
手紙を託した翌々日、返事が届いた。
厚い紙ではなかった。要件が簡潔に記されている。
『次の巡回調整のため、三日後にそちらへ伺います。その際に、品と、持ち主のご希望を聞かせてください。紹介先を考えるにも、扱う量と時期を確かめたいと思います』
私は最後まで読み、もう一度、最初から読んだ。
迷惑だとは書かれていない。
紹介できるとも、まだ書かれていなかった。
モーリスに知らせると、納屋の札を確かめておくと言った。
「持ち主の方にも、伺えますか。いつ売りたいのか、残しておく分はあるかなど」
「村へ伝えます」
誰かに頼んでからも、こちらですることがあった。
私はモーリスと納屋へ行き、品を分けて見た。館の豆も、村で採れた豆も、似ているが袋の大きさは違う。古いものと今年の収穫を混ぜて話しては、相手も困るだろう。
袋の札を写し、持ち主の希望が分かるところを空けた。
上の村へ話を聞きに行くと、ルネは畑から戻ったところだった。手を洗いながら、今ある分のうち売りたい袋を教えてくれた。
「全部ではないんですね」
「冬に食べる分は置いておきます。去年、値が安いから残した分も、結局食べました」
私は紙へ書き込んだ。
「商人の方が来る日が決まれば、またお知らせします」
「頼めそうですか」
返事の手紙を思い出した。
「まず品を確かめてから、紹介先を考えてくださるそうです」
ルネは頷いた。すぐに決まらないことを、残念がるというより、そういう話ならと受け取ったようだった。
帰り道、下の村の家の前を通ると、ニコがいた。今日も棒を持っている。
私を見つけると、母親より先に声を上げた。
「水、ちゃんと来てるよ」
「そう。今日も来ている?」
「うん。父さんが見に行った」
母親が戸口へ出てきた。
「修理のあと、畑へ回せました。ありがとうございました」
私はお辞儀をした。
また、いつ帰るのと聞かれるかと思ったが、ニコは棒の先を溝へ差し込んで、流れてくる葉を待っていた。
私の居場所が決まったわけではない。それでも、今日は帰る話ではなく、水が来た話をしてくれた。
歩き出してから、リュシーが尋ねた。
「暑くありませんか。少し休んで戻りましょうか」
「ええ。あの石のところで」
初めて村へ行った日に座った石へ向かった。今度は、休める場所を私も覚えていた。
約束の日、フェルナン様は従者と二人で来た。
先に巡回路の話を済ませ、納屋へ向かう。
「こちらですね」
袋の口を開けると、彼は中を覗いたが、手には取らなかった。
「私には、豆の良し悪しまでは分かりません。品については、扱う商人に見てもらう方が確かです」
私は少し驚いた。
フェルナン様なら、見ただけで分かるような気がしていた。
「では、どのようなことを……」
「まず、売りたいものが何で、いつ、どれくらい集まるのかです。来る日を合わせられなければ、紹介しても取引にはなりません」
私は用意した紙を出した。
館で使う分は先に除き、村の袋は、持ち主の返事があったものだけ記している。聞いていない家については、空欄のままにした。
「ここは、まだお返事を待っています」
「では、今はこの分だけで考えましょう」
フェルナン様は空欄を指でなぞり、数を埋めるようには求めなかった。売りたくない人の分まで集めなくても、相談はできるらしい。
フェルナン様は札と紙を見比べた。
「今年の収穫分は、まだ確かではないのですね」
「はい。今売れるのは、去年のものです。今年も売りたい家はありますが、出来を見てから量を決めたいと」
「それでよいと思います。今から全部を売る約束は、しない方がいい」
私は頷いた。
聞きたいことを思い出し、紙の端を押さえた。
「ボネさんへ売りたい家の分は、そのままお願いしています。ご紹介いただく方には、それ以外の品をお見せしたいです」
「分かりました。紹介する方にも、そのように伝えます」
彼は私を見た。
「ボネは、この辺りへ長く来ています。塩などを運ぶ便もありますから、豆だけでなく、必要な品を買えるかも確かめてください」
片方を選べば、もう片方を捨てる。
そんなふうに考えかけていた。
けれど、全部を一度に決めなくてもよいらしい。
館へ戻ってから、フェルナン様が二人の商人の名を挙げた。
一人は既に巡回日が詰まっている。もう一人は、秋に通る村を増やせるか検討しているという。
「後の方へ、打診してみます。ただ、北領に寄ると道程が延びるので、来るとは限りません」
「はい。お願いできますか」
彼は頷いた。
私がつい、申し訳ありませんと続けると、フェルナン様の手が止まった。
「何についてですか」
「お仕事を、増やしてしまって」
彼は少し考え、机の地図へ目を向けた。
「商人の巡回を調整するのは、私の仕事です。北領を通る便が増えれば、隣の町へ入る品も増える可能性があります。相談を受けること自体を、謝らなくてよいと思います」
私は言い直した。
「ありがとうございます」
フェルナン様は、どういたしましてと答えた。
帰り際に、納屋の紙を貸してほしいと言われた。写しを渡すと、扱えるかどうか聞いてみますと、書類入れへ収める。
「返答が来たら、お知らせします」
「お待ちしています」
馬が門を出たあと、私は手元に残った紙を見た。
まだ売れたものはない。
それでも、相談した相手が、何を確かめているのかは分かる。
ただ待つのではなく、返事が来るまでに、持ち主の希望をもう少し聞いておこうと思った。




