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妹に婚約者を譲った私ですが、今度の結婚は譲りません  作者: 黒咲かぐら


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第11話 買ってくださる人

 商人のボネさんは、昼前に館へ来た。


 荷馬車には、布を掛けた箱と、塩の袋が積まれていた。御者は一人だけで、馬の世話をしながら荷紐を確かめている。


「新しい領主様に、お目に掛かれるとは」


 ボネさんは帽子を取り、私へ頭を下げた。


 丸い顔に、額の汗。応接室へ通すと、椅子へ腰を下ろす前に、靴の泥を気にした。


「どうぞ。そのままで構いません」

「恐縮です」


 モーリスが、納屋の豆について話を始めた。


 ボネさんは頷いて聞き、去年提示した値と大きくは変えられないと言った。


「古い分は、これからの保存も難しくなります。全部を同じ値では、お引き受けできません」


 私は掌に載せた豆を思い出した。


「今年の収穫なら、もう少しよい値になりますか」

「出来と量によります。ただ、ここまで買いに来る費用は、どちらも同じです」


 ボネさんは窓の外の荷馬車へ目を向けた。


「今日は、東の二つの村へ塩を届ける途中です。こちらだけのために来るとなれば、今の値でも難しいでしょう」


 もっと高く買ってくださいと言う言葉が、喉に残った。


 水路なら、使っている人たちの中で作業を分けられた。


 この人には、買わないで帰ることもできる。


「村の方たちは、冬に使うものを買うために売りたいのです」

「承知しております。だから私も、できるだけ寄るようにはしています」


 彼はすぐ答えた。


「ただ、持ち帰って売れなければ、私の方で抱えることになります。北の町には、ほかからも豆が入るのです」


 悪い人には見えなかった。


 それでも、彼の言う値では困る家がある。


 私は一度お茶を飲んだ。熱すぎて、少しだけ舌が痛かった。


「ボネさん以外へ売ることは、できるのでしょうか」


 尋ねると、彼が顔を上げた。


 モーリスもこちらを見た。


「できますよ。私が全部買うという約束は、しておりません」


 ボネさんは膝へ両手を置いた。


「ほかによい買い手が見つかれば、そちらへ。ただ、まだ見つかっていないと伺っています」


 私は頷いた。


 売る相手を変えてはいけないのではない。


 変えられる相手が、来ていないのだ。


 取引については、持ち主へ値を伝えてから決めることにした。売りたい家もあれば、去年のように残す家もある。


 ボネさんはその場で返事を迫らなかった。


「次は十日ほど先に、この近くを通ります。そのときなら、荷に余裕を見ておきます」

「ありがとうございます」


 帰り際、門のところで、彼はモーリスへ言った。


「林の道のこと、知らせてもらって助かりました。今日は迂回しました」


 フェルナン様へ送った報告が、巡回する商人へ届いていたらしい。


 私は荷馬車を見送った。


 馬が一歩動くたび、荷物を押さえた紐が揺れる。


 あの人が来なくなれば、塩を買うにも、こちらから町へ出なければならない。


 もっと高い値を求めることと、今ある取引をなくすことは、同じではなかった。


 午後、上の村からルネが来た。


 水路の見回りの報告のあと、ボネさんの話を尋ねた。


「また、あの値ですか」


 モーリスが答えると、彼は肩を落とした。


「去年は残しましたが、今年は少しでも売りたい家があります」

「ほかの方に売ってもよいそうです」


 私が言うと、ルネは、ええと答えた。


「隣の町で聞いた者もいます。ただ、小袋を一つ二つ持っていっても、まとめて持ってこいと言われて。運ぶ手も要りますし」


 誰も思いつかなかったわけではない。


 私が今日初めて知ったことは、ルネたちには以前から分かっていた。


「館に預けた分も、持ち主がまとまれば量になりますね」

「その分を運んで、売れなかったら、また持ち帰らないと」


 私は頷いた。


 町へ運べば解決する、という話でもなかった。


「ほかの商人の方にも、こちらへ来てもらえるか、聞いてみたいです」


 ルネはすぐには笑わなかった。


「来てくれるなら、ありがたいです」


 来るとは約束しないでおこうと思った。


「まず、相談してみます」


 彼が帰ると、モーリスが取引の覚えを出してくれた。細かな値より、いつ誰が来て、何を持ち帰ったかを見た。


 同じ名前が続いている。


 ボネさんが来なかった月には、空欄があった。


「一人しかいないと、その方が買えないものは、残ってしまうのですね」

「はい」


 モーリスは、私の言葉を言い換えなかった。


 私は納屋の袋の数を思い出した。


 商人を困らせず、村の人にも損をさせない値を、自分が言えばよいのだと思いかけていた。


 でも、私が値を決めても、その値で買う人がいなければ、袋は動かない。


 ボネさんの提示した値は、モーリスから持ち主へ知らせてもらった。


 夕方までに、一軒から少し売りたいと返事が来た。必要な針と布を、今回の便で買っておきたいという。


「ほかの買い手を探すなら、待っていただく方がいいでしょうか」


 私が尋ねると、モーリスは袋の札を見た。


「いつ見つかるか、まだ分かりません。あの家は、今の値でも買いたい品があると」


 私は頷いた。


 もっとよい売り先があるかもしれない。そう考える私のために、必要なものを待ってもらうのも違う気がした。


「その分は、持ち主の希望通りに。別の方へ売りたい家の分と、混ぜずに残してください」


 モーリスは、そういたしますと答えた。


 納屋へ行くと、売る袋の口へ別の紐が結ばれた。ここにあるものが、すべて私の判断で動くわけではない。


 館の畑で採れた分については、私が決める。村の分は、相談して、返事を待つ。


 その違いを、紙の上だけでなく、袋を見るたび思い出すようにした。


 アンヌが、夕食に使う豆を取りに来た。


「売るお話、いかがでしたか」

「ほかにも、買ってくださる方を探したいと思っています」


 彼女は袋から少量を掬った。


「食べる分は、残しておいてくださいね。館も、冬にはこれが要りますから」

「はい」


 言われなければ、館の分は全部売れるものと思っていたかもしれない。


「どのくらい残しておけばよいか、今度、教えていただけますか」

「去年使った分は覚えております。ただ、今はお二人増えていますので、少し多めに」


 リュシーと私がここで食べていることも、忘れてはいけなかった。


 アンヌは豆を持ち、台所へ戻った。私は館で使う分を書き込む余白を、紙に作った。


 夕方、リュシーが紙を持ってきてくれた。


「お手紙ですか」

「ええ。フェルナン様へ」


 名前を書いてから、ペンを止めた。


 道路の報告ではない。今度はこちらから、お願いをする。


 何を、どこまで頼んでよいのか。


 まず、自分が困っていることを、短く書くところから始めた。


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