第九話 一件落着…?
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月城に反省文を提出し終えた後、俺は大きく伸びをしながら廊下を歩いていた。
「かああぁぁ…。眠……。」
前にいた世界ではあまり嬉しくないが、反省文には縁があった。
髪を染めては反省文。喧嘩をしては反省文……。
教師には何度「またお前か」と呆れられたことか。
「まさかこっちの世界でも書くことになるとはなぁ…。」
不思議なことに、この世界の文字は普通に書けた。
読み書きはもちろん、食事の作法や生活に必要なことも自然と身体が動く。
「身体が覚えてる……ってやつかな。だったら忍術とか勉強も覚えといてくれよー…。」
肩を落とし、ぼやきながら門へ歩いていく。
その時ふと、違和感を覚えた。
「……あれ?」
朝はあれだけ後ろ指をさされ陰口を叩かれていたのに、今は怖いくらい静かだ。
その時ちょうど、一人の生徒と目が合った。
「ひっ……!」
その生徒は小さく悲鳴を上げると、慌てて走り去って行く。
「え?」
今度は廊下の向こうにいた数人の生徒たち。
やはり目が合った瞬間、全員がびくりと肩を震わせた。
「行こう!」
「う、うん!」
蜘蛛の子を散らすように、その場から逃げていく。
「えぇ……。」
時雨はぽかんと口を開けた。
どうやら決闘の出来事は、すでに学園中へ広まっているらしい。
『あの朝霧家に伝わる秘術を使った。』
『九条を一撃で吹き飛ばした。』
『火遁の威力が異常だった。』
そのせいか時雨はすっかり恐れられる存在になっていたのだ。
「まぁ……コソコソ陰口言われるよりはマシか。」
なんとも言えない気持ちになりながら、学園の門まで歩きを進める。そして門をくぐったその瞬間。
「お疲れ様です、若様。」
「うおっ!?」
突然頭上から声がしたかと思えば、御影が降ってきた。
時雨は反射的に飛び退く。
「びびびびっくりした!!」
「若様、この位で驚かれては困ります。」
「普通に出てこいよ!」
「若様。私は木の上から試験を拝見しておりました。」
「え!お前も見てたの?」
「はい。決闘を受けた時…私は感服いたしました。」
どこから見ていたのかは全く見当もつかないが、その辺は詳しく話してくれそうにない。
「もちろん、反省文を書かされていたところも拝見しておりました。」
「そこは別に見なくていいって…。」
御影は静かに一歩前へ出る。
そしてそっと片膝をつき、片手を地面についたまま頭を垂れた。
「えっ…なに?」
「私は幼い頃より、誰よりも近くで若様を見てまいりました。術が使えないと蔑まれ、陰で笑われても、必死に努力されて…。」
「……。」
「ようやく…若様が報われた気がいたしました。ありがとうございます。」
その言葉は、心の底からのものだった。
改めてお礼を言われると少し照れてしまい、時雨は困ったように頭を掻く。
「いや……まぁ…うん。」
「まさか九条様をあそこまで圧倒されるとは…正直、胸がすく思いでした。」
(あれは単純に、加減が分からなくなって勝手に九条が怪我しただけなんだけど。)
そう言いかけたが、あまりにも御影が嬉しそうな顔をしているものだから、その言葉は飲み込んだ。
「……ま、結果オーライってことで。」
「お…おーらい?で、ございますか?」
「あー…んー…終わり良ければ全て良し!みたいな感じかな。」
この世界には伝わらない言葉や物が多い。
「なるほど……。若様らしいお言葉です。」
「褒めてんのか…?それ…。」
夕日に照らされた校舎を後にし、ゆっくりと朝霧家への帰路についた。
♢♢♢
帰りも御影の案内で、木から木へうつりながら帰宅を急ぐ。
木の上から見る景色は好きだ。
前の世界じゃ木登りなんてしたことが無かったのに、今じゃ軽々と飛び越えている。
御影の後を追うと、やがて大きな屋敷が姿を現した。
――朝霧家。
歴史ある名門にふさわしい堂々たる屋敷だ。
地面へ降り門をくぐると、複数の使用人が整列して待っていた。
「若様、お帰りなさいませ。」
一斉に頭が下がる。
「えっあぁ……どうも……。」
そしてその奥から、一組の男女が姿を見せた。
「「お帰り。」」
朝霧家の当主である父と、その隣には優しく微笑む母。
二人とも、時雨の姿を見た途端、どこか安心したように表情を緩めた。
「それで…試験はどうだった?」
父の問いに、時雨は頭を掻きやがら答える。
「まぁ……一応、いけた。」
その言葉に父と母は顔を見合わせ、ほっと胸を撫で下ろす。
「そうか……本当に良かった。」
父は笑い、母は泣きそうになっている。
そんな反応に、時雨は少しだけ気まずそうに笑う。
「でも、上手く制御はできなかった。思った以上に威力が出てさ…。その…庭とか窓とか色々壊しちゃって…。」
「何を言っている。使えただけも凄いことなんだ。修理費など痛くもない。」
「そうですよ。制御だって、これから少しずつ覚えていけばいいのです。」
(破壊したことは何とかいけそうだな…。)
時雨は視線を両親から逸らし、気まずそうにまた話し始めた。
「あとさ…もう一個あるんだけど…。」
父と母が首を傾げる。
時雨は隣に立つ御影の肩をぽんと叩いた。
「……あとは説明よろしく。」
「え?」
その言葉に御影が目を丸くする。
「見てたんだろ?じゃあ説明しといてくれ!俺は部屋に戻ってるからさ!」
言うが早いか、時雨はくるりと踵を返し、そのまま逃げ出した。
「若様!?」
御影が慌てて呼び止めるが、時雨は振り返らない。
決闘をし、相手に怪我をさせたとなれば流石に怒られると思ったのだろう。
両親の視線が、ゆっくりと御影へ集まった。
「……説明させていただきます。」
三人は部屋を移動し、試験の後に起きた出来事を話し出した。
「……決闘?」
御影の言葉を聞き、父の眉間にシワが寄る。
「はい。九条様より若様へ決闘が申し込まれました。」
母は思わず口元を押さえた。
「あの子に……怪我は…?」
「ございません。ですが、若様は見よう見まねで火遁を使用され、その威力を制御しきれず暴走いたしました。」
「何だと……!」
二人の表情が一気に険しくなる。
それもそのはず。秘術のみならず火遁まで使うとは、想像もしていなかったのだ。
「幸い、被害は最小限で済んでおりますが…九条様がお怪我をなさって…。」
「……そうか。」
「それから…神楽様も、その場にいらっしゃいました。」
「なんだと…?」
父も母も同時に目を見開く。
――神楽家。
朝霧家と並ぶ五大名家の一つ。
その跡取りが、時雨と関わったというのだ。
「神楽様は若様の実力を認められ、今までの事を謝罪しておられました。」
「…ほう。」
「決闘で九条様が敗れた場合には、神楽様と共に退学。そして神楽に至っては次期当主も辞退するとのことでした。」
父は思わず言葉を失う。
次期当主というものは、簡単に辞退できるものではない。
それを、決闘の条件にしただと……?
「しかし若様は、その条件を受け入れませんでした。『二度と俺に関わらないなら、学校も辞めなくていいし、当主も辞退しなくていい』と。」
「あの子が…そう言ったのか?」
「はい。」
「そうか…。しかしなぜ、その話を御影に頼んだ?」
「おそらく……叱られると思ったからではないでしょうか。学校でも反省文を書いておりましたから。」
怒るどころか、時雨のことを誇らしく思っている。
だが、案外本人には伝わらないものだ。
しばらく考え込んだ父は、静かに口を開く。
「……御影。」
「はい。」
「明日にでも、九条家へ伺おう。決闘の件は学校で決着がついているとはいえ、礼節は尽くさねばならん。」
「……かしこまりました。」
御影は深く一礼し、その場を後にした。
その頃、当の時雨は自室の布団へ倒れ込んでいた。
「はぁ…。漫画読みてぇ……。」
などと呟きながら、両親が九条家へキレている事など知る由もなく、大きなあくびをしていた。
テレビもスマホもない。
この世界の娯楽は何なのだろう。
ごろりと寝返りを打ち、部屋を見回す。
「何か暇つぶしになるもん……。」
起き上がり机や棚を漁るが、それらしい物は見当たらない。
あるのは巻物や教本ばかり。
「んー……あ!」
何かを閃いた時雨は、机の上に置きっぱなしにしてあった日記を開く。
途中からは白紙になっており、文字が書き込めそうだった。
「よし…。」
筆を手に取る。
書き始めた文字は、この世界のものではない。
以前いた世界で使っていた文字。
この世界の人間はきっと誰も読めないだろう。
時雨は今日あった日のことを書き留めた。
「試験があって…決闘して…反省文書かされて…。」
人生で日記など書いたことはない。
でも何故か書きたいと思った。
文字も文もめちゃくちゃだが、本人は満足そうにしている。
「そういえば…。」
書いてる途中であることに気付き、走らせていた筆が止まる。
「俺がいた世界に、あいつが今いるんだよな…。」
両手を頭の後ろにあて、天井を見上げる。
「何してんだろ……。」
答えの返ってこない問いだけが、静かな部屋に溶けていった。
第十話は21時前後更新予定です。




