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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第十話 こっちの世界の時雨の様子

♢♢♢


朝霧時雨の長所は何かと聞かれれば、誰もが同じ答えを口にするだろう。

明るく、よく笑い、誰とでもすぐに打ち解ける性格。

そして何より、驚くほど丈夫な身体だ。

風邪一つひかず、多少の熱なら「寝たら治る」と笑い飛ばす。

そんな時雨が――…なんと学校を一週間も休んだのだ。


「…まだ既読つかない。」


親友の高橋陽斗は、スマートフォンを見つめ小さくため息をつく。


「家に行っても会えなかったもんね。」


幼なじみの松川雫も、すごく心配そうにしている。


「おばさんは『部屋にはいる』って言ってたけど、全然出てこないんだよね…。」


「でもさ、時雨が一週間も学校休むなんて…しかもスマホも見ないとかおかしくね?」


「うん…。時雨はすぐに既読つけてくれるもんね…。」


二人の間に重い空気が流れる。

勉強は嫌いだが、学校は好きで毎日来ていた。

スマホだって肌身離さず持っている奴だ。

一体どうしたのかと心配していたその時、教室の扉が開いた。


――ガラッ。


「……時雨!」


陽斗が勢いよく立ち上がる。

扉を開けたのは朝霧時雨…のはずだが、少し様子が変だ。


「お前…その髪…」


時雨の髪は高校入学してから変わっていない。

自分で金髪に染めていた。

美容室に行くのがめんどいからという理由で、襟足まで伸びている痛みきった髪。

どれだけ先生に怒られても、生活指導が入っても、時雨は黒に戻そうとしなかった。

なのに今…目の前にいる時雨の髪は真っ黒だ。

きちんと美容室に行ったのだろう。

短く整えられ、心なしか傷んだ箇所もマシになっている気がする。


「時雨…髪の毛…どうしたの?」


雫も驚いているようで、目を見開きながら時雨に近づいていく。勿論驚いているのはこの二人だけではない。クラスメイト全員が口を開けて時雨を見ていた。

そして誰もが想像していなかった言葉を発した。


「高橋陽斗さんに、松川雫さん……で、合っていますか?」


突然の問いに、雫は目をぱちぱちと瞬かせる。


「え……?」


「な、なんだよそれ!一週間ぶりに来たと思ったら、髪の毛も染めちまって…。」


陽斗の言葉を完全に無視し、時雨は雫へ視線を向けた。


「僕の席は、どちらでしょうか。」


雫は困惑しながらも教室の奥を指差す。


「えっ…。席替えしてないから……まだあそこだけど…。」


「そうですか。ありがとうございます。」


軽く頭を下げると、時雨は自分の席へ向かった。

椅子を静かに引き、腰を下ろす。

そして鞄を開けると、中から一冊の分厚い参考書を取り出した。


「……。」


迷いなくページを開き、黙々と読み始める。

その様子に、教室中が静まり返った。


「……時雨…だよな…?」


陽斗が雫にゆっくりと質問をする。


「う、うん……。」


雫も頷くが、その声に自信はない。

朝霧時雨は、授業前に参考書を開くような人間ではない。

なんなら参考書ってなに?のレベルだ。

それなのに今は、周囲の視線など気にも留めず、真剣な表情で参考書に目を走らせている。


「一週間寝込んで、変になったのか…?」


その日一日、朝霧時雨はどこかおかしかった。

授業が終わるたびに、机の中から分厚い参考書を取り出す。

休み時間になると、黙々とページをめくりノートへ何かを書き込んでいた。

スマートフォンを取り出すことは、一度もない。


「……なぁ。」


陽斗は時雨を眺めながら、隣の雫へ小声で話しかける。


「時雨って、こんな勉強熱心だったか?」


「ううん……。」


雫も時雨を眺めながら首を横に振る。


「休み時間はいつもスマホで動画見たり、寝たりしてたのに……。」


「だよなぁ…。しかも一人称も変わってね?“僕”とか言わなかっただろ?」


「うん…。それにずっと敬語だよね…。」


そして昼休みになり、陽斗は立ち上がる。


「時雨! 購買行こうぜ!」


いつもなら真っ先に飛びつく誘い。

しかし時雨は首を横に振った。


「結構です。来る途中で買ってきましたので。」


そう言って鞄から取り出したのは、小さな袋に入った塩おにぎりだった。


「……え?」


陽斗は思わず固まる。


「お前……コンビニで塩おにぎりなんか買ったことあったか?」


時雨は袋を開けながら首を傾げる。


「駄目だったでしょうか。」


「いや、駄目じゃねぇけど……。」


いつもの時雨なら、購買へ行ってパンや揚げ物を買い中庭で食べていた。

塩おにぎり一つだけで満足する姿など、一度も見たことがない。

なにより一番驚いたのは放課後だ。


「時雨!」


帰り支度をする時雨へ、陽斗が笑顔で声を掛ける。


「部活行こうぜ!」


「あぁ…。お伝えしていませんでしたね。部活はもう辞めたんです。」


「…………は?」


陽斗の思考が止まる。


「辞めたって…マジか?何でっ…!」


「元々、僕には運動の才能がありません。入部していたこと自体、おかしいと思いまして。」


「……。」


陽斗は言葉を失う。

確かに時雨は運動神経が良い方ではない。

練習では失敗も多かったし、試合に出たこともない。

それでも――。


「でも、お前…楽しんでたじゃねぇか。」


誰よりも笑って。誰よりも大きな声を出して。

下手でも、仲間と一緒に走ることを楽しんでいた。

だが時雨は表情一つ変えず、鞄を肩へ掛ける。


「もう…楽しくありません。」


それだけ言い残すと、陽斗の横を静かに通り過ぎ教室を後にした。

残された陽斗は、その背中を見つめたまま動けない。


「お前…本当に時雨なのか……?」


♢♢♢


家へ着くと、時雨は静かに玄関の扉を開けた。


「ただいま帰りました。」


返事はない。

どうやら母はパートへ出ているようだった。

時雨は靴をきちんと揃え、洗面所で手を洗う。

制服を脱ぐと洗濯かごへ入れ、そのまま自室へ向かった。

部屋へ入ると制服から動きやすい服へ着替え、迷うことなく机の前へ腰を下ろす。

そして参考書や教科書を並べ、一冊ずつ開いていく。


「……。」


一週間前、気が付けばこの世界に来ていた。

幸いだったのは、この身体に残された記憶だ。

学校で学んできた最低限の知識は残っていた。

そして――スマートフォンやパソコンといった、この世界の便利な道具の使い方も。

しかし、一つだけ大きな問題があった。


「成績が……。」


机の引き出しから取り出した、過去の試験結果を見つめ小さく息をつく。


「……酷いものだな。」


下から数えた方が早い順位だった。

朝霧家の跡取りとして育ってきた時雨にとって、学ぶことを怠るという考えは理解できなかった。


「彼は勉学より、運動や友人との戯れを選んだのだろうな…。」


机の上に置いている写真立ての中には、友人と撮った写真が入っている。

壁にかけられたコルクボードには、部活の人間と思われる人達の写真が。

その中心にいるのはだいたい時雨だった。


「君はこの世界で、人気者だったのだな…。」


本来なら、この世界が自分のいる世界なのに…

あまりにも自分と違いすぎて、少し虚しくなってしまう。

時雨は写真から目を逸らし、静かに教科書のページをめくる。

この一週間、学校を休んでいる間にこの世界の本や資料を読み漁った。

新聞や参考書。図書館にも行った。

テレビは基本ニュースばかり見た。

この世界で生きていくために必要だと思う知識は、できる限り頭へ叩き込んだ。


「……彼の字は汚すぎる。」


時雨はノートへ視線を落とすと、小さくため息をついた。

汚い字が綴られているページを飛ばし、新しいページを開く。

癖のない丁寧な文字が、一行、また一行と静かに並んでいく。

部屋には紙をめくる音とペンを走らせる音だけが響いていた。

そして、ふと手が止まる。

窓の外へ視線を向けると、夕暮れの空が赤く染まっていた。


「……今頃。」


忍の世界では、何が起きているのだろう。

彼は無事に試験へ合格できただろうか。

父上は、周囲から馬鹿にされてはいないだろうか。

母上は、もう涙を流してはいないだろうか。


そして――。


「御影は……元気にしているのだろうか…。」


胸の奥が、少しだけ痛む。

自分には、そんなことを考える資格などないのかもしれない。

この世界へ来ることは知っていたし、覚悟もしていた。

だが、彼は違う。

この世界の朝霧時雨は、何も知らなかった。

家族へ別れを告げる時間もなく。

友人へ何も伝えられぬまま、突然…忍の世界へ放り込まれてしまった。


もし自分が彼の立場だったならで

きっと戸惑い、怒り、不安で押し潰されていただろう。

恨まれても仕方がない。

時雨は再度、教科書へ目を向け勉強を再開した。


♢♢♢


「ご馳走様でした。」


時雨は丁寧に手を合わせると、食卓に並んでいた料理をきれいに平らげた。

その様子を見ていた母が、優しく微笑む。


「美味しかった?」


「あぁ……うん。美味しかった、よ。」


どこかぎこちない返事。

まるで正しい言葉を探すような――。

以前の時雨なら、


「めっちゃうまかった!」

「また作って!」

「ごちそーさん!!」


と、満面の笑みで言っていたはずだ。

母は少しだけ寂しそうに笑う。


「そう…。最近はちゃんと眠れてる?」


「……え?」


「ほら、一週間前までは毎日のように嫌な夢を見てたでしょう?夜中に何度も起きて……。」


その言葉に、時雨の表情がわずかに強張る。

その夢は自分が時雨に見せていたものだ。

――この世界と忍の世界を繋げるために。


「……見てないよ。」


静かにそう答えると、席を立った。


「じゃあ部屋に戻るよ。」


「もう寝るの?今からあなたの好きな番組が…。」


「あぁ…ごめん。勉強の途中なんだ。区切りがいいところまでやりたいから戻るね。」


「そう……。」


小さく頷く母を残し、時雨は二階へ上がっていった。

足音が聞こえなくなると、母は向かいに座る父へ視線を向ける。


「何か変だと思わない?」


父は味噌汁を一口飲み、静かに顔を上げた。


「変って…時雨が?」


「まるで別人みたいじゃない。言葉遣いだってちょっと変よ。食べ方も綺麗すぎるし…それに勉強なんて、自分から進んでする子じゃなかったでしょ?」


「まぁ…たしかに?」


「一週間前よ。あの子がいきなり学校を休んだ日。あの日から人が変わったようになった…。」


「思春期じゃないかー?あいつももう子供じゃないんだし。」


「そんなっ……!」


見た目は確かに時雨そのものだ。だが中身があまりにも違う。

この番組だって、時雨の好きな芸人さんが出ているのに…。

それだけじゃない。髪の毛も染めて大好きなバスケまで辞めてしまった。


「なにがあったのよ…時雨…。」


第十一話は27日19時半頃更新予定です。

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