第七話 決闘の勝者は
あまりにもあっさりとした条件に、その場にいた全員が拍子抜けした。
「ふんっ!安心しろ、神楽。あんなやつ俺がぶっ飛ばすからな!」
九条の意気込みに対して、神楽は小さく笑みを浮かべるだけだった。
一方、時雨の担任は額に手を当てながら深いため息を吐いていた。
「……全く。」
決闘の条件が退学に神楽家次期当主の座。
どちらも生徒同士の決闘で、軽々しく口にしていいものではない。
教師として、簡単にこの勝負を認めるわけにはいかないのだ。
止めるしかない。
「この決闘は――」
口を開いたその時、誰かに名前を呼ばれた。
「月城先生!」
物凄く大きな声のする方を見ると、隣の組から一人の教師がゆっくりと歩いてくる。
白髪が混じった短髪に、鋭い眼光。
頬には古い刀傷が一本走り、鍛え抜かれた体躯は年齢を感じさせない。
「黒崎先生……。」
――黒崎源十郎。
神楽と九条の担任であり、元上忍として名を馳せた実力者だ。
黒崎は二人の前で足を止めると、時雨と九条を交互に見つめる。
「いいじゃねぇか!やらしてみればよぉ。」
「な…何を言っているんですか!」
「若ぇ奴らが本気でぶつかり合う機会なんざ、そう何度もねぇだろ?」
「しかし、条件が重すぎます。退学に、次期当主辞退など……。」
「神楽と九条が決めたことだろ?月城先生が気にするこたぁない。」
「気にもしますよ!一歩間違えれば怪我人が出るんですよ!?」
時雨の担任――月城の言葉に黒崎は鼻で笑った。
「忍びに怪我はつきものだ。実戦じゃ相手は手加減なんざしてくれねぇ。今のうちに痛みも恐怖も知っとくべきだ。」
「ですが、生徒たちはまだ学ぶ身です。」
「いい機会だ。危険になりゃ俺が止めるし、何かあれば責任は俺が取る。」
「あなたという人は……。どうなっても知りませんよ。」
月城は頭を掻きながら、諦めたように目を閉じる。
「はぁ……では、九条と朝霧は前へ。他の生徒たちはもっと後ろへ下がって。」
その宣言に、周囲の生徒たちから大きなどよめきが起こった。
いつの間にか隣の組も集まっている。
もっとも、この学園で正式決闘が行われることは滅多にない。
決闘を申し出る生徒がいても、そのほとんどは教師に止められてしまうからだ。
だからこそ、生徒たちは目の前で行われようとしている勝負に胸を躍らせていた。
周囲の歓声に、九条は少し緊張しているようだ。
一方、時雨はそんな歓声など耳に入っていなかった。
ただ黙って、九条を見据えていた。
脳裏に浮かぶのは、この世界で生きてきた"もう一人の時雨"。
術が使えないと蔑まれ、落ちこぼれと呼ばれ、誰にも認められなかった少年。
(俺が勝ったら…あいつも少しは報われるよな。)
時雨は小さく息を吐き、拳を軽く握った。
「両者、位置につけ。」
月城の声が聞こえる。
時雨と九条は互いに視線を逸らすことなく歩き出す。
二人の間を、張り詰めた空気だけが静かに流れていた。
「何かあれば、すぐに止めるからな。では……」
(――くる!)
「――始め!」
月城の合図が響いた瞬間、真っ先に動いたのは九条だった。
地面を強く蹴り、一気に時雨との距離を詰める。
その手には、いつの間にか苦無が握られていた。
「先制だぁ!」
鋭く振るわれた刃が時雨の首元を狙う。
通常の生徒なら避けれないだろう。
だが――。
時雨が半歩身体をずらしたせいで、苦無は虚しく空を切った。
「なっ……!」
九条はすぐさま距離を取り、素早く印を結ぶ。
「火遁・火弾!」
掌から放たれた炎が一直線に時雨へ迫る。
だが時雨は炎の軌道を見切ると、地面を蹴って横へ跳んだ。
炎は時雨の残像だけを焼き、地面を焦がす。
九条の攻撃を目視だけで軽く避けていく姿に、周囲の生徒たちが息を呑んだ。
審判をしている月城も、思わず見入ってしまう。
「術で相殺するのではなく、身体能力だけで……?」
秘術が使えなくても、時雨相手なら余裕で勝てると思った。
焦った九条は再び印を結び、先程と同じ技を時雨へ放った。
「火遁・火弾!」
時雨は先程と同様、素早く攻撃をかわした。
「なんで避けれんだよ!!!」
九条が段々イラついているのが分かる。
何度も印を結び攻撃を仕掛けてくるが、ことごとく避けられる。
(さっきも……あの形だったよな。)
時雨が先程の記憶を辿る。
九条が火遁を放つ直前に結んでいた印。
(こうか……?)
時雨は見よう見まねで指を動かす。
一つ。
二つ。
三つ。
ぎこちなかった指先が、不思議と自然に動いていく。
そして最後の印を結んだ瞬間――
ドクン。
身体の奥で何かが脈打ち、空気が熱を帯びた。
「……え?」
時雨自身が一番驚いていた。
掌へ視線を落とすと、そこには小さな火種が揺らめいていたからだ。
「できた……?」
時雨の拳を見た九条の足が止まる。
それもそのはず。一つも基礎忍術を使えなかった人間が、見よう見まねで印を結び、火遁の術を使ったからだ。
「うわっ!!!」
ゴォォォォォッ!!
時雨の掌から噴き出した炎が、一瞬で巨大な火柱へと変わる。
「なっ!?え!!?」
時雨は慌てて手を振り炎を消そうとするが、止まらない。
まるで堰を切ったように勢いを増し、庭全体を飲み込まんと広がっていく。
「まずい!」
月城は瞬時に印を結び、地面へ手を叩きつける。
「結界術――展開!!」
淡い青白い光が地面から立ち上り、半球状の結界が生徒たちを包み込む。
その直後、轟音とともに炎が結界へ激突した。
ドォォォォンッ!!
凄まじい衝撃に結界が大きく揺れる。
「くっ……!なんて威力だ……!」
月城の結界を破壊しかねない威力だ。
九条は燃え盛る炎の向こうに立つ時雨を見つめ、唖然としている。
「これが……あの朝霧時雨なのか…?」
ここまで来たら普通の火遁では敵わない。悔しいが秘術を使うか…と、九条が印を結ぼうとしたその時、吹き荒れる砂嵐とともに時雨が放った炎が庭にあった岩に直撃した。
バンッ!!!
岩が砕け散り、四方八方へ飛び散る。そして岩の破片が九条の頭へ直撃した。
「くっ……!!」
九条は頭から血を流しその場にしゃがみこんでしまう。しかし飛んできたのは岩だけではない。制御が効かなくなった炎も九条へ向かって放たれている。
神楽は咄嗟に懐へ手を伸ばした。
「正臣!!」
取り出したのは、炎を防ぐための忍具――火浄布。
黒い布を大きく広げると、起き上がれない九条の元へ飛び込み、その身体を覆った。
それと同時に印を結ぶ。
「風遁・烈風!」
神楽の起こした風が炎の勢いをわずかに逸らす。
「やるなぁ神楽!」
担任の黒崎が頷きながら神楽を褒めている。もちろんそんな場合ではないのだが、黒崎は余裕そうな表情を見せている。
「流石に止めないとだな。」
そう言い、印を結び炎の柱へ飛びかかった。
「土遁・岩牢!」
炎の柱が岩に囲まれていく。
そして印を結んだ状態で時雨の元へ走った。
「朝霧!!!」
「ぐぇっっっ!!」
黒崎が朝霧の首根っこを掴み、庭の池へ思い切りほおり投げた。
バチャンッ――
岩に囲まれた炎はやがて静かに収まる。
煙が晴れると、神楽は火浄布をめくり九条を確認した。
「正臣!!しっかりしろ!」
返事はない。
九条はその場で気を失っていたのだ。
額からは血が出ているが、見たところ大きな火傷はない。
結界を解除した月城は、静まり返っている生徒たちに告げた。
「勝者は…朝霧時雨だ。」




