第六話 決闘の申し込み
「退学確定の朝霧が来てんじゃんか――って、教室へ向かう途中で喧嘩売ってきた奴だ!」
「え?正臣が?」
「そうそう。もしかして、『タコ』って言ったことに怒ってんのか?あいつ。」
時雨は悪びれる様子がない。それもそのはずだ。
「でも、先に喧嘩売ってきたのはあっちだからな。謝るんならアイツが先だろ。」
そのあっけらかんとした態度に、神楽は思わず目を見開いた。
時雨と話すのは初めてだが、聞く気がなくとも噂は勝手に耳に入ってくる。
噂話に聞いていた朝霧時雨は、こんな人間ではない。
少し脅されただけで怯え、視線を逸らし、何も言い返せず逃げる。
術も一つとして扱えず、周囲からは落ちこぼれと呼ばれている少年。
それが神楽の知る朝霧時雨だった。
「……君、噂と随分違うね。」
「は?」
「いや…もっと大人しい子だと思っていたからさ。」
「好き勝手噂流したのはお前らだろ?なんも知らねぇくせに、分かったような口聞くなよ。」
時雨が呆れたように返答すると、神楽は何故か笑いだした。
「僕に"お前"なんて言う人、初めて見たよ。」
その笑い声は決して人を馬鹿にしたものではない。
純粋に面白いものを見つけたような、そんな笑みだった。
その様子を見ていた周囲の生徒たちがざわつき始める。
「お、おい……。」
「神楽が笑ってるぞ……。」
「しかも、あんな声出して……。」
「初めて見たんだけど……。」
神楽が感情を大きく表に出すことは滅多にない。
そんな彼が、落ちこぼれと呼ばれる朝霧時雨を相手に笑っている。
その光景は、生徒たちにとって信じ難いものだった。
「神楽ぁ!」
すると、一人の少年が勢いよく駆け寄ってくる。
先程から話題に上がっている九条 正臣だ。
怒りを露わにした表情のまま時雨を指差し、神楽の前へ立つ。
「何してんだよ!そいつを痛い目に遭わせるんじゃなかったのか!?」
ものすごく怒っているのが分かる。だが神楽は慌てることなく、九条に言い返す。
「気が変わったよ。」
「はぁ!?」
「話を聞く限り、君の方から喧嘩を売ったらしいじゃないか。」
「そ、それは……!」
「自分から絡んでおいて、言い返されたから僕を呼ぶ…。それは少し違うんじゃないかな。」
穏やかな口調だが、目は笑っていない。
九条の顔がみるみる赤く染まっていく。
「くっ……!」
怒りで肩を震わせる九条は、神楽ではなく時雨を睨みつけた。
「おい!」
鋭い声が響く。
時雨は面倒くさそうに視線だけを向ける。
「え……何?」
その態度がさらに九条の怒りに火をつけた。
「俺と決闘だ!」
「決闘?」
時雨が聞き返すと九条は胸を張り、声高らかに宣言をした。
「今ここで、お前が本当の落ちこぼれだってことを全員の前で証明してやる!」
周囲の生徒たちからどよめきが起こる。
「おい、決闘だって……。」
「九条とか!?それは無理だろ……。」
「あいつ終わったぞ…?」
(…決闘?前の世界でいう喧嘩か?)
「何黙ってんだよ。まさか怖じ気づいたのか?」
「いや…決闘って何すんのかなーって。」
「はぁ?お前、決闘制度も知らねぇのか?」
「え…うん。」
その様子を見ていた神楽が、穏やかな口調で説明を始めた。
「校内では、生徒同士の私闘は禁止されているんだ。だけど、互いが合意した正式な決闘なら認められていてね。」
「はぁ…。」
「教師立ち会いのもとに、行われるんだけどね。勝敗は降参、戦闘不能、場外。それと教師が危険と判断した時点で終了だよ。命を奪うことはもちろん禁止。校則に反する要求も認められないからね。」
時雨は「なるほど」と小さく頷き、目を輝かせた。
「つまり、公式に喧嘩できるってことか!」
「……まあ、簡単に言えばそうだね。」
雪斗は決闘をストレス発散程度に思っているのだろう。
「勝った方は、負けた方に一つだけ要求できるんだけど…正臣はどうするの?」
神楽の問いに、待ってましたと九条がニヤつきながら話した。
「俺が勝ったら、お前は退学しろ!」
「はぁ!?退学!?」
(せっかく秘術が成功したってのにぃ?)
「九条!待ちなさい。その条件は認められない。」
九条の話を聞いてきた教師が一歩前へ出る。
「な、なぜですか!」
「理由は明白だ。まず、お前たちには実力差がありすぎる。朝霧が秘術を使えたからといって、他の術が使える訳ではない。それに比べて九条は五大遁術が扱えるだろう?」
「五大遁術は誰でも習うでしょう!?」
「習うが朝霧は扱えない。それにお前の家は火遁を最も得意とする家だろう。」
「ですが……!!」
九条が食い下がろうとした、その時だった。
「でしたら、こうするのはどうでしょうか。」
神楽が微笑みながら割って入ってくる。
「正臣は家の秘術を使わない。一番低い火遁の術のみ使用可能にする。そして正臣が負けた場合は、僕も一緒に退学します。」
「はぁ!?なんで神楽が勝手に決めてんだよ!」
九条が反論するが、神楽は完全に無視。
「もちろん朝霧くんは秘術を使ってもいいよ。…どうですか、先生。」
「神楽…お前なぁ…。」
「あぁ、退学だけじゃ足りませんか?じゃあ…神楽家次期当主の座を辞退します。」
「なっ……!」
九条が口をあんぐりあけて固まっている。
教師は眉間に皺を寄せ、ため息を吐いている。
「もちろん、正臣が勝つと思って言っているんです。…これでいいかな、朝霧くん。」
周りの生徒たちが騒いでいるが、神楽は特に気にしていない様子だ。そして穏やかな表情のまま、時雨を見つめている。
時雨はその言葉を聞いても、特に驚いた様子はなかった。
「ふーん。」
興味があるのかないのか分からない返事をすると、ぽりぽりと頭を掻く。
次期当主の座を辞任することがどれ程の問題か、全く分かっていなかったからだ。
「そんなことより、早くやろうぜ。」
「…朝霧くんの条件は?」
「二度と俺に関わるな。……それだけだ。」




