第五話 試験で暴れた主人公
廊下を抜け校舎の外へ出ると、視界が一気に開けた。
広がっていたのは、学校の裏手にある広大な庭だった。
整えられた地面に、等間隔に並ぶ木々。
そして、その中心には円形に削られた広場のような空間。
他の組だろうか。既に生徒たちが試験を受けている。
「皆はこっちで試験やるから。」
教師の言葉と共に、庭の中央へと生徒たちが集められていく。
教師は生徒全員を見渡し、数を確認する。
「……よし。全員いるね。じゃあ始めようか。」
その瞬間、何故か教師と目が合ってしまう。
(……嫌な予感。)
教師はニコっと笑うと口を開いた。
「朝霧時雨。……前へ。」
(やっぱり……。)
よりによって一番手だ。出席番号順なのか?とため息をつく。
「えー……ほんとにやるの?」
「どうせ術なんか使えないのに。」
「時間の無駄……。」
生徒たちからの声に教師は一喝した。
「黙りなさい。試験は平等に行う。反論があるなら私に言いなさい。」
その言葉に周りは黙り込んでしまった。ざまあみろと言いたいところだが、次は自分が怒られるなと思い口を閉じる。
「さぁ、朝霧は早く前に。他の者は後ろへ下がるように。」
時雨は渋々前へ出た。教師に指定された位置へゆっくり移動する。その間に生徒たちも指示された場所へ移動していた。
「朝霧はー…魂纏の術だな。“己の魂を肉体へ纏い、その力を極限まで引き出す秘術”……数ある秘術の中でも難しいと思うが、やれる所までやってみなさい。」
この教師も俺が何も出来ないと思っているのだろう。なんて言葉をかけようと考えているのかもしれない。
時雨はゆっくりと目を閉じる。
(……解除できるかな。)
術が出せるかより、解除出来るのかの心配をしているなど、誰も想像していないだろう。
俺は記憶を辿り魂纒の印を結ぶ。そして意識を身体の奥へ沈めていった。
「――魂纏。」
ボォンッ!!
時雨の身体から、眩い光が噴き上がる。
突風が庭を駆け抜け、木々が大きく揺れた。
砂埃が舞い上がり、生徒たちは思わず腕で顔を庇う。
「なっ……!」
「うそだろ……!」
「きゃああああ!!」
生徒たちの声が震える。
時雨の身体を包む光は揺らめきながらも、確かな力を感じさせていた。
しかし次の瞬間。
ゴゴゴゴ……ッ!
時雨の身体から溢れる力がさらに膨れ上がっていた。
「まずい!」
教師はすぐに印を結び、そのまま地面へ手を置く。すると生徒たちの周りに大きた結界が張り巡らされた。
「朝霧!」
教師が叫ぶが、時雨には聞こえていない。記憶を辿りながら術を発動しているため、目を瞑っている。その為周りがどうなっているか分かっていないのだ。
(んー…解除ってどうやるんだっけなぁ…。)
力が制御出来ていないせいで、庭全体を暴風が吹き荒れる。そしてそのまま衝撃波が校舎へと駆け抜ける。
――パリンッ!!
校舎の窓ガラスが次々と砕け散った。
乾いた破砕音が辺り一面に響く。
生徒たちは結界の中で呆然と立ち尽くしていた。
その瞬間、時雨はやっと術の解除を思い出し魂纒を止めてみせた。
「はぁー、よかったぁ、思い出して。」
俺が目を開けると、周りの状況は悲惨だった。
割れた窓ガラスに、砂嵐のせいで生徒たちはボロボロ。時雨だけが状況を理解できず、ゆっくりと教師へ視線を向けた。
「あれ?もしかして……やらかした?」
教師は何も答えない。
ただただ時雨を見つめている。
(窓ガラス弁償しなきゃいけないやつ……?)
時雨は頭を掻きながら、おそるおそる口を開いた。
「あのー……。」
「朝霧……。」
「はい!」
教師に名前を呼ばれ、怒られる!と身構えた。だがそうではなかった。
「いつの間に術を使えるようになったんだ……。」
「へ!?」
時雨は頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「まぁ…その…なんとなく?」
その一言で、教師の表情がぴくりと引きつる。
「何となくだと?」
「はい。」
「何となくで秘術が扱えるものか!」
教師の顔が強ばっている。よく見れば周りの生徒たちも……。
「秘術は一朝一夕で身につくものではない。長年の鍛錬を積み、ようやく扱えるかどうかという術だ。」
「あー……そうらしいっすね……。」
「それだけじゃない。力の加減は出来ていないが、あの威力は異常だ。」
「あー……そうなの?」
(俺も昨日この秘術知ったからその辺よく分かってねぇんだよな……。)
「朝霧……お前……一体……。」
庭は静まり返っていた。
誰も口を開けない。
秘術は使えたんだからもういいだろうと、内心ウンザリしていた。
その時だった。
――パン、パン、パン。
静寂を破るように、ゆっくりと一定のリズムで拍手の音が響く。
生徒たちが一斉に音のする方へ振り向く。
人垣の向こうから、一人の少年がこちらへ歩いてくる。
整った足取りに堂々とした佇まい。
まるで、この場の空気すら自分のものだと言わんばかりのものだった。
生徒たちの間にもどよめきが広がる。
「神楽だ……。」
「かっこいー……。」
「でも何で隣の組の神楽がここに……?」
(誰だ?あのイケメンは……。)
艶のある銀髪は丁寧に整えられ、額にかかる前髪が涼しげな印象を与えている。
切れ長の瞳は深い藍色。
穏やかな眼差しを浮かべているにもかかわらず、その奥には研ぎ澄まされた刃のような鋭さが宿っていた。
整った顔立ちは思わず見惚れるほど端正で、年齢以上の落ち着きを感じさせる。
身に纏う忍装束は一切の乱れがなく、袖口や帯に至るまできっちりと整えられていた。
その立ち姿は無駄がなく、静かに歩いているだけだというのに、周囲の視線を自然と惹きつける。
少年は拍手を止めると、静かに時雨の前で立ち止まった。
澄んだ瞳が、真っ直ぐ時雨を捉える。そして穏やかな笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「見事だったよ、朝霧くん。」
少年は時雨の前で足を止めると、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「初めまして。」
柔らかな口調からは、敵意を感じない。
「――あの有名な朝霧くんに会えて嬉しいよ。」
その言葉に、時雨は眉をひそめる。
(……有名?)
周囲の生徒たちの反応を見る限り、どう考えても良い意味ではない。
術が使えない落ちこぼれ。朝霧家の出来損ない。
(褒め出る訳じゃねぇな。)
「でも驚いたよ。君が術を……しかも朝霧家の秘術を使えるなんてね。」
「それ…褒めてんの?」
「もちろん。」
すると教師が、二人の間へ入り話を止めた。
「神楽、今は試験中だ。用が済んだのなら、自分の組へ戻りなさい。」
神楽は教師へ視線を向け、小さく肩をすくめる。
「ご安心ください、先生。僕の試験は、もう終わっています。」
そう言うと、神楽は再び時雨へ向き直る。
「少しだけ、君と話がしたくて来たんだ。」
「……話?」
「僕の友人を傷つけたみたいだからね。できれば彼に謝ってもらいたいんだ。」
「え?…誰?」
その言葉に、神楽は一瞬だけ目を丸くする。
「僕の友人だよ。九条正臣。」
「いや…名前言われても知らねぇ。」
時雨は首を傾げる。
本当なら知っているのだろうが、残念ながら今の時雨には全くわからない。
その反応を見た神楽は、時雨の目をじっと見つめると、小さく息を漏らした。
「どうやら、本当に知らないみたいだね。…ほら。」
神楽は指で、ある方向を示す。
「あそこにいる彼が、九条正臣だよ。 」
時雨が視線を向ける。
少し離れた場所にいる別の組だ。
その集団の中に、一人だけこちらを鋭く睨みつける少年がいる。
腕を組み、今にも飛びかかってきそうなほど敵意をむき出しにした視線。
(…ん?あいつは…。)
時雨は九条の顔をじっと見つめる。
やがて、ぽんと手を叩いた。
「あぁ、思い出した。」




