第三十話 護衛を強めた結果
「あ…こんばんはぁ…。」
「朝霧…。何を追いかけようとしたんだ?」
「えーっと…タヌキを…。」
「…………タヌキを?」
「そうそう…タヌキ…。」
「こんな夜中に?真田と仲良くタヌキの追いかけっこを?」
「あー……そうか。いま夜中かー……ははは。」
「…………。」
苦しすぎる言い訳ということは、自分がよく分かっている。しかしこの場を何とかやり過ごさなければ、きっと月城に怒られてしまう。
「…その首はなんだ?」
「え?首?」
「赤くなっているが。」
「…!」
月城に言われて初めて気づいた。首が赤くなるまで強く締められていたのかと分かり、時雨は慌てて両手で首元を隠す。
「こ、これは……。」
上手い言い訳が思い浮かばず、隣にいる真田へ視線を送る。――助けて。と目で訴えてみるが、真田はゆっくりと首を横に振った。
(み…見捨てられた……!)
「どういうことか説明してもらおうか。」
「は…はい…。」
時雨は肩を落とし、観念したように先ほど起きたことを月城へ説明した。男に襲われたこと。真田が助けに入ったこと。そして、その男を追いかけようとしたことまで。そして最後まで話し終えると、月城は黙って二人を見つめ大きくため息をついた。
「まず……真田。」
「……はい…。」
「朝霧を助けたことは褒める。しかし、お前も危ないところだったんだぞ。」
「………申し訳ありませんでした…。」
真田は素直に自分の非を認め月城へ頭を下げた。そんな真田を見て月城もそれ以上は責めず、次は朝霧へ視線をうつす。
「そして、朝霧。」
「…うっす。」
「お前の突っ走る行動力は、考えなしのものだ。自分だけならまだしも、真田まで危険に晒している。今回ばかりは、反省文を書いて終わりというわけにはいかないぞ。」
「……すみません。」
「月城先生…!」
そのとき、遠くから声が聞こえた。水を汲み終えた桐谷が、小屋からこちらへ向かって走ってきていたのだ。
「はぁ…どうなさいました?」
桐谷は息を整えながら、三人の顔を順番に見つめる。
そして――時雨の首元に残った赤い跡へ、視線を止めた。
「朝霧くん、その首…。」
「桐谷先生。」
桐谷の言葉を月城が遮る。
「生徒の看病をしてくださり、感謝しています。しかし、二人の生徒が危険に晒されたことは先生の責任でもあります。今後は気をつけてください。」
「いや、桐谷先生は――…」
「朝霧。お前が言いつけを守らなかったことは、もちろん良くない。だが、生徒の監視を怠った桐谷先生にも、教師としての監督責任がある。」
月城の言葉に時雨は何も言えなくなった。桐谷はしばらく黙っていたが、やがて小さく頭を下げる。
「月城先生。申し訳ありませんでした。朝霧くん、真田くんも……ごめんね。」
時雨は少し気まずそうに頬を掻く。自分のせいで桐谷も真田も怒られてしまったことに、強く罪悪感をもったのだ。
「さぁ、二人とも早く小屋へ戻りなさい。桐谷先生も一緒に。私は外を見張っていますので。」
「…分かりました。さぁ、二人とも中へ行きましょう。」
桐谷に促され、時雨と真田は素直に小屋へ戻る。そして扉をくぐる直前、月城のことが気になりふと振り返った。
「…………。」
月城が遠くを見つめている。その目は先ほどまでとはまるで違っていた。冷たいくて鋭い…。闇の中から何かを見つけようとするように、周囲を警戒している。
いつも生徒たちを指導している月城先生だが、今の姿は教師には見えなかった。
まるで――
一人の忍者へと戻ったかのようだった。
「………朝霧?」
「あ、ごめん。今行く。」
真田に呼ばれ、時雨は小屋の中へ入る。外に残された月城はただ一人、暗闇を見つめ続けていた。
♢♢♢
「しつこいって!大丈夫だって言ってんだろ!?」
「若様が大丈夫でも、私は大丈夫ではありません。」
「はぁ……。」
朝から何度目になるか分からないやり取りは、昨日から続いていた。御影は一歩も俺から離れる気がないらしい。なぜこんなことになっているのかというと――…
実地訓練終了後。第四班の俺たちは、それぞれ教師に付き添われて家まで送り届けられた。そして今回起きた襲撃事件について、家族へ報告された。
俺の場合は洞窟で起きた爆発だけじゃない。小屋の裏で襲ってきた、あの男のことまで月城先生から両親と御影に伝えられた。母さんは話を聞いた瞬間、顔面蒼白。父さんは父さんで、御影に対して俺の護衛をこれまで以上に強めるよう指示したらしい。
その結果――…
「若様、どちらへ?」
「いや、ちょっと庭に…。」
「私も参ります。」
御影は俺に付きっきりになった。元々は俺から見えない場所で見守ってくれていたのだが、今では普通に隣にいる。それも、かなり近い距離で。
「なぁ…。」
「はい。」
「近くない?」
「護衛ですから。」
「いや、護衛なのは分かってるけど…。」
「何か問題でもございますか?」
「………。」
俺が諦めて歩き出すと、御影も当然のようについてくる。どうやら今回の事件で、御影の警戒心は完全に別物になってしまったらしい。
「男に付きまとわれても嬉しくないっての……。」
「では、女の格好をすればよろしいですか?」
「違う。」
「申し訳ございませんが、護衛を務める忍は全て男でございます。」
「はぁ……。」
たまにズレてんだよなぁこいつ…と頭を抱える。どうやら、御影が俺から離れる気はないらしい。
「さすがに学校には入ってこないよな?」
「はい。残念ながら許可は出ませんでしたが、しばらくは家にいてもらいます。」
「は!?なんで!?」
思わず声が大きくなる。学校が特別好きという訳では無いが、このまま御影に家中付きまとわれるは正直きつい。
「襲撃した犯人は、まだ見つかっておりませんので。」
「それはまあ…そうだけど。」
「そして、犯人が誰を狙ったのかも分かっておりません。しかし…第四班にいた生徒の中で、名家の出身者は若様だけです。この意味が分かりますか?」
「名家出身の俺が、標的だったってこと…?」
「はい。可能性は十分にございます。ですから、今しばらくは私の側を離れないでくださいませ。」
「…………。」
俺が名家出身だから命を狙われた…?他の三人を巻き込んでまでも始末したかった存在だと言うのか。
「なぁ。前も俺が狙われる事件とかあったのか?」
「幼い頃は若様の誘拐を企てる者もおりました。ですが、全て阻止しております。」
「幼い頃?じゃあ最近は何も無かったって事か?」
「はい。学校に上がってからは、そのようなことはありませんでした。」
「なんで?」
幼い子供の方が誘拐しやすいのは分かる。ではなぜ最近になってまた俺を狙ってきたのか…。
(しかも、誘拐ではなく普通に殺そうとしてたし…。)
「もしかすると…若様が朝霧家の秘術を使えたことに意味があるのかもしれませんね。」
「秘術って前に教えてもらったやつ?」
「はい。若様の力を邪魔だと思う者は少なからずおりますから…。」
「邪魔って…何で?」
「名家は色々ありますから…。」
意味深な言葉を言われ、俺は黙りこんでしまった。元々、普通の一般家庭に生まれた俺が名家だの秘術だの色々言われても正直分からない。
(この世界…もう少しちゃんと知らなきゃいけねぇな…。)
「若様。お分かりになられたのなら、諦めて大人しく護衛されてください。」
「……はぁ。」
わざとらしく大きなため息を吐き、不満を足音にぶつけるように廊下を歩き出した。
ドスン。
ドスン。
ドスンドスン。
「若様。廊下を走らないでくださいね。」
「走ってない!歩いてる!!」
「それは…失礼いたしました。」
御影は淡々と答えながら、その後ろをついていく。まるで保護者と駄々を捏ねている子供のようだ。
――こうしてしばらくの間、俺の生活には御影という名の護衛が常駐することになった。




