第二十九話 洞窟の犯人…?
「ね、ねぇ。早く行こうよ。怖いし……」
「そ、そうだな…。行こう…。」
三人はそれ以上森の奥を気にすることなく、急いで小屋へと向かった。小屋の中には既に実地訓練を終えた生徒と、一人の教師が待っていた。その教師を見るなり高瀬はパァァァと表情を輝かせ、抱きつきに行く。
「桐谷先生だ!」
「あら、高瀬さん。お疲れ様。」
肩まで伸びた黒髪を後ろでまとめた女性は、どこか儚げな雰囲気を纏っている。時雨の記憶の中には存在しない教師だ。
「…高瀬。この人は?」
「ええぇ!?本気で言ってる!?保健委員の顧問してる桐谷先生じゃない!」
「ふふふ。私を覚えていないなんて…。朝霧くんは頭でもぶつけたのかしら。」
「す、すみません…。」
「冗談よ。月城先生から話は聞いているわ。さぁ、佐伯くんをこちらへ運んでくれる?」
桐谷の言葉通りに、真田がゆっくりと指定された寝床へ佐伯を下ろす。
「気を消耗しすぎたって聞いたけど…もしかして熱を下げる薬草とか飲ませた?」
「あっ、これ飲ませました。」
高瀬が荷物から慌てて薬草を出し桐谷へ見せると、感心したように微笑んだ。
「その薬草のおかげで、佐伯くんは酷くならずに済んだのね。高瀬さん、素晴らしいわ。」
「ほっ…本当ですか!?えへへ……。」
褒められた高瀬は嬉しそうに頬を緩める。その様子を横目に、時雨は眠っている佐伯へ視線を落とした。
「佐伯は大丈夫なんですか?」
「えぇ。熱も高くないし、朝まで安静にしていれば気の量も通常に戻って元気になるでしょう。」
(そうか…。良かった。)
時雨は胸をホッと撫で下ろした。これまで張り詰めていたものが、ようやく少しだけ解けた気がしたのだ。
――その頃――
月城は一人、滝のそばに立っていた。そこは昨日、時雨たちが通過した場所だ。滝壺にある洞窟は、爆発の衝撃で崩壊している。詳しく調べたいが大きな岩が入口を塞ぎ、中へ入ることはできそうにない。
「手がかりなしか…。」
「月城先生!」
一人の教師が木の枝から飛び降り、月城の元へ駆け寄る。
「これを。」
「これは…?」
教師が差し出したのは焦げた布の切れ端。
「洞窟の近くにある木に引っかかっていました。爆発の衝撃で飛んできたものかと。」
月城は布を受け取り指先で軽く広げると、焦げた布の端に小さな印が刻まれていることに気付く。
「これは…火薬を包んでいた布のようですね。それに紋のようなものも見える…。」
「はい。ですが大半が焦げていてハッキリとは…。」
教師たちが用意した仕掛けではない事は明白だ。しかし誰かが生徒たちのいる洞窟へ火薬を投げ込み、始末しようとしたのも事実…。
ならば――。
「布の持ち主を探す必要がありますね。何か見つけたら他の先生方にも共有をお願いします。」
「分かりました!」
月城に返事をすると、教師が再び手がかりを探しに森の奥へ消えていった。その姿を見送りながら月城は布を折りたたみ、懐へしまう。
「……一体、誰が何のために。」
過去に学校が襲撃された事例は何件かある。しかし、その大半は教師や学校そのものを狙ったものだ。
――だが、生徒を狙い、確実に命を奪おうとした事例はない。今回の襲撃は今までと何かが違う。そんな予感がした。
♢♢♢
「スー……スー……」
小屋の中には、生徒たちの静かな寝息が響いていた。昼間の騒ぎが嘘だったかのように辺りは静まり返っている。桐谷は佐伯のほかにも怪我をした生徒たちの手当てに追われ、ほとんど休むことなく看病を続けていた。眠っている生徒の様子を確認し、そっと毛布を掛け直す。
そのとき――
カタッ…。
「……?」
小屋の外から物音が聞こえた。眠りが浅かったのか、時雨はその物音でゆっくりと瞼を開く。
(何の音…?)
何事かと思い身体を起こすと、薄暗い小屋の中で手当てをしている桐谷の姿が目に入った。
「………。」
「…!あら、朝霧くん。目が覚めたの?」
「あぁ…なんか物音がして……。」
「ああ、あれね。」
桐谷は小屋の入口へ視線を向ける。
「外に置いてある板が倒れた音よ。ごめんなさい。立てかけずに、寝かせておけばよかったわね。」
「いや、先生のせいじゃないですし……。」
「ふふ、ありがとう。朝霧くんも、早く寝なさいね。」
「あ、はい…。」
そう言い残すと桐谷は水の入った桶を手に取り、小屋の外へ出ていった。時雨は桐谷が出ていった後も、しばらく閉じられた扉を見つめていた。外から夜風の音だけが聞こえてくる。
(ほんとに板が倒れた音か?)
板が倒れた音にしてはあまりにも軽い音だと思った。もちろん、板自体が軽い可能性もある。普段なら気にしないような音だが、昨日の洞窟で起きた襲撃のこともあり、外の様子を確かめたくなった。
「……少し、見に行ってみるか。」
月城からは、小屋から出るなと言われている。もちろん理解はしているが…。
時雨は周囲で眠っている生徒たちを起こさないようゆっくりと身体を起こし、音を立てないよう扉へ向かった。扉を少しだけ開け外を覗くと、冷たい夜風が頬を撫でる。
「桐谷先生…?」
水を汲みに出たはずの桐谷の姿を探すがいない。どこまで水を汲みに行ったのだろう。周囲を見回しても、桐谷の姿は見当たらない。
「……まあ、いいか。」
とりあえず音の正体を確かめようと、時雨は音が聞こえた方向へ歩き出した。
ササッ。
足音を立てないよう早歩きで夜の演習地を進んでいき、小屋の裏へ回る。そこには確かに、大きな板が一枚置いてあった。
しかし――
「倒れてない…。」
倒れたと思っていた板が、小屋の壁に立てかけてあったのだ。桐谷が直した可能性もあるが、倒れた板を立てかけた物音は聞こえなかった。それにこちら側に川や井戸はない。それなのに、わざわざ水を汲みに行く途中で板を直すだろうか…。
「じゃああの音は…。」
板へゆっくり近づくと、あることに気付く。板の周囲に、いくつもの足跡が残っているのだ。まだ乾いていない土が、靴底の形をはっきりと残している。
「……新しい。」
夢中になって足跡を見ていたせいで、背筋に誰かが立っていることに気付くのが遅れてしまった。その人物からは殺気が溢れている。
「――っ!」
(人の気配が…!)
急いで振り返るが次の瞬間相手の手が伸び、時雨の首を掴んできた。そのまま身体を持ち上げられ、近くの木へ押し付けられる。
「かはっ!」
時雨は両手で相手の腕を掴み、必死に引き剥がそうとするがビクともしない。
「ぐっ…!!!」
(なんだよ、この力……!クマかよ!!)
相手は何も言わない。ただ時雨を押さえつけたまま、ジッとこちらを睨みつけている。そして空いている方の手をゆっくりと懐へ伸ばし、そして――
一本の苦無を取り出した。
「……!」
月明かりを受け、刃が鈍く光った。自分の顔から血の気が引いていくのが分かる。
(こいつ…俺を殺す気か!?)
術を制御出来なくても、このまま殺されるぐらいなら火遁の術を使う方がマシだ。しかし手を離せばそのまま首が締まる為、印を結ぶこともできない。
(くそっ……!)
時雨が歯を食いしばったその瞬間、男が苦無を振り上げる。
「――っ!」
死ぬ。そう思った。
だが――
ドドドドッ!!
遠くから、ものすごい勢いで何かがこちらへ迫ってくる。
「……!」
時雨が目を向けると、月明かりの下を一人の人影が駆けてくる。――真田だった。
「朝霧っ!」
真田が勢いのまま拳を振り抜く。
しかし――
「……!」
男はとっさに時雨の首から手を離し身体をひねると、そのまま勢いを利用して地面を蹴り上げた。
そして――
ヒュッ。
男はそのまま、一気に小屋の屋根へと飛び上がる。そのせいで、突然支えを失った時雨は地面へ倒れてしまうが、首を締めつけていた手が離れたことで、ようやく息が出来るようになった。
「かっ……!はぁ……はぁ……。」
時雨は首元を押さえながら必死に呼吸を整える。
「…………朝霧。大丈夫か…?」
「大丈夫……マジで助かった。さんきゅ……。」
「…………さんきゅ?」
「ありがとうって意味だよ。はぁ…はぁ…マジで……死ぬかと思った……。」
「…早く小屋へ……。」
「それより、あいつはっ!」
時雨は慌てて小屋の屋根へ目を向ける。しかし、先ほどの男の姿はどこにもない。
「……逃げたみたいだ。」
「くそっ!腹立つ!!!」
「…朝霧……早く小屋の中へ入ろう……。」
「いいや!今すぐ追いかけたら、まだ追いつくかもしれない!」
悔しそうに拳を握る時雨を横目に、真田はしばらく黙っていた。
「ほら!真田行くぞ!」
「……先に、俺らが追いつかれる……」
「は!?誰に!?」
「……先生…。」
「先生?桐谷先生のことか?ほっとけんなもん!早く行くぞ!!」
時雨は再び小屋の屋根へ視線を向ける。後ろで真田が小さく「違う…」と呟いているが時雨は聞く耳をもたない。そして、勢いよく地面を蹴ろうと足に力を込めた。
「――っ!」
その瞬間。左肩に誰かの手が置かれた。
「ちょ、真田!離せって!」
反射的にその手を払いのけようとした時、耳元で低い声が響いた。
「……月城先生だ。朝霧。」
「…………へ?」
真田だと思っていた手は、洞窟からこちらに戻ってきた月城のものだった。…振り返らなくても分かる。ものすごく怒っている。




