第二十八話 最終問題答えられるかな
三人は巻物を囲むようにして地面に座り込んでいた。
「何が書いてあるんだ?」
時雨が巻物を覗き込むと、そこには四つの単語と忍字が記されていた。
――橋。
――滝。
――哨。
――月。
『道は、始まりと終わりを結ぶ』
「……なにこれ。ってか、この忍字読める?」
「ちょっと待ってね……。『道は始まりと終わりを結んじゃう!』で、合ってるかな?がっくん。」
「………だいたい合ってる。」
忍字の解読はしてもらったが、正直聞いても分からない。さらに時雨は一つの単語を指さしながら二人に質問をした。
「なぁなぁ。ちなみに哨って何て読むの?」
「……“しょう”だ。…周囲を警戒して見張ることや、その役目をする人…もしくは場所を表す熟語の一部として使われる……。」
なるほどなるほど…と、時雨は何度も首を縦に振るが、漢字の意味が分かったところで謎解きが解けた訳ではない。
「んー…でもさぁ、これだけじゃ分かんなくない?がっくん何か閃いたりした?」
「いや……。分からない。謎解きは佐伯に任せっきりだったからな……。」
「だよねー…。でも、れんれんを起こすわけにはいかないし…。」
「「「…………。」」」
早くもここで三人の思考がストップしてしまい、足止めをくらってしまう。何度巻き物と睨めっこしても時間が虚しく過ぎていくだけ…。しかしこの後、時雨がふと零した愚痴に、大きなヒントが隠されていることに真田は気付くのだった。
「わかんねぇなー…。さっきの滝んとこまで戻って滝行でもしたら何か思い浮かぶかなぁ。」
「え!?しぐちゃんあそこまで戻る気!?そんなことしたら、演習地まで間に合わなくなるじゃん!」
「冗談に決まってんだろー…?滝って書いてあるから何となく言っただけで…。」
「…………橋、滝、哨、月…。」
時雨と高瀬が言い合っている横で、ブツブツと巻き物に書いてある四文字を真田が呟いていた。
「……見張る…場所…。始まり…?」
「真田?さっきから何言って…。」
「………順番になってる。」
「「順番?」」
「…橋を渡り、滝壺にある洞窟へ行き、監視所を突破した…。この単語は全て、俺らが来た道のりを示しているんだ…。」
「!!ほんとだ!凄いよがっくん!!」
「え?待て待て。じゃあこの月ってなんだよ。」
「そんなの決まってるでしょ!演習地で月が一番見えやすい場所に、先生が待ってるんだよ!」
「えぇ……じゃあこの忍字の意味は?」
「『道は、始まりと終わりを結ぶ』ってやつ?…それは分かんない。」
「おい…。」
「忍字の意味は分からないけど、四文字は解けたからいいじゃんっ!ねっ!」
高瀬は「やったー!」と手を上げその場で飛び跳ねていが、時雨はあまり納得していないのか「ううん…」と首を傾げながら唸っている。
「……早く演習地へ向かおう…。佐伯は俺が運ぶ…。方向は指示するから、二人は行く先の道が安全か先回りして確認してくれ……。」
「了解!」
「おっけー!」
二人の返事を聞き終わると、真田は佐伯を背負い四人で最後の目的地へ向かって歩き始めた。
♢♢♢
その頃、演習地では――。
「んー……今年は失格や棄権が多いなぁ…。」
月城は手元の記録を眺めながら呟いた。
「仕掛けが分からず時間内に辿り着けない。これは忍として大きく減点だが…怪我をして棄権を申し出た生徒も、少し残念だなものだ。」
忍に怪我は付き物。もちろん、命を危険に晒してまで実地訓練を行えとは言わないが――。
「止血すればまだ動けるだろうに…。実地訓練自体、彼らには早かったかもしれないな。」
月城はゆっくりと記録を閉じた。卒業試験まであと一年しかない。生徒たちの実力に合わせて班を決め、謎解きや仕掛けも授業を聞いていれば分かるような問題にした。しかし現段階で合格した班は一班のみ。予想以上の残念な結果にどうしたものか…と肩を落としていると、一人の教師が月城へ近づいてきた。
「月城先生。第四班の後を追っていた教師から報告がありました。」
「第四班…。朝霧がいるところですね。どうしましたか?」
「どうやら、日暮れまでには間に合いそうにないと。」
「……そうですか。」
実を言うと、月城は第四班に少し期待していた。朝霧というある意味問題児がいる班の中に、優等生の佐伯と、誰とでも仲良くなれる高瀬。そして誰とでも仲良くはなれないが、心優しい一面をもっている真田がいる。この四人ならば実地訓練を合格することが出来るのではないかと…。
「佐伯はどうなりましたか?気を使いすぎて倒れたことは、追っていた教師から聞いていますが…。」
「なんでも、真田くんが背負っているみたいです。」
「監視所から背負ってきているのですか?それは…なかなかの距離だな。」
真田がいくら力があるからといって、監視所から演習地まで背負いながら山道を登っていくのは、並大抵のことじゃない。
「棄権せず、最後まで諦めなかった志くらいは…褒めてあげてもいいかもしれませんね。」
「では、実地訓練は終わりにしますか?」
「そうですね。では第四班にそのことを伝え――」
「―――!」
その時、遠くから誰かの声が聞こえた。
「まっ……待ってーーー!!!」
「!」
まさか…!と目を見開きながら月城が振り返ると、遠くから汗だくになりながら手を振っている時雨を発見した。その後ろには、必死に追いかけてくる高瀬もいる。そして――佐伯を背負ったまま、顔色一つ変えずに走ってくる真田も。
間に合うなど微塵も思っていなかった月城は固まってしまい、理解するのに少し時間がかかってしまった。その間に四人は月城の側まで行き、息を整える。
「はぁ……はぁ……ま、間に合ったああぁ……のか?」
「おまえたち…どうやってあの距離を……。というか、真田は疲れていないのか…?」
佐伯を背負っているにもかかわらず、真田は息一つ乱していない。その体力には、さすがの月城も驚かされた。
「普通に行けば間に合わないのは分かってたからさ!俺と高瀬が木の上から近道がないか探したんだ!」
「そうそう!そしたら、通れそうな道があったんだよね!どうせ間に合わないなら、この道に賭けてみようってしぐちゃんが言って…。」
「…………その賭けが成功した。」
一か八かだったよな!と笑いながら楽しそうに話す三人に、月城はまた驚かされる。
――予想外だった。
通常のルートを進めば、確実に間に合わない距離に彼らはいた。それだけではない。歩けない生徒まで抱えていたのに、彼らは諦めなかったのだ。自分たちで別の方法を考え、道を探し、この演習地まで辿り着いたのだ。
しかも――。
頭の切れる佐伯にすべてを任せることなく、謎解きや仕掛けが苦手な三人だけで…。
「ここまで辿り着いたことは素晴らしいことだが…最後の謎解きが残っているだろう?監視所で手に入れた巻き物の意味を、私に教えてくれるか?」
「はいはーい!あの四文字は目的地のことを示していました!まず、“橋”。これは最初に通った場所だよね!まぁ…落ちちゃったから渡りきってはいないけど。」
「“滝”は次の目的地の滝壺。まぁ細かく言えば洞窟だったけどな。」
「……“哨”は監視所…。」
「ほう…。やるじゃないか。じゃあ、最後の“月”の意味は分かるか?」
「ふふふっ。それは、演習地にある月が良く見え――」
高瀬が最後の回答を自信ありげに答えようとした時、最後まで悩んでいた時雨が言葉を遮った。
「待て、高瀬。やっぱりその回答違うかも。」
「え!?なんで!?」
(確かにこの場所は演習地の中でも高さがある。月だってよく見えるんだろうけど…何故わざわざ“月”なんて、あやふやな単語にした?橋や滝は確実に分かる単語なのに…じゃあ月って何を示してる…?いや、それよりあのヒントは…。)
「朝霧。分かるか?」
「…そうか。最後の“月”は――月城先生のことを示してたんだ。」
「……!」
「巻き物に書いてあったヒント…『道は始まりと終わりを結ぶ』ってやつ。この意味を最初に理解しとかないと、最後の回答は絶対に答えられないんだ…!」
「ほう…。」
「橋を渡って滝壺に行って監視所に潜入し、最後に月が見える場所へ向かう…でもそれだとあのヒントと矛盾してる。道は始まりと終わりを結ぶって書いてるのに、何も結ばれてないだろ?」
時雨は自分に問いかけるようにゆっくりと話す。道の始まりは確かに橋があった。しかしそれだと終わりに向かう道にも橋がないとおかしい。なら全て最初から間違っていたとしたら…?
「じゃあ、始まりはどこなのかって考えたら……俺たちはこの試験を月城先生から始めてるんだ。最初は橋じゃなくて『月』。…月城先生から始まり月城先生で終わる。」
「……。」
「始まりと終わりを結ぶ――つまり“月”とは、月城先生のことだ!!」
まるで探偵にでもなったかのように、月城に向かって人差し指をピーンと差す。生徒が教師に向かってそのような行為は厳禁なのだが、まさか正解するとは思っていなかった為、月城はその行為を笑いながら見逃した。
「はっはっはっ!朝霧、正解だ。よく引っかからなかったな。」
「え!まじで!?やりー!!」
「えええぇ!!しぐちゃん大手柄だ!!」
高瀬と時雨が、ぱんっと両手でハイタッチを交わす。真田は片手で佐伯を支え、もう片方で二人とハイタッチをした。
「第四班は合格だ。佐伯はこちらで手当てするから、着いてきなさい」
三人は月城の後ろについて歩き始める。高瀬と時雨は余程嬉しいのか、スキップしながら鼻歌まで歌っている。しばらく歩いたところで、月城がふと思い出したように口を開いた。
「しかし朝霧。危険行為をしたことは反省すべき点だぞ。」
「え?危険行為…?監視所の時っすか?」
「違う。気の制御ができていないにもかかわらず、洞窟内で火遁の術を使ったことだ。これに関しては減点だからな。」
「……?」
きょとんとした表情を浮かべるが、時雨だけではない。高瀬も真田も頭の上にはてなマークを掲げている。
「なんだ?三人とも。お前たちを追っていた教師から洞窟の事を聞いたのだが…違うのか?」
「違うも何も…俺、今回は一度も術を使ってないっすよ?」
「……は?」
時雨の言葉に月城の足が止まった。
「じゃあなんだ?洞窟が勝手に崩壊したのか?」
月城の言葉が理解できない高瀬は、眉をひそめながらその質問に答えた。
「何言ってんの先生…。先生たちが洞窟に火薬投げ込んできたんでしょ?それをしぐちゃんのせいにするなんて…。」
「……は?火薬?」
「そうです!れんれんの水遁の術がなかったら、私たち生きてないんだから!まったく。実地訓練だからって、あれはさすがに危なすぎです!」
「ま、待て…その話は……本当なのか?」
朝霧と高瀬が嘘を言っているようには見えない。しかし、到底信じられない…!と、月城が真田に問いかける。真田は何も言わず、ただ静かに頷いた。少しの沈黙の後、月城がゆっくりと三人に話をしてくれた。
「監視所にいた先生たちは別だが…それ以外で、私たち教師がお前たちに直接攻撃を仕掛けることはない。」
「え?じゃあ…他の班の奴らが俺らをやったってこと?」
「いや…他の班にはそれぞれ別の仕掛けを用意している。お前たちと同じ滝へ向かうことはないはずだ。それに…そんな勝手な行動を取った場合、近くで見張っている教師が必ず止めに入る。」
高瀬は顔から少しずつ血の気が引いていった。真田は相変わらず無表情ではあるが、驚いているのか目は先程よりも少し開いている。時雨はまだ事の重大さを理解していないのか、首を傾げながら「犯人誰だろー?」と呑気に考えていた。
「せ…先生?じゃ…じゃあ…私たちのいる洞窟に火薬を投げ込んだ人って……」
「……。」
月城は高瀬の質問に答えなかった。代わりに演習地の奥へ視線を向ける。
「お前たち…この先にある小屋へ先に行っていなさい。中に他の先生がいるから、佐伯を診てもらうように。」
月城が指差した先には小さな木造の小屋が見える。何人かの生徒が出入りしているのも確認できた。
「それはいいけど…先生はどこ行くんだよ。」
「私は、このことを他の先生へ共有する。…いいか。お前たちは単独行動するな。私が迎えに来るまで、あの小屋から一歩も出ないように。……分かったか?」
あまりの迫力に、ただ頷くしか出来なかった。
「わ、分かった…。」
そのまま月城は身を翻し、森の中へと消えていった。三人は月城がいなくなったあとも、その場から動けずにいた。
「しぐちゃん、がっくん……なんか、ヤバくない?」
「ヤバそうなのは伝わってる。…さすがにな。」
「………同じく。」
先ほどまでの試験の達成感はいつの間にか消え、三人の心には恐怖が支配していた。




