第二十七話 監視所への潜入
高瀬も慌てて自分の額と佐伯の額に手のひらを乗せ体温を確かめた。真田の言う通り確かに熱い…。
「え!?熱いって風邪引いたの!?何で!?」
「昨日、れんれんが水遁の術を使ったからだよ。気を大量に消耗すると、身体に負担がかかるの。特にれんれんは二つの術を、間も置かずに使ったでしょ?その状態で十分に休まず、今朝から歩き続けたから…身体が限界を迎えたんだと思う。」
「じゃあ、この熱って…。」
「気の消耗によるものだと思うよ。」
「でも…橋から落ちたときに使った術も水遁だろ?あれも凄かったけど、あの時は疲れてなさそうだったぞ?」
「あれは川の水を使ったからだよ。水遁の術は近くに水があれば、その水を利用して使うことができるの。だから、わざわざ自分の気で大量の水を作り出す必要がない。使う気の量も、大幅には減らないんだよ。」
「じゃあ……洞窟の中に水が流れてなかったから、気の量も大幅に使ったってことか?」
「そういうこと。洞窟の中には水遁に使える水がなかった。だかられんれんは、全部自分の気で水を生み出して術を使ったんだ。特に奔流…あんな凄いのまで使っちゃったから…。」
思い返せば――佐伯に頼ることがほとんどだった。謎解きも…術も。洞窟の中で爆発が起きたときだって、佐伯がいなければ俺たちは今頃生き埋めになっていたかもしれない。
(それに……。)
高瀬と真田は、気の量が少ない。でも、俺は違う。むしろ逆だ。二人よりも遥かに多くの気がある。
それなのに――。
制御できず、周りを巻き込んでしまうという理由で使うことが出来ないでいた。そんな自分が情けない…。
「……どうする?監視所には、ちょうど先生方もいるだろうし…。……棄権して、助けてもらうか…?」
真田の案に高瀬も頷いた。
「それがいいね。この先の謎解きも解けるか分からないし。何より、れんれんが苦しそう。早く手当しないと…。」
「……。」
棄権すれば、佐伯を先生たちに任せられる。きっと、それが一番正しい。 頭では分かっている。
それでも――。
「……いや。このまま、次の目的地まで行こう。」
「え!?しぐちゃん何言ってるの?れんれん熱あるんだよ?」
「分かってる。分かってるけど…でも、佐伯がここまで頑張ってくれたのに棄権するなんて…絶対だめだろ。」
「しぐちゃん…。」
俺だって――。
「……気持ちは分かるが、熱のある佐伯を連れ回すのは…良くない…。」
「だから…俺に考えがある。」
♢♢♢
時雨は、監視所から少し離れた木の上に身を潜めていた。枝の隙間から、監視所の様子を窺っている。
そして――離れた場所にいる高瀬へ、そっと視線を送った。高瀬もそれに気づき、小さく頷く。
――数分前。
時雨は、高瀬と真田にある作戦を伝えていた。
「高瀬。昨日拾った薬草って、まだ持ってるか?」
「薬草?少し川に流されたけど、一応持ってるよ。」
「熱を下げる効果があるって言ってたよな?それを佐伯に飲ませてくれるか?」
「えっ…それは大丈夫だけど…。」
「それで、真田はここに残って佐伯を守ってくれ。」
「……分かった。」
「ありがとう。で、俺は監視所へ行って敵の気を逸らす。その間に、高瀬は中に入って巻物を取ってきてほしい。」
「え!?私が!?」
「偵察、得意なんだろ?」
「それはそうだけど…。でも、謎解きなんて私……。それに別行動してもいいの?」
「実地訓練が始まる前に月城先生が言ってただろ?
『状況によっては別行動が必要になる場合もある。その判断も、お前たちに任せる。』って!」
「…言ってたかも。よく覚えてるね。」
「自分で質問した内容だからな。…今はこれしか方法がない。高瀬…頼めるか?」
高瀬は少しの間黙っていた。偵察は得意だが謎解きは苦手だ。しかし作戦がこれ以外にないのも理解出来る。 やがて、覚悟したように小さく息を吐いた。
「……分かった。やってみるよ。」
――そして今に至る。
(敵の気を逸らすっつっても…どうするかな。)
時雨は監視所を見つめながら考える。その時ふと、何かのアニメで見た場面が頭に浮かぶ。
“敵の注意を引きつけ、その隙に仲間が潜入する”
――確か、そんな場面だった。
(さすがに無謀すぎるか…?)
所詮はアニメの中の世界だ。現実で同じことをして、本当に上手くいく保証なんてない。
それでも――。
(……いや、迷ってる暇はないな。)
時雨は高瀬へ視線を向け、親指をピーンと立てた。なんの合図かわからず、高瀬は首を傾げたままきょとんとしている。
そして――。
時雨は大胆にも木から飛び降り、そのまま監視所の入口へ着地した。
「!!!!?」
その上記に、離れた場所にいた高瀬が目を見開く。無茶にもほどがある。あんなに堂々と敵の目の前へ姿を晒す忍者が、どこにいるというのか。
「……誰だ!」
「侵入者だ!」
「捕らえろ!」
案の定、監視所の警備隊が一斉に時雨へ反応した。
「やばっ……!」
時雨は踵を返して走り出す。
「待て!」
「逃がすな!」
複数の敵が時雨を追っていくその隙に――。
警備が手薄になった監視所へ、高瀬が素早く身を滑り込ませた。潜入に成功したのだ。
――しかし、問題はここからだった。
「巻き物…どこぉ…?」
高瀬は監視所の中を慎重に進んでいた。外では時雨が敵を引きつけるために走り回っている。そのおかげで監視所にいる警備の数は減っている。
――とはいえ、誰もいないわけではない。
少しでも物音を立てれば、残っている警備隊に気づかれてしまう。
「……。」
高瀬は息を殺しながら、部屋の中を見渡す。机。棚。書類の入った箱。どれも一通り調べてみたが、巻物らしきものは見当たらない。
「どこに隠してるのよ……。」
焦りが募る。早くしないと時雨が捕まってしまうからだ。その時、外から何かが倒れる音が聞こえた。
「――!」
高瀬は反射的に身を伏せる。足音がこちらに近づいてくるが、すぐに遠ざかっていった。
「……行った?」
あまり時間が無い。ひとまず別の部屋に行くか…と起き上がろうとした時、高瀬の視線が畳へ向いた。
「……ん?」
伏せていなければ気付かないほどの小さな異変。一枚だけ…ほんの僅かに、他の畳より沈んでいるのだ。高瀬はゆっくりとその畳に手を伸ばす。音を立てないよう慎重に、畳の縁へ指を掛け持ち上げた。
すると――。
畳の下に、小さな空間があった。
「……あった!」
小さな木箱が一つ置かれている。高瀬は畳の下から取り出すと、その木箱をじっと見つめた。
「巻き物は入って無さそう…。」
仕掛けのない箱を開けると、中に入っていたのは一本の細長い紙だった。紙を広げると、そこには短い忍字が一つだけ記されていた。
「えぇと…『星の下に眠る』……?」
高瀬は首を傾げ、辺りを見渡した。この部屋に木箱があったということは、なにかヒントになるものが他にもあるかもしれない。
「……あれ?」
すると、壁に掛けられた一枚の掛け軸と視線が合う。よく見ると、掛け軸の右下辺りに五芒星の紋様が描かれていた。
「星…だよね?」
高瀬はゆっくりと近づき掛け軸を眺める。そして手を伸ばし掛け軸の裏側を探ると、指先に何かが触れた。
「……!」
それを引き抜くと細長い布に包まれていたのは――
一本の巻物だった。
「うそっ…!あった!」
高瀬は安心したように巻物を胸に抱え、ホッと安堵の表情を見せたその時、外から大きな音が聞こえた。
――ドンッ!
「!?まさか…!しぐちゃん!?」
嫌な予感がし慌てて巻物を懐へしまうと、急いで監視所を飛び出した。先ほど聞こえた大きな音…。その音がした方へと駆けていく。少し進んだところで、木々の向こうから煙が上がっているのが見えた。
「しぐちゃんに何かあったんだ……。」
助けに行こうと煙の方へ向かおうとした、そのとき。
ぐいっ。
「――!?」
突然、手首を掴まれた。監視所に残っていた警備隊にバレたのか!?と高瀬が振り返る。するとそこにいたのは――。
「……」
口元に人差し指を当て、
「シー……」
と合図する時雨だった。
「え!?しぐちゃん!?」
高瀬は目を丸くする。時雨の服には、ところどころ切り傷ができていたが元気そうではあった。
「無事だったの…?」
「はは…何とか。それより巻き物は?」
「手に入れたよ。懐に入れてある。」
「おお!ナイス!じゃあ、早く真田のところへ戻ろうぜ!」
「うん!…ないすって何?」
二人は急いでその場を離れ、真田たちの元へと向かった。
♢♢♢
時雨らが監視所へ向かっている間、真田は高瀬から教えてもらった薬草を煎じていた。えぐみのある臭いが鼻にツーンと染みる。煎じている間、時折佐伯の額に浮かぶ汗を布で拭くが、苦しそうに眉を寄せている。
「……」
やがて薬草が煎じ終わると、真田はそれを竹で作られた器へ注ぎ、少し冷ます。そして佐伯の傍へ腰を下ろした。
「……飲めるか...?」
返事はない。意識があるのかも分からない。目は閉じたままだ。
「……どうやって飲ませるか...。」
真田は器を見つめる。無理に飲ませて気管に入れば危険だ。
どうしたものかと考えていると――。
「…真田くん…。」
「………!起きたのか…。」
「はい...。」
「………これ。飲めるか…?」
器を差すと佐伯は震える手で受け取り、薬草を一口飲む。苦いのだろう。佐伯は眉をひそめ今にも吐きそうな顔をしている。
「……全部飲めるか…?」
「な、何とか...それよりこの薬草は?」
「……高瀬に教えてもらった。……じきに効くだろう......。」
「ははは…この苦さは確かに効きそうですね…。」
そう言い全て飲み終わると、佐伯は再び静かに目を閉じた。時雨と高瀬が合流するまでの間、真田はただ静かに佐伯の横で額の汗を拭っていた。
♢♢♢
「おーーーい!」
遠くから、時雨が手を振りながら走ってくる。その隣には高瀬の姿もあった。二人の嬉しそうな表情を見て、真田は何となく察した。
――どうやら、成功したらしい。
「……ご苦労だったな…。」
「しぐちゃんったらド派手なことするんだもん。心臓止まるかと思ったよー。」
「大袈裟なんだって…それで?佐伯は薬草、飲んだのか?」
「…ああ…少し効いたのか、汗は引いてきた…。」
「ほんとか!?良かった…。」
「じゃ、時間もないわけですし…三人で謎解き解こーう!」
そう言って、高瀬は懐から巻き物を天高く取り出し地面に広げた。そこには、いくつもの忍字が記されている。いよいよ、最後の謎解きが始まろうとしていた。




