第二十六話 緊急事態発生!
洞窟の中は、思っていた以上に広い空間が広がっていた。外から聞こえていた滝の轟音も、岩壁に遮られ少し遠くに感じる。初めて洞窟に入った時雨は、感動のあまり目をキラキラさせていた。
「うわぁ…すげぇな。」
「すごいけど…どこに巻き物があるか分かんないね。れんれん、ほんとにここであってるの?」
「ここ以外、該当する場所は思いつきませんので間違いないかと。…それより、気をつけてくださいね。ここは滑りやすいので。」
「佐伯は心配性だなー。大丈夫だっ――…。」
『大丈夫だって!』と、自信満々に答えようとした瞬間、案の定足を滑らせてしまった。言わんこっちゃないと佐伯は呆れ、高瀬と真田は心配そうに駆け寄ってくる。
「いってぇ……!」
「しぐちゃん大丈夫!!?」
「………立てるか?」
「大丈夫大丈夫。ありが――…ん?何これ。」
転んだ先に、岩を削って作られた小さな台座があった。台座の中央には、浅い窪みがある。そして、その奥にある大きな岩の表面には、何やら文字が刻まれていた。
「みんな!これ!」
時雨が指さした方向を全員が見つめる。どうやら第二の仕掛けのようだ。
「…!これは…忍字ですね。朝霧くん、お手柄です。」
「ただコケただけだけどな…。」
佐伯は急いで大岩に書かれてある文字を解読し始めた。
「『水に映るものを読め』…そう書いてあります。」
佐伯はそう言いながら台座を覗き込む。この窪みに水を入れるのだろうと予想し、静かに印を結んだ。
「水遁の術…水珠。」
そう呟いた瞬間、佐伯の手のひらに透明な水の球が浮かび上がった。そのまま窪みへ水の球をそっと落とす――。
「すげぇ!!なにそれ!」
「水を少量だけ生み出し、球状に留める術です。本来は飲み水にしたり、傷口を洗うなどに使用しますが…。」
「便利だな!俺もやりたい!」
「…まずは火遁の術を制御する所から始めてください。」
二人のやりとりを無視し、高瀬は横からスー...っと水面を覗き込む。すると、石の底から淡い光が浮かび上がり、水の下に隠されていた忍字が次々と姿を現していく。
「れんれん!文字が出てきたよ!見て!」
見つけたことにテンションが上がったのか、高瀬がその場にぴょんぴょんと飛んでいる。急いで時雨との会話を切り上げ、水面を覗き込んだ。
「なるほど…。水を入れることで、隠されていた忍字が浮かび上がる仕掛けだったんですね。」
佐伯は水面に映った文字を一つずつ読み取っていく。
「『大岩を動かせ。』…以上です。」
「シンプル!でも、大岩ってどこにあるの?」
「……あれじゃないか?」
キョロキョロと大岩を探す高瀬に対し、真田は無表情で台座の奥にある大きな岩を指差す。それは、最初に忍字が書かれていた大岩だ。
「こんなもんどうやって動かすんだよ!クマでも無理だろ!」
「れんれん、何か術で動かせないの?」
「無茶を言わないでください…。」
試しに時雨が全力で大岩を動かそうとするがビクともしない。それもそうだろう。
大岩の高さだけでも時雨の身長はゆうに越している。横幅も二メートル近くはある。とても人一人の力で動かせるようには見えない。
「おっっも!一人は無理だぞこれ。」
「四人で力を合わせればきっと動かせるよ!ね!みんな頑張ろう!」
「そうですね……。では、左に向かって全力で押しましょう。真田くんも、こちらに来て手伝っ――…」
真田は佐伯の横をそのまま素通りし、無言で大岩の横に立ちそのまま両手をかけた。
そして――。
「……っ。」
グッと足に力を入れ、大岩を左へ押し出す。
ゴゴゴゴゴ……。
「「「……え?」」」
三人が目と口を開けてビックリしている間にも、真田は力を込め大岩をどんどん動かす。
ゴゴゴゴゴゴ……!
重々しい音を響かせながら巨大な石板が横へずれていくと、その下から現れたのは――
一巻の巻物だった。真田はヒョイっと巻物を拾い上げ、佐伯へ差し出した。
「……これ。」
「えっ!?あっ……ありがとうございます…。」
佐伯は巻物を受け取るが、目の前で起きた出来事がまだ整理できていない。もちろん時雨と高瀬も同じだ。
「がっくん力強すぎない…?」
「……日頃鍛えているから。」
「どんな鍛え方したらこんな岩動かせるようになんだよ...。俺、真田には逆わないでいよーっと。」
「……自分より弱きものには手を出さない。」
「は!?今弱いって言ったか!?」
「朝霧くん静かにしてください。ほら、みなさん集まって。次の指示を確認しましょう。」
そう言い巻物を開くと、そこには次の目的地を示す地図だけでなく、いくつかの忍字が記されていた。
「地図を見る限り、次の目的地は山の北側ですね。」
「おっけー!じゃあ早くここ出て行こうぜ。あ、忍字の解読は任せた!」
「まったく…実地訓練が終わったら忍字を学んでくださいね。」
「はっはっは!分かってるって!じゃあさっそく次の場所に――...」
その瞬間、洞窟の入口から何かが転がってきた。
コロ……。
「?なにこれ。」
黒い筒が、ゆっくりとこちらへ転がってくる。時雨はそれが何か分かっておらず、そのまま黒い筒を拾い上げた。
「朝霧くん?どうし――...」
拾い上げた黒い筒を見た瞬間、佐伯の表情が変わる。時雨の手から黒い筒を乱暴に奪い、そのまま遠くへぶん投げた。
「全員伏せて!!」
「えっ…?」
次の瞬間、轟音が洞窟を揺らした。
ドォン!!
地面が大きく揺れ、天井から大量の土砂が落ちてくる。
「うわぁぁぁ!な、なんだよこれ!?」
「火薬です!誰かが投げ込んだかと...!」
「火薬ぅ!?なんでそんなもん…。」
さらに奥から続けてまた黒い筒が投げ込まれる。
コロ……。
「きゃああああ!また…!」
「まずい!水遁の術――水殻!」
佐伯が急いで印を結ぶと、次の瞬間四人の周囲から大量の水が噴き上がった。水は瞬く間に形を変え、四人を包み込む巨大な殻となる。その直後、洞窟を揺るがす衝撃が水殻へと叩きつけられた。だが、水の殻が衝撃を受け止め、内部にいる四人へ届く力を大きく削いでいく。
「ぐっ……!」
佐伯の表情が歪む。しかし歯を食いしばり、今度は別の印を結んだ。
「水遁の術―奔流!」
水殻が大きくうねった。そのまま四人を包み込んだ水の塊が、洞窟の外へ向かって一気に流れ出す。
「うわあああぁぁ!」
そのまま凄まじい勢いで水に押し流され、視界がぐるりと回る。目の前で起こっているのが現実だとは思えない。あまりの恐怖に時雨は叫びながら真田へしがみついていた。そのまま一気に流されると、いつの間にか外へ押し出されていた。四人は無事に崩壊しかけた洞窟から出れたのだ…しかし、安心したのも束の間だった。
パァンッ!
水殻に亀裂が走り、次の瞬間水殻が弾け飛んだのだ。そのまま四人の身体が一斉に外へ放り出される。足元にあったのは、洞窟の外を流れる激しい川。
「しまっ――...!」
ボチャンッ!
為す術もなく、そのまま川へ落下してしまった。四人の身体が水に飲み込まれ、激流に身体を持っていかれる。
「かはっ!」
周りを心配する余裕などない。時雨は必死に水を掻き分け顔を水面から出す。岸は見えているが川の流れが速い。
「れんれん!れんれん!!!」
高瀬の必死な声に反応し、どうしたのかと時雨が振り返る。佐伯は水面から顔を出してはいるものの、明らかに動きが鈍い。
「佐伯!!!」
(やばい!このままじゃあいつ、溺れる!)
その時、どこからか現れたのか、真田が佐伯の首根っこを掴み自身の体へ引き寄せた。
「.........。」
佐伯の様子を見た真田は、彼が岸まで泳げないと悟り自身の背中に乗せた。そしてそのまま顔色一つ変えずに手を動かし、岸へ向かい始めた。その姿を見た時雨と高瀬はひとまず真田に佐伯を任し、二人も岸を目指した。
♢♢♢
「はぁ……はぁ……。」
四人はどうにか岸へと辿り着いた。 時雨は地面に手をつき、荒い息を吐いている。高瀬も膝をつき肩で息をしながら動けないでいた。真田は体力がまだあるのか、岸に上がると少し離れた場所まで移動し、佐伯をゆっくり下ろした。
「……佐伯。大丈夫か?」
「えぇ…真田くん、ありがとうございます…。」
「……いや......お前のおかげで洞窟から出れたから……。でも、術を連続で使うのは……。」
「分かっています…。気を大量に消耗するってことぐらい...。でも、あれしか思いつきませんでした…。すみません。」
「……責めてる訳じゃない…。……少し休め。まだ明日もある…。」
普段の佐伯なら、もう少し先を急ぐと言うのだろう。
だが、真田の「少し休め」という言葉に、佐伯は何も言い返さず、そのままゆっくりと瞼を閉じた。
そして――翌朝。
佐伯が目を覚ましたときには、東の空が白み始めていた。昨夜は真田が、もともとある少ない気を使って火遁の術――火花を起こし、焚き火を作っていた。濡れてしまった服や荷物も、その火で乾かしている。佐伯の体も誰かが拭いてくれたのだろう。
「みなさん…。」
「!佐伯。目覚ましたのか!」
「れんれん大丈夫?顔色良くないけど…。」
「…えぇ。大丈夫です。すみません、ご心配をおかけして。それより地図は…。」
「あぁー、だめだった。でも真田が覚えてるってさ!」
真田は懐から紙を取り出し佐伯に見せた。地図に書かれた忍字を、記憶を頼りに書き写していたのだ。
「ありがとうございます。…「『谷を越えた先に、敵の監視所あり。』と、書かれていますね。」
「敵!!?もしかしてさっき火薬投げてきたヤツか?」
「訓練とはいえ、先生が洞窟の中に火薬を投げ込むとはあまり考えられませんが…。」
「え?そうなの?」
「危険すぎますからね。…とにかく先を急ぎましょう。」
そう言って佐伯は立ち上がるが、足がおぼつかない。その様子を心配した高瀬が思わず声をかける。
「待って。もう少し休んだ方がいいんじゃない?」
「大丈夫です。」
「大丈夫な顔には見えないよ…。ふらふらじゃない...。」
確かに、身体にはまだ重さが残っている。それでも――。
「他の班より出遅れているんです。これ以上は、立ち止まっていられません。」
「でも…」
「本来、この谷は夜に越えなければならなかったんです。しかし僕のせいで…それに、日没まで時間がありません。急がないと失格になってしまいます。」
そう言って、佐伯は荷物を背負い歩き出した。三人は目を合わせ少し戸惑う様子を見せたが、何を言っても聞かないだろうと、黙ってその背中を追う。
(意外と頑固なんだよなぁ...あいつ。)
♢♢♢
目的地へ向かい、四人はひたすら歩き続けていた。照りつける太陽が、今は少し憎い。額を流れる汗を拭いながら、時雨は本日何度目か分からない質問を真田へ投げかけた。
「真田ぁ……まだ着かないのかぁ?」
「……。」
「ええぇ……無視ぃ?」
「……まだ着かない。二度と聞くな。」
「ええぇ……酷い。」
時雨が肩を落としたその時だった。
「……三人とも待って!」
突然、高瀬が足を止め小声で三人を制止した。
「静かに……。動かないで。」
三人も反射的に足を止め、息を殺す。涼しい風が木々の間を抜けていく。
「どうやら……既に始まっているみたいですね。」
「え?何が?」
「……監視所が近いということだ。」
「!ま、まじで?」
「しぐちゃんシッ!!...とにかく、敵に見つからないように行こう。」
高瀬の号令に、三人は頷き再び歩き始める。周囲を警戒しながら、慎重に進んでいたその時...。
――ドサッ。
何かが倒れる音がした。
「……?」
時雨が振り返ると、最後尾を歩いていたはずの佐伯が地面に倒れている。
「佐伯……っ!」
時雨たちは慌てて佐伯のそばに駆け寄り、何度も彼の名前を呼ぶ。しかし、目を閉じたまま荒い呼吸を繰り返すだけで返事はない。真田はゆっくりと佐伯の体を起こし、額に手を置いた。
「.........!熱い...。」




