第二十五話 第一の仕掛け
身体もすっかり温まってきた為、四人は荷物をまとめ始める。着ていた服も髪の毛も、完全に乾いていた。
「では、行きましょうか。」
佐伯の呼び掛けに全員が頷き歩きだそうとした瞬間、高瀬がなにか思い出したように「あっ」と声を上げた。
「ねぇねぇ。しぐちゃんがもってた地図、さっき濡れてなかった?」
「……。」
「ねぇ、聞いてる?」
「え!?しぐちゃんって俺の事!?」
「あなた以外に誰がいるのよ。ほら、地図!」
(呼ばれたことねぇぞ、そんな変なあだ名…。)
地図が濡れていたのは時雨も気付いてはいた。その為、先程の焚き火で一応乾かしはしたが、羊皮紙の地図は水を吸い文字も目印も滲んでしまっていたのだ。
「乾いてはいるけど…何書いてるか全然分かんねぇ。」
時雨は地図を広げてみたものの、墨はほとんど流れ判別できない。
「困りましたね…。これでは目的地までたどり着けません。」
「え、新しい地図貰えないの?」
「貰えるわけないでしょう…。これは実地訓練であり、任務なのですよ。」
「しぐちゃん真面目に考えてよー…。目的地に行かないと私たち失格になるんだからさぁ。」
「真面目に考えたつもりなんだけど…。うーん…真田はどうしたらいいと思う?…あれ?真田?」
時雨が呼びかけたときには、真田が既に山へ向かって歩き始めていた。それに気付いた四人は慌てて後ろを追いかける。
「真田!どこ行くんだよ。道わかんねぇのに。」
「……道。覚えてる。」
「え?」
「一回見れば……覚える。」
「え!?マジ!?そんなこと出来んの!?」
「……覚えるのは得意。……言ってなかったか?」
時雨にとったら、喉から手が出るほど欲しい特技だろう。真田の言葉に、佐伯もやっと安堵の表情を浮かべた。
「助かりました。では、僕たちは後ろからついていきますので、真田くんは先頭をお願いします。」
「……分かった。」
真田は短く返事をすると顔を正面に戻し、迷いなく山道を歩き始めた。三人もその背中を追う。こうして第四班は第一の目的地を目指し、再び歩き出したのだった。
♢♢♢
真田の案内で、第四班は山道をどんどん進んでいく。悩んでいる素振りも見せず、時折立ち止まり周囲を確認するだけで、再び同じ速度で歩き出す。
(すげぇ…。あいつ、本当に覚えてるんだなぁ…。)
感心していると、高瀬がいきなり大きな声で真田を呼び止めた。
「あ!待ってがっくん!」
「は?何て?がっくん?」
誰のことだよと時雨が振り返ると、高瀬がその場でしゃがみ何かをじっと見つめている。「やっぱり!」と嬉しそうな表情を見せた途端、その場に生えていた草を一本摘み取った。
「え?なんで急に雑草取りなんかしてんの?」
「なっ!雑草じゃないよ!これは薬草!」
「薬草?雑草と何がちげぇんだよ。」
「全然違うよ!もー!しぐちゃん何も分かってない!」
高瀬は薬草を大事そうに風呂敷へしまいながら、呆れた様子で説明を始めた。
「これはね、熱を下げる効果があるの。ちょっと苦いんだけど、煎じて飲むと効果が現れてね――…」
「へぇ。」
「それでね、乾燥させてから使うと――…」
「ほぉ。」
「あと、根っこの部分も――…」
「なるほど。」
「……ちょっと。ちゃんと聞いてるの?」
「聞いてる聞いてる。薬草ってすごいなーって。」
「絶対聞いてない!薬草をバカにしちゃダメなんだよ!すっごく貴重なんだから!!」
「……二人とも。話はまだ続くか?……もう着いてるんだが……。」
真田の呼び掛けに「え?」と二人が正面を向く。しかしそこにあったのは、大人二人分ほどの高さがある大きな岩だけだった。
「着いたって…真田、ほんとにここで合ってんの?」
「…あぁ。よく見てみろ。」
真田が岩の足元を指差す。その指先を辿ると、岩陰に小さな木箱が一つ置かれていた。その上には、一枚の紙が丁寧に載せられている。四人は顔を見合わせると、ゆっくりと木箱へ近づいていった。
「最初の仕掛けですね…。」
佐伯が紙を手に取り文字へ目を落とすと、続けて3人も紙を覗き込んだ。記号のような…古代文字のような…見たこともない文字が記されていた。
(よ、読めねぇぞ。なんだこの字は…。)
この世界の記憶はほんどない。しかし、何故か最低限の知識だけは覚えている。だが、紙に書かれているこの文字は一切記憶になかったのだ。
「これは忍字ですね。」
(忍字?)
「なにそれ。」
「え!?しぐちゃん忍字知らないの!?嘘ぉ!」
「……昨日…授業で復習してたぞ……。」
「え?そうだっけ?」
「はぁ…。お二人ともすみません。朝霧くんは本当に人の話を聞かないので、無視してください。」
「え、無視はやめてっ。」
忍字――任務を遂行するにあたって必ず必要になってくる知識だ。
時雨は「ごめん!説明してほしい!」と何度も佐伯に頭を下げる。なんだかんだで放っておけない性格の彼は、半ば諦めモードで説明をしてくれた。
「忍字とは、忍びが古くから使っている文字です。任務に関する密書や、敵に知られてはならない情報などに使われます。」
「うんうん。」
「忍びにとっては基本中の基本です。こればかりは頑張って覚えるしかありませんよ。」
「はい…。」
「まったく…あなたは本当に今まで何を勉強していたんですか?地図だってそう。ぐだぐだぐだ……」
日頃の鬱憤が溜まっていたのだろう。説教モードに入った佐伯は止まらず、時雨を淡々と注意していた。時雨も自分が悪いのは分かっているので、何も言い返せない。心做しかどんどん小さくなっているような気がする。しかし、このままではまた出遅れてしまう…と今度は高瀬が二人を制止した。
「まぁまぁ。れんれんの気持ちもわかるけど、お説教はそこまでにして、はやく読もうよ。」
「れ…れんれん?僕のことですか?」
「うん。ほら、早く読んでっ。」
「わ、分かりました。では、僕が読みます。
『火は眠りを覚ます』
『されど、強き火では身を焼く。』
『印を結び、眠れるものに火を与えよ。』…以上です。」
…シーン。
「…え!?どういう意味?高瀬、分かる?」
「あはは!分かるわけないよー!がっくんは?」
「………分からない。」
佐伯は思わず額を押さえる。時雨が分からないのは予想していたが、まさか二人もこんな簡単な暗号が分からないとは…。
「はぁ…少しは考える力を身につけてください。」
「えー…。でも難しいってこれ。」
「考えれば分かることです。」
「えー…箱の中身が知りたいんなら、全部燃やせばよくないか?ほら、火を使えって書いてあるし。」
「身を焼くと書いてあるでしょう。中身ごと灰にする気ですか?」
「じゃあ、真田に箱壊してもらう?」
「中のものまで粉々になってしまったらどうするんですか?」
「……。」
時雨はそのまま腕を組み唸り始めた為、きっと限界なのだろうと悟る。高瀬と真田もこういった謎解きは苦手なのか、先程から何も話さない。
「いいですか、みなさん。『火は眠りを覚ます』…これは、この箱に火を放つことで仕掛けが作動するという意味です。そして『強き火では身を焼く』とは、恐らく強すぎると全て焼けてしまい、次の目的地への在処が無くなってしまうということです。」
「ええぇ!すげぇな!佐伯!」
「何も凄くないですよ…。そして最後の『印を結び、眠れるものに火を与えよ』これはきっと箱のどこかに…。」
そう言って佐伯は箱の側面を調べだした。そして箱の中央をよく見ると、小さな紋様が刻まれている。
「...ありました。ここへ火遁の術を当てるのでしょう。」
何の迷いもなく謎解きを解いた佐伯に、三人は盛大な拍手を送った。
「やるなぁ!さっすが佐伯!じゃあさっそく俺が…。」
「ま、待ってください!朝霧くんはまだ気の制御が出来ないでしょう?」
「今なら出来るかもしれないだろ?」
「絶対にダメです。ここは僕がしますから、朝霧くんは下がってください。」
「…うぃ。」
少し拗ねている時雨を横目に佐伯は素早く印を結ぶと、箱目掛けて気を放った。
「火遁の術――火花。」
ポッ。
佐伯の指先から小さな火の玉が飛び出した。火の玉はゆっくりと箱の中央に刻まれた紋様へ触れる。
カチッ。
「あ、なんか音聞こえだぞ。」
「恐らく中の鍵が開いたのでしょう。朝霧くん、箱を開けてみてください。」
佐伯の指示り時雨は木箱の蓋を開けると、中に入っていたのは巻き物だった。
「すげぇー!本物の巻き物だ!こんなのアニメでしか見た事ない!」
本物の巻き物は、想像していたより大きく重さもあった。今まで巻き物に興味を持ったことはなかったが、思わずテンションが上がってしまう。そんな時雨の発言に他三人は首を傾げていた。
「朝霧くん…。巻き物など学校にもあるでしょう?何をそんなに驚くのですか…。」
「え!?あったっけ!?」
「はぁ…。ひとまずその巻き物を読みましょう。」
巻き物を開くと、そこには見慣れない文字が刻まれていた。どうやらまた忍字のようだ。時雨は読めないので、佐伯に巻き物をサッと渡す。
「では、僕が読みますね。...『水が落ち、静まるところを探せ』と書かれています。」
「え?それだけ?」
「はい。他には何も書かれていません。」
「えぇ…ヒントが少なすぎるだろ…。静まるところぉ?池とか?」
佐伯は答えがわかっている様子だったが、三人に考える力を身につけてもらいたいと、一旦口を閉じる。そして高瀬は明後日の方向を見ながら、時雨の言葉に異議を唱えた。
「池は水が落ちてくるっていう表現には該当しないきがするけどなあ…。それなら水門の方が合ってるくない?水の流れ止めれるし!」
「………地図、水門の描写なかった…。」
「へぇー。さすが真田!よく覚えてんな。すげぇわ。」
「ちょっと!感心してる場合じゃないでしょー!れんれんは何処だと思う?」
あまりに早い助け舟に少し悩んでしまうが、この三人が答えにたどり着くのを待てば明日になってしまう...と、佐伯は諦めたように説明を始めた。
「あくまで僕の憶測ですが…。真田くん、地図には滝の描写はありましたか?」
「……ある。この先に。」
「やはり...。では行きましょう。真田くん、案内してください。」
「………分かった。」
「え!?行くの!?ちょ、待って!」
説明をしてほしい気持ちもあるが、先を急がなければならないこともあり、ひとまず佐伯の後を追うことにした。
(日が落ちてきたな…。なのにまだ第二目的地に着いていないのは、さすがにやばいか?)
気持ちが焦り少し早歩きになる。それは時雨だけではない。全員がそうだ。そして木々の間を抜けると、徐々に水音が大きくなる。
そして――。
「うわああぁぁ!!すげぇ!」
木々の向こうに、なんとも大きな滝が現れたのだ。山肌から流れ落ちる水が、滝壺へ激しく打ち付けている。
「マイナスイオンの量やばそうだな…。」
「何を訳のわからない事を言っているのですか。ほら、行きますよ。」
感動する時間など四人には残されていない。急いで滝へ向かって歩いていく。滝が近づくにつれ、水音もどんどん大きくなる。高瀬は声がかき消されないよう、大きな声で先程の謎解きの答えを佐伯に聞いた。
「れんれん!結局、『水が落ち、静まるところを探せ』ってどこにあるのー?」
「あそこを見てください。」
佐伯の指差す方へ全員が目をやると、そこは滝壺だった。滝壺…?と三人は首を傾げているが、佐伯はお構い無しにどんどん進んでいく。そして四人が滝壺へ近づいた時、真田が何かに気づいた。
「…滝の裏……。」
大量の水が落ちているその奥、岩壁との間にわずかな空間が見える。
「……洞窟が見える……。」
「洞窟!?ここに!?」
「やはり…。『水が落ち、静まるところを探せ』とは、この滝壺のとこだったのですね。」
「納得してんの佐伯だけだぞ。」
「水が落ち…とは、滝のことを示しています。そして静まるところを探せ…滝壺の裏側は水音が少し遮られて静まるので、もしかしたら……と思ったのです。」
「おまっ……天才か?」
「まぁ…洞窟があるのは僕も予想外でしたが…。」
「で?この洞窟ん中入ってくのか?」
「えぇ。どうやら第二の仕掛けは――この先の様ですしね。」
佐伯の言葉に、三人は無言で顔を見合わせ、そしてゆっくりと滝の裏側へ足を踏み入れたのだった。




