第二十四話 目的地まではなかなか辿り着かない
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その頃、佐伯たちは地図を頼りに山道を進んでいた。
四人での会話は特になく、聞こえるのは木々を揺らす風の音と鳥のさえずりだけ。沈黙が少し窮屈に感じた時雨は、ひとまず適当に話題を振ってみることにした。
「…他の班の奴ら見ねぇな。」
「我々と同じ道から行くとは限りませんからね。それに、途中の目的地は班ごとに違うようですので、会うことはそうそうないですよ。」
「…なるほど。」
佐伯は地図へ視線を落としたまま答えた。考え抜いた話題がその一言で終わってしまい、少し肩を落とす。
そんな時雨に気付いてもいない高瀬は、その少し前を軽い足取りで進んでいく。一方、最後尾では真田が無言で歩いていた。大きな背中は、それだけで頼もしさを感じさせるが何を考えているか分かりにくい。
しばらく歩くと、道が二つに分かれた。右は緩やかな坂道だが、左は木々が生い茂る細い獣道。
「これ…どっち行けばいいんだ?」
時雨の疑問に、高瀬は迷わず右を指差した。
「右じゃない?人が歩いた跡があるし!」
そう言うとしゃがみ込み、土へ指を向ける。
「ほら。足跡が少し残ってるでしょ?昨日、先生たちが下見に来たって言ってたし。こっちが安全なんじゃない?」
「なるほど。じゃあそっち行くか。」
時雨は感心したように頷き、右へ進もうと足を一歩前へ出した。すると後ろから真田が時雨の首根っこを掴み、その歩みを制止した。
「ぐえっっ!な、なんだよ。」
「……待て。」
「え?」
「地図。ちゃんと見たか?」
「見た…けど分からん。」
「佐伯に聞いたら分かる…。」
そう言われ、時雨は佐伯の隣へ移動し地図を覗き込む。…が、やはり分からない。
「なぁ。真田の言ってる意味わかるか?」
「えぇ。確かに右の方が安全かと思いますが、橋まで行くのに少し時間がかかりそうですね。その点、左は橋まで一直線です。」
「究極の二択ってか!?」
「何故あなたはそう楽しそうなのですか…。橋までは一本道ですが獣道です。危険かもしれませんよ。」
「でも、遠回りよりマシだろ?佐伯は術も使えるし!」
「朝霧くんはこう言っていますが…お二人は良いのですか?」
「私は大丈夫だよ!逃げ足だけは速いから!」
「クマやイノシシが出た場合、俺が何とかする…。」
「だってよ!ほら、早く行こうぜ!」
「はぁ…。待ってください。まずは周囲を確認してから。山では慌てて動くのが一番危険ですからね。」
こうして第四班は最初の目的地を目指し、左の獣道へと足を踏み入れたのだった。
獣道へ入ってしばらく歩いていると、木々はさらに鬱蒼と茂っており、道幅も人が一人通れるほどの広さしかない。四人は一列になり慎重に進んでいた。先頭は高瀬。その後ろに佐伯と時雨が続き、最後尾を真田が歩いていた。
「ふふふーん。」
「高瀬さん。鼻歌はやめてください。獣が近くにいる可能性もありますから。」
「えぇー…。厳しいなぁ。」
「厳しくありません。出くわしたらどうする――…」
ガサッ!!
「!」
茂みを突き破り、一頭の大きなイノシシが飛び出してきた。
「うわぁぁぁぁ!!ほんとに出たああぁぁ!」
時雨が思わず叫んでしまい、その声に驚いたイノシシが一目散にこちらへ走ってきた。佐伯は慌てて印を結ぼうと両手を前へ出しだす。
しかし――。
「うわっ!ちょっ…!!」
イノシシの迫力に時雨が驚き、そのまま佐伯の背中へ飛び付いてしまったのだ。そのせいでバランスを崩してしまい、佐伯の体が大きく揺れる。
「朝霧くん!邪魔です!」
「そんなこと言ったって…!」
都会生まれ都会育ちの時雨は、イノシシなど動物園でしか見たことがなかった。
(ここここわすぎだろ!!)
イノシシは勢いを緩めることなく一直線に突っ込んでくる。印を結ぶのが間に合わない――…
その時だった。
佐伯と時雨を庇うように、真田が一歩前へ出てきたのだ。
「真田っ!危ない!!」
時雨が叫んだと同時に真田は両足を踏ん張り、なんと真正面からイノシシを受け止めた。
ドンッ!!
「……っ。」
凄まじい衝撃で土が抉れる。それでも真田は一歩も退かない。真田はイノシシの牙を両手で掴み「ふんっ!」と、そのまま頭上まで持ち上げ――
ブンッ!!
豪快に空へ放り投げた。投げられたイノシシは空中を舞い、数メートル先の茂みへ突っ込んでいく。
ガサガサガサッ!!
しばらくイノシシの暴れる音が響いたあと、慌てて山の奥へ逃げて行くのが見えた。
「「「…………。」」」
三人は口を開けたまま固まっていた。それもそうだろう。野生のイノシシを素手で投げ飛ばしたのだから。
力があると最初に言ってはいたが、想像以上の強さに全員が驚きを隠せないでいた。そして真田は服についた土を軽く払い、何事も無かったかのように三人へ振り返る。
「……怪我はないか?」
こちらのセリフだろう…と思いながらも、三人は無言で何度も頷く。
「……そうか。良かった。行こう。」
「……。」
無言で突き進んでいく真田の背中を時雨は見つめたまま、隣の佐伯へ小声で質問した。
「なぁ。もしかして真田って……クマ?」
「そんなわけないでしょう。」
「だ…だよな…。」
「当たり前です。真田くんは正真正銘の人間です。……とても丈夫な。」
(丈夫すぎるだろ!…ひとまず、あいつだけは怒らせないようにしよう…。)
そんな時雨の心の声など知らず、真田は黙々と山道を歩き続けていた。
そして山道を進み続けること数十分……。
「見えてきました。」
佐伯が前方を指差した。木々の隙間から、一つの吊り橋が姿を現した。
「先に僕が向こう岸を確認します。橋の安全が分かるまでは、皆さんここで待機してください。」
「え?危なくねぇか?」
「大丈夫です。下は川なので、万が一落ちても水遁の術を使えば問題ありませんから。」
「そういうもんなの?まぁ、いいや。りょーかい。」
佐伯は地図を時雨に任せ、慎重に吊り橋へ足を乗せた。
ギシッ……。
一歩。また一歩とゆっくり進んでいく。
橋は小さく揺れるが、今のところ問題はない。しかし…半分ほど渡った先に嫌なものが見えた。橋を支える太いロープがほつれ、今にも切れそうになっているのだ。
「このまま全員で渡れば危険ですね…。」
一人ずつ進めば問題は無いだろうと考え、早く橋を渡りきってしまおうと進んだ瞬間――…
「おーい、佐伯ー!思ったより丈夫そうだなー!」
「え?」
嫌な予感がし、佐伯は恐る恐る振り返る。
「!!!?」
何故か三人とも橋の上にいたのだ。
「みなさん!!話を聞いていましたか!?」
「え?なんてー?」
「早く戻ってください!!特に真田くんは!!橋が――…」
佐伯が思い切り叫んだ次の瞬間。
ブチンッ!!
「「「「……え?」」」」
嫌な音がしたと同時に、橋のロープが切れたのだ。橋が大きく傾き、四人の身体が宙へ投げ出された。そのまま体はどんどん落下している。
「うわあああああぁ!!」
「きゃあああああぁ!!」
「………………………!」
佐伯は落下しながら咄嗟に印を結ぶ。
「…水遁の術――水包陣!」
ゴォッ!!
大量の水が川から巻き上がり、四人を大きな水球が包み込む。落下の衝撃を吸収した水球は、そのままゆっくりと向こう岸へ流れ――ぽすん。と、優しく岸へ着地した。それと同時に水球が弾ける。
バシャァッ!!
「ぶはっ!」
「冷たぁ!」
「……。」
全員頭からびちょびちょに濡れ、一気に体温が下がってしまった。時雨は犬のように頭をブルブルさせ、高瀬は早速くしゃみをしている。真田は静かに服を絞っている横で、佐伯はプルプルと震えていた。その震えは寒さからくる震えではない。
「……皆さん。」
「!」
「待っていて下さいねと言ったのに…何故、勝手について来たんですか。」
佐伯のキツい追求に、上から時雨、高瀬、真田の順で答えていく。
「いや…行ってもいいかなと…。」
「ノリノリで前の人が行ったから、私もいいのかなー…と。」
「……全員行ったから。」
「はぁ…まったく…何か言うことがあるでしょう?」
「ごめん。」
「ごめんなさい。」
「……悪かった。」
意外と素直に謝られた為、佐伯は拍子抜けする。しかしまた勝手な行動を取られては困る為、再度全員に注意をした。
「いいですか皆さん。今回は運良く水遁の術で間に合いました。ですが、本当に危険だったんですよ。」
「「「はい…。」」」
「次からは、絶対に僕の指示に従ってください。いいですね?」
「「「はい……。」」」
ここまでキツく言えば、もう勝手な行動はしないだろう…と、佐伯も少し表情を和らげた。
「……ひとまず。このままでは風邪を引きますので、服を乾かしてから進みましょう。皆さん、乾いた枝を持ってきてください。」
「「「はーい。」」」
しばらくして、反省(?)した三人が乾いた枝を大量に抱えて戻ってきた。真田に関しては何故か大木の幹を持って来ていたが、焚き火には使わない為戻してきてもらう。
「火遁の術――火種。」
ボッ。
佐伯が印を結ぶと、枝の隙間に小さな火が灯る。佐伯は火加減を調整しながら枝を足していくと、やがて暖かな焚き火が出来上がった。
「皆さん、まずは服を乾かしましょう。」
濡れた上着を脱ぎ、近くの枝へ掛けて乾かし始めると、四人は焚き火を囲むように腰を下ろす。荷物も全て濡れているため、ここでひとまず休息をとることにした。焚き火の熱で少しずつ服は乾き始めるが、川に落ちたことで体はすっかり冷え切っていた。
「くしゅんっ。」
「冷えますか?大丈夫ですか?」
佐伯の心配そうな表情に、高瀬は少し鼻を擦りながら笑った。
「ははは。そんな心配しなくても大丈夫!ありがとう。」
「そうですか。しかし無理だけは――…」
「へぇぇぇぇっくしょん!!」
佐伯の言葉を遮った盛大なくしゃみは、山中に響いた。どうやら時雨のくしゃみのようだ。
「……。」
「……。」
「え!?俺もくしゃみしてんだけど!?俺の心配は!?」
佐伯は無言で焚き火へ枝をくべる。時雨に対しての扱いが、段々と雑になっているのがよく分かる。それを見て思わず高瀬は笑ってしまったようだ。
まだ知り合ってまもない四人だが、意外と良いチームなのかもしれない。
「へぇぇぇぇっくしょん!!」




