第二十三話 いよいよ実地訓練当日
――翌朝。
時雨は影陰忍術学校の裏山に立っていた。
風呂敷で包まれた荷物を生徒たちは背負っており、全員が緊張した面持ちで整列していた。
月城をはじめ、数名の教師の姿も見える。
「よし…。全員揃ったな。では、これより班分けを発表する。」
(班は四人って言ってたよな…。佐伯の予想が当たってるなら…あと二人は、知らない奴と組むことになるのか。)
佐伯と御影に言われたことを思い出しながら、いつ自分の名前が呼ばれるのかと少しドキドキした。
その間にも、月城は次々と生徒たちの名を呼んでいる。
「一緒だ!」
「うわ、離れた…」
「私もそっちの班が良かったー…」
など、様々な声が飛び交っている。
「――佐伯蓮。朝霧時雨。高瀬凛。真田岳。以上が
四班だ。」
(お。呼ばれた。やっぱ佐伯と一緒かー…。)
全く知らない生徒だけで組むのは少し不安もあった為、ひとまずは安心した。
「班分けは以上だ。続いて、今回の実地訓練について説明する。よく聞きなさい。」
(…これはちゃんと聞こう。また佐伯に怒られる…。)
「これより、お前たちは班ごとに演習地へ向かってもらう。もちろん、ただ目的地へ辿り着けば良いというものではない。」
そう言って、月城は一枚の地図を取り出すと上に掲げた。
「各班には、この地図を一枚ずつ渡す。地図には裏山の全体図と、最初の目的地までの道筋が載っているから、無くさないように。」
(地図かぁ…。スマホがあればなぁ…。)
「各班で目的地は異なる為、他の班に頼ることは出来ない。そして最初の目的地に到着すると、暗号だったり謎解きがあったり…。判断力を試す問題もある。」
(謎解きかぁ…。その辺は佐伯に任そ。)
「仕掛けを突破した班には、次の目的地へのヒントが書かれた巻き物を手に入れることが出来る。そして最後の仕掛けを突破すると、君たちに一つの内容が与えられる。その内容を、演習地で待つ私へ正確に伝えることが出来れば合格。途中で間違えれば、その時点で失格だ。」
(これは…思っていたよりなかなか大変そうだな。)
「忍に必要なのは、術だけではない。観察力。判断力。記憶力。そして、仲間との連携。その全てを、この実地訓練で見せてもらう。…以上だ。質問のある者はいるか。」
月城が見渡しながら聞くと、一人の生徒が手を挙げた。
「先生。他の班を妨害することは認められていますか?」
「認めない。今回の訓練で競う相手は、他の班ではない。お前たちが向き合うべきものは、仕掛けと己自身だ。他班への妨害、地図の奪取などを行った場合、その班は失格とする。」
「分かりました。ありがとうございます。」
「はい!はい!」
前の生徒の質問が終わると、今度は時雨が元気よく手を挙げた。
変なことを聞くなよ…と願いながら月城は時雨を当てる。
「……朝霧。なんだ。」
「全員で、目的地まで行かなきゃ駄目な感じですか?」
「基本は班全員で行動する。仲間との連携を見る訓練だからな。…ただし、状況によっては別行動が必要になる場合もある。その判断も、お前たちに任せる。」
「おけ!」
「おけ…?」
時雨の謎の言葉に月城は眉をひそめるが、本人は納得したように頷いている。
「では…他に質問はないな。」
月城は全員を見渡すが、手を挙げるものはいなかった。
「では、これより班ごとに分かれ作戦を立てろ。準備が整い次第、各自出発する。制限時間は――二日後の日暮れまでだ。それまでに演習地へ戻れなかった班は失格とする。」
「「「はい!」」」
生徒たちの気合いの入った返事が聞こえる。
そして。
「――始め。」
月城の言葉と同時に、生徒たちはそれぞれの班に分かれ、これからの行動について話し合いを始めた。
(あとの二人は顔も知らねぇし…とりあえず、佐伯んとこ行くか。)
「えーと…佐伯は…。」
「ここです。」
「うわっ!びっくりした…。驚かせんなよ…。」
「ボー…としないでください。これから実地訓練なんですよ。」
「わりぃわりぃ。…で?。あとの二人は?」
周りを見渡しながら、顔の知らない二人を探し始める。
すると後ろから肩をポンポンと誰かに叩かれた。
「?」
振り向くと、そこには一人の少女が立っていた。
短く整えられた焦げ茶色の髪に大きな瞳。
表情は明るく、初対面の相手にも臆する様子がない。
「四班だよね?私、高瀬凛!よろしくね!」
「お、おう。よろしく。」
(えらく元気だな…。)
その横で、もう一人の人物が静かに近づいてきた。
高瀬凛とは真逆の大柄な体に厚い肩幅。
短く切り揃えられた濃茶色の髪に、キリッとした目元はとても鋭かった。
「……真田岳。」
「え…。お前、ほんとに同い年…?」
時雨は少し見上げながら答える。
老け顔…は悪口になるのか?でも同い年には見えない。下手したら月城の方が若く見える。
「朝霧くん失礼ですよ。すみません真田くん。」
「…いい。よく言われる。」
「では、みなさん揃いましたので、まずはそれぞれの得意分野を共有しましょう。お互いを知っておいた方が、この先動きやすくなりますので。」
「はーい!じゃあ私から!」
佐伯の言葉に、真っ先に高瀬が勢いよく手を挙げた。
「私は薬草に詳しいのと、偵察が得意!ただ、戦闘は向いてないの。気が少ないから、火遁もまともに使えないんだよね。」
「なるほど。」
佐伯は頷き、続いて真田へ視線を向ける。
「…力仕事と暗記。大岩くらいなら一人で動かせるし、少し見たらだいたいの内容は頭に入る…。」
「なるほど。術はなにか使えますか?」
「火遁も使えなくはないが、威力は焚き火程度だ。」
「分かりました。ありがとうございます。」
(気が少ないヤツもいるんだな…。だからこっちのチームに入れたって訳ね。)
「僕は気の量は平均的ですが、火遁と水遁を扱えます。暗号や地図の読解も得意ですので、進路の判断は任せてください。ただ…あまり体力には自信がありません。」
佐伯が言い終わると、最後に三人の視線が時雨へ集まる。
「えっと……俺?俺は…気は多いと思うけど、制御がまだ出来ねぇから、あんまり役には立たないかも。頭も良くねぇし。」
少し申し訳なさそうに言う時雨に、ほかの三人は無言で目を合わせた。
高瀬と真田もあの決闘の場面を見ているはず。時雨が気の制御が出来ないのも知っていた。
「朝霧くんは確かに気の量が圧倒的に多いですね。まだ威力を抑えられないのは確かなので、普段から術を使うのではなく、本当に必要な場面だけ使ってください。」
「最後の切り札ってやつか!?」
「……そういう認識で構いません。あと、運動神経は良いので偵察にも向いていますね。体力もありそうですし。」
「お前…意外と俺の事見てんだな。もしかして俺のこと…」
「気持ち悪いこと言わないでください。」
「へいへい…。」
「第四班。自己紹介は終わったか?」
そのとき、月城が四人の前へ地図を片手に持ちながら歩いて来た。
「はい。これがお前たちの地図だ。失くすなよ。」
一枚の古びた地図が差し出され、佐伯が受け取る。
それを確認すると、月城は地図を渡しに別の班へ向かって歩き出した。
月城を見送ったあと、佐伯は地図を地面へ広げた。
「…何これ?」
「見てわかるでしょう。地図ですよ。」
見て分からないから聞いているのだ。
描かれているのは山や川、巨木や岩などの目印だけ。
現代の地図とはまるで違う。
(さっぱり分かんねぇ……。)
時雨が困っている間にも、三人は地図を見ながら話し始める。
そして佐伯が地図の一点を指差した。
「僕たちの最初の目的地はここですね。」
「そこまで遠くないね!この道をガーーっと進めばいいって事?」
「いえ。この道ではなく、橋を目指しましょう。」
真田は何も喋らないが、静かに頷いている。
しかし、話についていけない時雨はその辺りに飛んでいる蝶々をボー…っと眺めていた。
「朝霧くん。分かりましたか?」
「ウン。トッテモ。」
「あなた…地図も読めないのですか!?」
「自分の位置情報も分かんねぇのに、そんな意味わからん地図見せられても無理だって。」
「自分の位置情報?分かるわけないでしょう…。」
「もー、二人とも早く行こうよ!私たち以外の班、もうみんな出発してるよ!」
高瀬の言葉に、そんなわけ…と辺りを見渡すと、確かにこの場には教師しか残っていなかった。
「マジか!じゃあ行こうぜ!」
「朝霧くん!話はまだ終わってませんよ!」
「あはははは!行こいこー!」
勢いよく駆け出す時雨に、高瀬は楽しそうにその後ろを追いかける。いつの間にか真田もその背中を追っていた。
「ま、待ってください!さっそく地図を忘れていますよ!」
佐伯の静止も虚しく、三人はどんどん山奥へ進んでいく。佐伯は急いで地図をたたみ、懐へしまった。
「まったく…先が思いやられますね。」
そして佐伯は慌てて三人の後を追いかけた。
四人の姿が木々の向こうへ消えていくのを、月城は静かに見送っていた。
「……やっと行ったか。」
その隣に立っていた教師が、不思議そうに口を開く。
「月城先生。なぜ、あの四人を同じ班にしたのですか?少し極端な気が…?」
「いいえ。高瀬と真田は気の量が少ないでしょう?一方で、佐伯は平均以上。朝霧に至っては多すぎます。」
「そうですが…」
「確かに性格も能力も、彼らはバラバラです。ですが、意外と相性の良い者同士というのはいるものですよ。」
「そういうものですかねぇ…?」
「えぇ。見ていれば分かります。」
そして四人が完全に見えなくなったところで、月城は次のステップへ進み出した。
「……さて。我々も演習地へ向かいましょうか。」




