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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第三話 この世界に少し残ることになった

〇月〇日

今日も術は使えなかった。

何度やっても駄目だ。

父上は「焦る必要はない」と笑ってくれた。

母上も「時雨は十分頑張っている」と頭を撫でてくれた。

でも、今日もまたあいつらに笑われた。

「朝霧の跡取りが聞いて呆れる。」

「術も使えない出来損ない。」

慣れたはずなのに、やっぱり悔しかった。

この体は不思議だ。

身体能力だけは誰にも負けないくらい高い。

でも、それだけじゃ忍にはなれない。

術が使えなければ意味がない。

だから今日も勉強した。誰よりも勉強した。

僕には使えないけど、忍術も練習した。

少しでも、本来の時雨が戻ってきた時に困らないように。

術も、歴史も、忍としての知識も。全部覚えておこう。

あいつが困らないように。

最近知ったことがある。

朝霧家には、魂を元へ戻す術があるそうだ。

だけど父上も母上も、一度もその話をしなかった。

調べてみると、その術には僕が必要みたいだ。

なんでも相手の魂を掴まないといけないらしい。

……よく分からない。やはり父上に聞いてみるしか方法はないのだろうか。

今日は父上と母上が馬鹿にされた。僕のせいで。

悔しい。

こんなにも素敵な両親はどこ探してもいない。

……そんな二人だからこそ、これ以上僕のせいで傷ついてほしくない。

もうすぐ最後の試験が始まる。

あの試験には、朝霧家の術が必要だ。

僕にはできない。

何度努力しても、それだけは届かなかった。

だから決めた。

僕ができる最後の親孝行は――

本来この体にいるべき朝霧時雨を、この世界へ帰すことだ。

〇月〇日

今日、父上と母上へ気持ちを伝えた。

本来の時雨を、この世界へ戻したい。

そう伝えると、やっぱり反対された。

「朝霧家のことなど気にするな。」

「十五年、一緒に過ごしてきたではないか。」

そう言って、二人は笑ってくれた。

……その笑顔が、痛かった。

僕は二人の本当の子どもじゃない。

なのに、ずっと本当の息子として愛してくれた。

だからこそ、このまま甘えてはいけない。

誰に何を言われても、この考えだけは曲げない。

本来の朝霧時雨を、この世界へ帰す。

それが僕にできる、最後の親孝行だから。


この話は、付き人の御影にも伝えた。

あいつは最後まで反対していた。

「若様は、若様です。」

そう言ってくれた。

この世界で、唯一何でも話せる友人。

悲しそうな顔をしてくれたことが、少しだけ嬉しかったなんて。

……口が裂けても言えない。

この世界へ来て、良いことなんて一つもなかった。

術は使えないし笑われる毎日だった。

それでも父上と母上、御影。

朝霧家のみんなに出会えたことだけは、僕の一生の宝物だ。

いよいよ明日、僕は本来の自分の世界へ帰ることとなる。

後悔はない。……嘘。ちょっとある。

でも僕はやる。

僕にとって最初で最後の術が、魂の入れ替えなんて誰が想像しただろう。

もう会えないけど、きっとこの世界のことは忘れない。

明日は早い。もう寝よう。さようなら。


興味本位で開いてしまった一冊の日記も、次で最後だ。

ゆっくりとページをめくる。


「……っ。これ……。」


読まなければよかった。

ぽつり。一滴の涙が、日記の上へ落ちる。

慌てて拭っても、次から次へと溢れてくる。


「……同情さそうなよ…ずりぃ…。」


見なかったことになんて、できるはずがなかった。術が使えないと笑われ、家族が馬鹿にされる姿を見続け…。

それでも一度も諦めず、努力を重ねてきた。

本来なら、味わわなくてよかった人生をこいつは生きたんだ。

日記を握る手に自然と力が入る。


「俺は……どうしたらいいんだよ……。」


しばらく黙ったまま俯いていた時雨は、ゆっくりと涙を拭う。

運命は残酷だ。抗えるものなら抗ってみたい。だが、そう簡単にいかないのもまた運命なのだ。


「…いいよ…やってやるよ。」


誰に向けた言葉なのか、自分でも分からない。


「その訳の分かんねぇ試験受けて、忍の学校を卒業すればお前は満足なんだろ。」


静かに日記を閉じ、そして窓の外へ目を向けた。


「……帰るのは、その後だ。」


その瞳には、先ほどまでの迷いはなかった。

俺は日記を抱え直すと部屋を飛び出した。

廊下を駆け抜け、その足は迷うことなく屋敷の奥へ向かう。

先程来たばかりの襖の前で、一度だけ深呼吸をし勢いよく開けた。

俺の姿を見た父と母は、突然戻ってきた時雨の姿に目を見開いている。

それもそうだろう。先ほどまで怒りを露わにして部屋を飛び出した少年が、今はどこか吹っ切れたような表情をして目の前にいるからだ。

俺は部屋へ入り、一冊の日記を父へ差し出した。


「これ……読んでくれ。」


父はそんな時雨を不思議そうに見ながら日記を受け取り、表紙へ目を落としページを捲った。

母も横から顔を出し覗いている。

――そこには見慣れた筆跡が。


「これは……時雨の字……?」


またページをめくる。

術が使えない苦しみ。努力しても報われない日々を送っている息子の苦労。

家名を守ろうと、一人で抱え続けた想い。

そして最後のページに綴られた言葉。


『本来の時雨へ。

もしこの日記を読んでいるなら、きっと僕の術は成功したんだと思う。

勝手なことをしてごめん。

でも、僕にはこれしか思いつかなかった。

君にしか頼めないんだ。

どうか、僕の代わりに卒業してほしい。

そして父上を、母上を…朝霧家を頼む。

――朝霧 時雨。』


部屋は静まり返っていた。

母は口元を押さえ、涙を堪えきれず肩を震わせている。

父もまた、日記を握る手を小さく震わせていた。


「……馬鹿者が。」


その一言は、叱責ではなく息子への愛情と後悔が滲んでいた。

時雨は二人を見つめ、小さく息を吐く。


「……帰ることを諦めた訳じゃない。でも、この日記を読んで無視できるほど俺も薄情じゃないからさ。」


少し照れくさいのか、頭をポリポリとかく。


「残りの高校生活……忍の学校で過ごしてやるよ。」


その言葉に、母の瞳から大粒の涙が零れ落ちた。


「……ありがとう。本当にありがとう……。」


深々と頭を下げる二人に、時雨は困ったように目を逸らした。


「じゃあさっそく、朝霧家の術ってやつ教えてくれよ。」


俺の言葉に父は少し遅れて反応し、ゆっくり立ち上がった。


「…庭へ来なさい。朝霧家に代々受け継がれる秘術――『魂纏こんてん』を教えよう。」


♢♢♢

屋敷の庭へ出ると、夕日が空を赤く染めていた。

庭の中央には誰もおらず、静寂だけが辺りを包んでいる。

父はゆっくりと歩みを止め、やがて時雨へ振り返った。


「朝霧家の秘術――『魂纏』。これは我ら一族だけが扱える術だ。」


「普通の忍術と何が違うわけ?」


「火遁や水遁といった五行術は、魂と肉体を調和させることで発動する。だが魂纏は違う。」


父はそう言いながら自身の胸へそっと手を当てる。


「己の魂を肉体へ纏い、その力を極限まで引き出す秘術。」


「……もうちょっと簡単に。」


「……身体能力の強化だ。」


「あー、ゲームでいうパワーアップみたいなもんか。」


「げぇむ……?……こほん。しかしその代償も大きい。」


「え、代償とかあんの……?」


「あぁ。使いすぎれば魂は傷つく。最悪の場合、二度と目覚めることはない。」


「え…怖すぎ…。」


父はそんな時雨の心を見透かしたように苦笑した。


「安心しなさい。きちんと使いこなせれば何も問題はない。」


「使いこなせなかったら終わりかい……。」


「まぁ……まずは見ていなさい。」


父は静かに目を閉じ、両手で印を結びだした。

流れるような所作は無駄な動きがない。

そして空気が変わった。風が止み、庭の草木が小さく揺れる。


「――魂纏こんてん。」


次の瞬間、父の身体から淡い蒼白い光が立ち上る。

まるで炎のように揺らめく光は身体を包み込み、凄まじい威圧感を放っていた。


「うっわ…!…すげぇ。」


あまりの凄さに俺は思わず声を漏らす。


「これが魂纏だ。」


父は術を解くと時雨へゆっくり近づいた。


「次は君の番だ。やってみなさい。」


「え!?もう!?」


「本来なら数年かけて習得する術だ。しかし時間がない。」


「数年で覚える術を今日やれってか…?」


俺は頭を掻きながら、父の立っていた場所へ向かう。

父の視線が強すぎてやりにくさはあるが、やらなければ終わらない。時雨はなんとなくでやってみよう…と覚悟を決めた。


「印はこう……だったっけ?。」


ぎこちなく両手を動かす。

すると――。

頭の奥がズキリと痛んだ。


「っ……!」


知らない景色。

そこには一人で印を結び続ける少年の姿があった。


『違う……もう一度だ。』

『本来の時雨が戻ってきた時、困らないように……。』

『身体で覚えるんだ。』


次々と流れ込む俺の知らない記憶。

それは、この世界で生きてきたもう一人の朝霧時雨のものだった。


「これは……。」


身体が勝手に動く。

指先が迷うことなく印を結び直していく。

父は驚きに目を見開いた。


「まさか……!」


時雨は静かに息を吸い、一言……。


「――魂纏。」

 

その瞬間、父を遥かに上回る膨大な力が時雨の身体から噴き上がった。

庭全体を突風が駆け抜け、木々が大きくしなる。

地面が小さく震え、砂煙が舞い上がる。


「なっ……!」


父の表情が変わる。


「力が強すぎる!身体がもたんぞ!!」


「えええぇぇ!!?なにこれ何これ!」

(止め方が分かんねぇ!!)


力はなおも溢れ続け、身体がどんどん熱くなっていく。……いや、熱いどころではない。

身体中を何かが暴れ回っている。


「若様!!!」


異変を察した御影が庭へ駆け込んでくる。

父はすぐさま解除の印を結ぶ。


「動くな、時雨!」


そう叫ぶと同時に父は時雨へ手をかざし、暴走した魂の力を強引に抑え込んだ。

激しく吹き荒れていた風が、少しずつ静まり返っていく。

俺はその場へ膝をつき、大きく肩で息をした。


「はぁ……はぁ……。」


父は安堵したように息を吐く。


「本来の魂が戻った影響なのか……。想像以上の力だ。」


(すっげぇ…ファンタジーすぎるだろ…。)


指先がまだ微かに痺れている。


「大丈夫か?」


「あぁ……まぁ、なんとか……。」


短く答えながらも、俺の顔には困惑が残っている。

無理もない。さっきまで普通の高校生だったんだ。

それがこんなに強い術を一発で成功させたのだから、戸惑うのも無理はない。


「なんか…俺の知らねぇ記憶があってさ…そのおかげですんなり出来たというか…。」


その言葉聞いた父は少し嬉しそうで寂しい顔をしていた。


「それは…君じゃない時雨が、毎日毎日積み上げてきたものだ。術は使えなかったが、秘術の書物を読み漁り、何度も印を練習していたからな。印を結んだことで、記憶が流れ込んできたのだろう。」


(俺は初見だけど、身体は覚えてるってことか?)


「だが、術が使えないせいで、時雨に解除の仕方を教えていなかった。すまない…。」


「あー……なるほど。」


「術の解除は全て共通している。後で御影に教わるといい。……さぁ。明日は試験だ。余計な消耗は避けるべきだろう。」


時雨は空を見上げた。

赤かった夕焼けはすでに夜へと変わり始めている。


(……受かるといいけど。)


屋敷へ戻る途中、いつの間にか俺の隣には付き人の御影がいた。

あまりの気配の無さに少し驚いてしまう。


「若様。」


「その若様ってやつやめてくれよ……。なんか変な感じがする。」


「若様、お風呂の準備ができております。」


「無視かい。」


そのまま御影に風呂場まで案内される。

屋敷の中が広いせいで、明日には風呂場までの道も忘れてしまうだろう。


風呂場はさすがといったところか、広くて深い。

ゆっくり足を湯舟へ入れてみる。


――チャポン


「―――!!?熱っっ!!!」


あまりの熱さに反射的に足を湯からすぐに出す。

すると風呂場の入口から御影の声が聞こえた。


「若様。湯加減はいかがでしょうか。」


「分かってて言ってんだろ!!熱すぎる!俺を煮る気か!!」


「その様な事、一切思っておりませぬ。」


「分かっとるわ!!!」


風呂の次は食事だ。またまた御影に部屋を案内される。


「旦那様と奥様からの伝言でございます。『私たちいれば緊張で食事が喉を通らないかもしれない。この生活に慣れるまで、一人でゆっくり食べて』とのことです。」


父の声真似をしながら俺に説明をしてくれたが、その出来栄えはなかなかのものだった。


「え、声真似上手すぎない?」


「痛み入ります。」


そうして席につくと、魚や漬物、味噌汁にご飯が並んでいた。


「いただきます。」


一口食べる。……うん。薄味だがまぁ美味しい。

だが母さんの作る料理は味が濃いため、少し物足りない。


「なぁなぁ。この世界ってハンバーガーとかある?」


「はんばーがーですか?……はんばーがー……とは?」


「……やっぱいい。」


そしてその夜。

自室に戻った俺は、日記を机に置く。

周りは静かだが、虫の声だけ響いている。


「……よし。寝るか。」


部屋の灯りを消し静かに目を閉じる。

夜は深く、そして静かに更けていった。


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