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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第二話 初めましての世界

――眩しい。

ゆっくりと瞼を開けると、見知らぬ木目の天井が視界いっぱいに広がっていた。


「……どこ、ここ。」


「時雨……!」


「!!!?」


知らない声に驚き顔を横に向けると、そこには一組の男女が並んで座っていた。

女性は目に涙を浮かべ、男性は震える手で俺の頬を撫でた。


「あなた…!時雨が……!」


「あぁ。成功したんだ…。無事に帰ってきてくれたんだな。」


「……え?」


何を言っているんだと、俺は二人の顔を交互に見た。

知らない。会ったこともない。

なのに二人は、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ている。


(夢の続きでも見てんのか?)


それにしては妙にリアルだ。

俺は試しに自分の頬を思いきりつねった。


「いっっっ!」


痛い。めちゃくちゃ痛い。


「……夢、じゃない?」


その様子を見た女性が悲しそうな…なんともいえない顔をしていた。


「あなた…時雨が混乱しているから、少し席を外しましょうか。」


「……そうだな。後で話があるからまた呼びに来る。少しゆっくりしなさい。」


そう言い残し、二人は名残惜しそうに部屋を出て行った。

俺はそれを見届けた後、ゆっくりと上体を起こした。

まだ頭の中は混乱したままだが、恐る恐る布団から体を出し立ち上がる。

――その瞬間、違和感を覚えた。


「……軽い。」


立ち上がるだけで分かった。体がいつもより軽いのだ。


「俺の体だよな……?」


だが考えても答えは出ない。……とにかくここから出よう。 時雨は襖へ駆け寄り、両手で勢いよく開け放った。


「うわっ!……誰?」


すると目の前に一人の青年が立っていた。

年は二十代半ばだろうか。すらりとした長身に、鍛え上げられた無駄のない体つき。

黒を基調とした装束は派手さこそないが、一目で上質と分かる仕立てだ。

その男は、時雨を見るなり穏やかに目を細める。


「おや、どこに行かれるのですか?……若様。」


「……は?若様?」


時雨が混乱している間にも、青年は一歩前へ出る。


「誰かと間違えてるようだけど…とにかく俺は帰るから。」


そのまま青年の横をすり抜けようとした瞬間だった。


「……失礼いたします。」


「うわっ!?」

(こいつ……!俺を持ち上げた!?)


首根っこをひょいと掴まれ、そのまま軽々と持ち上げられる。


「は、離せ!」


足をばたつかせても、びくともしない。


「若様。まだお体を休めるよう、旦那様より申し付けられております。」


「だから若様って誰だよ!つーか旦那様って――!」


必死にもがいていたその時――

部屋の隅に置かれた一枚の姿見がたまたま目に入った。


「えっ……?」


青年の腕を振りほどこうと、渾身の力を込める。

驚いたことに、その体は自分でも信じられないほど軽く動いた。

一瞬だけ拘束が緩む……。

その隙を逃さず床へ着地し、一目散に姿見へ駆け寄った。

そこに映っていたのは——


「俺……?」


ゆっくりと自分の頬を手でなぞりながら確認する。自分の顔など毎日鏡で見てきた。だからこそ鏡に映る自分の姿が信じられないのだ。


「……俺じゃ、ない。」


そこに映るのは、自分であって自分ではない。

黒く艶のある髪はサラサラしていて、横の毛に赤のメッシュが入っている。

鋭く、それでいてどこか儚さを宿した瞳。

トレードマークだった右目の下にあるホクロは、綺麗に無くなっている。


「なんだよこれ…。」

(違う……。俺の髪は金髪で傷んでで……右目の下にホクロがあって……。)


鏡から目が離せない。あれは夢だったはずだ。

毎晩見ていた、あの夢。

そこで手を伸ばしてきた少年。

――その少年の顔が、今の俺になっている。


「なんで……。」


頭の中が真っ白になる。


「なんで俺が、こいつになってるんだよ……。」


混乱する時雨を見つめ、青年は静かに口を開いた。


「若様……やはり記憶が失われているのですね。」


「記憶?」


時雨は勢いよく振り返る。


「違う!俺は記憶喪失なんかじゃない!」


青年は黙って時雨の話に耳を傾ける。


「俺は朝霧時雨!普通の高校二年生だ!一人っ子で、学校には友達がいて、それでバスケ部で…!」


必死に言葉を並べる。

――自分が自分である証明をするように。

青年はその話を最後まで聞くと、小さく目を伏せた。


「……ええ。若様のお名前は、確かに朝霧時雨でございます。」


「だから違うって!それは俺の名前!あんたのいう若様の名前じゃー……」


「私が申し上げているのは、若様…朝霧時雨 様で間違いないということです。」


「……は?若様の名前も…朝霧時雨ってことか?」


「このお屋敷は朝霧家。若様は旦那様の一人息子…朝霧時雨 様です。」


「俺と……同じ名前?」


青年は静かに頷いた。


「はい。若様のお名前も、あなた様のお名前も朝霧時雨 様でございます。」


――何を言っているんだ、この人は。

頭が追いつかない。


“朝霧 時雨”


そんな名前、そう何人もいるはずがない。

しかも同じ顔をしている。

そんな偶然が、この世にあるはずがない。


「……ありえない。」


喉の奥から、かすれた声が漏れる。

やっぱり夢を見ているのか。それとも、俺の頭がおかしくなってしまったのか。

考えれば考えるほど答えは見つからず、胸の奥だけがざわついていく。

まるで、自分という存在が少しずつ崩れていくようなー……。


「若様、どうか落ち着いて聞いてください。」


「落ち着けるわけないだろ!」


思わず声を荒げてしまう。


「いきなり知らない場所に連れてこられて…早く家に帰してくれよ!」


青年は静かに時雨を見つめたまま、一歩も動かない。

……駄目だ。

この青年は話が通じそうで通じない。

俺は素早く視線を巡らせる。

すると、庭へ続く大きな障子が目に入った。


(あそこだ!)


俺は勢いよく駆け出した。


「若様!」


青年も追いかけるがその瞬間――


(え!?俺、速すぎないか!?)


青年も目を見開き驚いている。でも実は俺が一番驚いている。

足が勝手に前へ出る。

風を切る感覚は、今までとは比べものにならないほど速い。

そのまま突き進み庭へ出るがどこが出口か分からない。

そこで頭の中に、一つの考えが浮かぶ。


(これ……飛べるんじゃね?)


走りながら地面を強く蹴る。

その瞬間――


「えっ!?」


景色が一気に遠ざかった。

体は軽々と宙へ舞い上がり、屋敷の屋根へと着地した。


「……は?」


自分でも信じられない。

高校で体育の跳び箱すら苦戦していた自分が。

たった一度跳んだだけで、屋根の上に立っていたのだ。


「……すげぇ。」


屋根の上から見る景色は感動そのものだった。

一面に広がる緑。遠くには雄大な山々が連なり、その麓には立派な城と城下町が広がっている。

木造の家々が並び人々が行き交うその景色は、まるで時代劇の世界だった。

時雨が生まれてから一度も見たことのない景色……。東京で暮らしてきた自分には、あまりにも非現実だった。

風が頬を撫でる。どこか懐かしく、それでいて知らない空気。

逃げなければならないのに、俺はしばらくその景色に見入っていた。


「……若様。」


不意に後ろから声が聞こえ振り返ると、先ほどの青年がいつの間にか屋根へ上がってきていた。

息一つ乱していない。


「魂が体にまだ慣れていないというのに…やはりあなた様が本来の…。」


「は?何の話…」


「失礼致しました。…旦那様がお話ししたいことがあるそうです。来ていただけますか?」


逃げようとしたのに何でまた戻らくちゃいけないんだ……と思ったが、よくよく考えてみたら屋根の上で一人立ち尽くしていても何も始まらない。

どこへ向かえばいいかも分からない。

――俺はこの世界の事を知らなければならない。

俺は小さく息を吐き、静かに頷いた。


「……分かった。行けばいいんだろ。」


時雨の言葉を聞き、青年は先に屋根から飛び降りる。

まるで羽でも生えているかのように軽やかに着地した。


「いやいや、あんなのできるわけ…。」


そう言いながら思わず下を覗き込む。

何故かさっき上った時よりも高く感じた。


「……やるしか、ないか。」


時雨は覚悟を決めると、大きく息を吸い込んだ。


「せーのっ!」


勢いよく屋根から飛び降りた。

思わず悲鳴をあげるところだったが、不思議と飛び降りているその瞬間は怖くなかった。それどころか体は羽のように軽く地面へ着地した。


「……え?」


膝に痛みはない。転ぶこともない。

まるで何度も繰り返してきたかのように、自然と着地していたのだ。


(こいつの体……凄すぎないか?)


驚きながらもそのまま青年について行くと、旦那様と呼ばれている人物の部屋へたどり着いた。

重厚な襖がゆっくりと開かれる。


「旦那様、若様をお連れしました。」


青年の声が静かな部屋に響く。


「あぁ……入ってくれ。」


低く落ち着いた声。

時雨は緊張した面持ちで部屋へ足を踏み入れた。

畳の奥には、一人の男が静かに座っている。

先ほど会った男性――この屋敷の主人だ。

その隣には、目を赤くした女性が静かに微笑んでいた。


「座りなさい。」


促されるまま部屋に入りあぐらをかく。部屋には重い空気が充満している。

やがて男が口を開いた。


「まずは……君に謝らなければならないな。」


「え?」


「今から話すことは、到底信じられる話ではない。だが……聞いて欲しい。」


「まぁ…聞くだけなら。」


「……君と、この世界の朝霧時雨は魂が入れ替わってしまったんだ。」


「…………は?」


時雨の思考が止まる。

言葉の意味は分かる。だが、理解できない。


「魂が……入れ替わった?」


「本来、君の魂はこの世界で生まれるはずだったんだ。そしてこの世界の時雨の魂は、君が生きてきた世界で生まれるはずだった。」


「はっ……何言ってんだよ。」


思わず笑いが漏れる。

あまりにも現実離れした話だからだ。


「この世界と君の世界は、本来なら決して交わることはない。……だが何らかの理由で世界の境界が揺らいだ。その一瞬で、二人の魂だけが互いの世界へ流れ込んでしまったんだ。」


「なんで…魂だけ……。」


「それは……私にも分からないんだ。」


俺は何も言えなかった。

頭では否定したい気持ちでいっぱいだ。

だが、ここへ来てから起きた出来事を思い返すと、否定する材料が一つもないことに気付いてしまったのだ。


「だから君たちは十五年間、それぞれ本来いるはずのない世界で生きてきた。」


「は……。」


「そして今、魂は本来あるべき場所へ戻った。」


「あるべき場所……?」


「本来、この身体は君のものだった。だから初めて動かしたとは思えないほど自然に扱えたんだ。」


(この身体が……本来の俺の身体?)


「身体は覚えていたんだよ。君の魂を……。」


そういえば先程の付き人も走り出した俺を見て、驚いた顔をしていた。

きっと魂が戻ったばかりだというのに、体を使いこなせていたからなのだろう。


「だが、忍術だけはどうしようも出来なかった。」


「忍術?」

(こいつら……忍者の家系ってことか…?)


「忍術は肉体だけで扱えるものではない。魂と肉体、その両方が一致して初めて、本来の力を発揮する。だから、この世界の時雨はどれだけ努力しても忍術だけは使えなかったんだ。」


「忍術が使えない忍者ってこと?。」


「あぁ。…それでも、時雨は諦めなかった。誰よりも勉学に励み、誰よりも体を鍛え……。術が使えぬなら、知識と努力で補えばいいと……毎日遅くまで修行を続けていた。」


「……。」

(そんなの…俺には関係ないだろ。)


「あの子は、一度も弱音を吐かなかった。強い子だと……そう思っていた。でもあの子はすごく苦しんでいたんだ。」


「そいつの話はもういいって。それで、結局あんたは何が言いたいんだよ。」


「……もうすぐ、最後の学年へ進むための試験がある。その試験には、朝霧家に代々受け継がれてきた秘術が必要だ。」


「……試験?」


「秘術は、本来の朝霧時雨にしか扱えない。だから――魂を本来あるべき場所へ戻し、君をこの世界へ呼んだ。」


「…………。」


頭が真っ白になる。

数秒遅れて、その言葉の意味が胸に突き刺さった。


「はぁ……?」


乾いた笑いが漏れる。


「じゃあ何か?そんな試験のためだけに、俺をこの世界へ連れてきたってことかよ!」


部屋に怒鳴り声が響く。

男は目を伏せ、小さく首を横に振った。


「……違う。これは、あの子――時雨の願いでもある。」


「知るかよ!俺はそいつのことなんて知らねぇ!向こうには家族もいるし友人もいる!俺の日常があるんだよ!!」


肩で息をしながら俺は男を睨みつける。


「はぁ…。その試験さえ終われば、俺は元の世界へ帰れるんだろうな!」


部屋が静まり返る。

男は苦しそうに目を閉じ、ゆっくりと言葉を紡いだ。


「……君にとっては『元の世界』なのだろうが…本来、君が生きるべき場所はこの世界だ。魂はあるべき場所へ戻った。……それだけだ。」


その一言が、俺の胸を深くえぐる。


「君は今後、この世界で“朝霧 時雨”として生きていくことになる。」


「…………は?」


心臓が、大きく脈打った。

今、こいつは何と言われた?


「じゃあ俺は…帰れないってこと…?」


ようやく絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。


「あぁ……。前にいた世界のことは、忘れるしかない。」


「忘れろ…だと…?」


俺の中で何かが切れた。思わず立ち上がり怒鳴りつけてしまう。


「勝手なこと言うなよ!何も知らないくせに!何だよこの世界って!俺の人生そのものを無かったことにするのか!?いきなり連れてこられて…『忘れろ』で済ませるな!」


怒りで肩が震える。

拳を強く握り締めても、その震えは止まらなかった。


「……すまない。」


ただ、その一言だけだった。

父親と思われるその男は俺に頭を深く下げた。

横にいる母親も涙を浮かべたまま俯いている。


「……っ。」


俺は言葉を失った。胸の奥で渦巻いていた怒りが、ぶつける相手を失っていく。

それでも――


「……俺は。あんたたちなんか認めない。絶対に元の世界へ帰る。」


そう言い残し、俺は勢いよく部屋を飛び出した。

廊下を走り、自分が目を覚ました部屋へ戻る。


「……くそっ。!!」


帰る方法……。

何でもいい。少しでも手掛かりになるものはないのか。

棚を開け、引き出しを探る。

ない……ない…………ない!!!!

時間をかけて部屋中を探し回っていると、一冊の古びた和綴じの本が目に留まった。


「……これは?」


表紙には何も書かれていない。

元の世界へ帰れるヒントでもあれば…と、ページをめくった。


「……読める。」


見たこともない文字だった。

本来なら、一文字も理解できないはずだ。

それなのに、不思議と意味が頭へ入ってくる。

最初のページ。

そこには、丁寧な字でこう書かれていた。

――朝霧時雨 記。


「これ……あいつが書いたものか?」



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