第一話 最後の夜
光も音もない、暗闇の世界。
届きそうで届かない距離に一人の少年がいた。
年齢は同じくらいだろうか。
顔は影に隠れてよく見えない。
それなのに、なぜか懐かしい気がした。
少年は何かを伝えようと必死に口を動かしている。
何度も、何度も。けれど、届かない。
まるで水の中にいるように、言葉は歪み消えていく。
俺は少年へ一歩近づいた。
すると、少年もゆっくりとこちらへ手を伸ばす。
あと少し……
指先が触れそうになったその瞬間――
「……っ!」
視界が真っ白に染まり、俺は勢いよく飛び起きた。
「はぁ……はぁ……またあの夢か……。」
胸に手を当てると心臓が早鐘を打っていた。
この夢を見るようになったのはいつからだろう。
気付けば毎日見るようになっていた。
内容はほとんど同じ。
暗闇の中にいる少年が、俺に何かを伝えようとしている。でも何一つ聞き取れない。
そんな不気味な夢――
「時雨ー! 朝よー!」
一階から母さんの声が聞こえる。
時計を見ると七時半を回っていた。
「やべっ……。今行くー!」
制服に着替え、洗面所へ行き先に身支度をすませる。
髪の毛は染めすぎて痛みまくっているが、金髪が自分には似合うと思い止めるつもりはない。後ろ髪の寝癖に毎回苦戦するが最後は結局諦め、リビングへ駆け足で向かう。すると食卓にはトーストと目玉焼きが。
しかし時間が無いため、トーストだけ口に入れそのまま玄関へ向かおうとする。
「時雨!目玉焼き!」
「時間ない!ごめん!父さんにあげて!」
「成長期なんだからちゃんと食べなさーい!」
母の小言は俺の耳には入ってこない。
なぜなら既に玄関を出て学校へ走り出していたからだ。
……食パンを口にくわえて。
◇◇◇
「おーい! 時雨!」
学校に着くと、校門の前で大きく手を振る親友
――高橋 陽斗を見つける。
「お?目の下にクマ……また例の夢でも見たのか?」
「第一声がそれかよ…。」
「毎日聞いてるからな。」
陽斗と肩を並べて歩きながら、俺は苦笑した。
「今日も見たけど変化なし。同じ内容だった。」
「まじか!もう夢日記でもつけたら?」
「話聞いてたか?変化ねぇんだって。」
それもそうか!と大きな声で笑う陽斗を見て、時雨もつられて笑ってしまう。
こんなくだらない会話が、結構好きだった。
そして二人で教室へ入ると、一人のクラスメイトが声を掛けてきた。
「時雨、おはよう。」
「おー。おはよ。」
声を掛けてきたのは、時雨の幼なじみの松川 雫でもあり、俺の好きな人でもある。
「今日も眠そうだね。また夜更かししたんでしょー?」
「まぁそんな感じ。」
「もー…ほどほどにしなよ?」
本当は違う。でも夢の話はしない。
――余計な心配をかけたくないから。
チャイムが鳴り、いつも通り授業が始まる。
時雨の成績は下の中…。その為内容は全く頭に入らない。
授業を右から左へ聞き流すといつの間にか昼休みになり、陽斗と購買へ全力で走る。
そして放課後は部活のため体育館へ向かう。
これがいつものルーティンだった。
スポーツが好きで、バスケ部に入った。
だが、運動神経は正直良くない。その為試合は毎回ベンチ。それでも時雨は毎日練習へ来ていた。
「時雨!ボール!」
「はいっ!」
先輩――藤原 光輝にパスを出すと、そのボールでシュートをかっこよく決め、俺は思わず見惚れてしまった。
「やっぱ先輩かっけーなー!」
「ははは。ありがと。」
先輩のキラキラスマイルにやられてしまいそうになる。
これもいつものことだ。
「あれ、時雨……顔色悪い?」
「え!大丈夫です!」
首を横にブンブン振るが、かわりに横から陽斗がそれを否定する。
「こいつ寝不足なんすよ〜。」
「余計なこと言うなって……。」
「え?寝不足?」
「まぁ…ちょっと……変な夢を毎日見てて。」
「夢?なにそれ?」
「いや、ほんと何でもないです。お前も余計なこと言うなよ……。」
陽斗に釘をさし、時雨は転がっていたボールを拾いに行く。
これ以上からかえば怒られると思った陽斗は、その場を離れ後輩の元へ走って行く。
あまり夢の話はしたくない。広まってしまうと色んな人に心配をかけてしまう。
(同じ夢で悩んでるなんて…小さな悩みだしな。)
友達や先輩、後輩にも恵まれていて、大好きなバスケも出来ている。
……ベンチだが。
でも、俺は今の毎日が好きだった。
だから――
この日常が終わるなんて、考えたこともなかったんだ。
♢♢♢
その夜。
「じゃあ俺は寝るから。」
母さんに声をかけ、二階へ上がろうと手すりに手をかける。
時刻は午後九時。
「時雨、待って。これ飲みなさい。」
そう言う母の手には温かい飲み物がある。
「少しは寝付き良くなると思うから…。」
「なにこれ。ホットミルク…?」
「えぇ。夢は……見ちゃうかもだけど。」
毎日早くに寝ているはずなのに、クマを作って朝起きてくる息子の変化に、母さんは陽斗より早く気付いた。
夢の相談をしたら母さんはアロマを焚いてくれたり、良い枕を買ってくれたり……。
自分にもなにか出来ないかと、こうして時雨を気にかけてくれているのだ。
「ありがとう。部屋で飲むよ。じゃあおやすみ。」
そして部屋に戻った俺は、一口ホットミルクを飲んだ。
「……あちぃ。」
部屋の明かりを消し、ベッドへ腰掛ける。フーフーと冷ましながらホットミルクを飲んでいく。
ふとスマホを見ると通知が鳴る。
――幼なじみの雫だった。
『夜更かしせずに早く寝なよ!あと先生が次のテストまでに髪の毛染め直さないと、バリカン持って追いかけてやるって言ってたからね!気をつけなよ!』
「……ふっ。怖すぎだろ。」
思わず笑みがこぼれてしまう。きっと彼女は俺が既にベッドの中にいるとは思ってもいないのだろう。
世話好きな幼なじみに返事をし、飲み干したマグカップを机へ起き眠りについた。
(……今日こそ変な夢、見ませんように……。)
―――暗闇。
また同じ夢。
しかし、一つだけ違った。
いつも少年の声は時雨に届かなかったが、今回初めて聞こえたのだ。
『――時雨!』
(なんで……俺の名前……。)
顔の見えない少年は、ゆっくりと時雨へ手を伸ばした。
――握ってはいけない。直感だがそう思った。
なのに、体は意思とは関係なく動き出す。
伸ばした右手が、少年の手と重なる。
指先が触れたその瞬間……初めて少年の顔がハッキリと見えた。
(――えっ……俺?)
思わず息を呑む。そこにいたのは、鏡に映したような自分だった。違うところと言えば右目の下にあるホクロと髪色ぐらいだろう。
驚きで体が固まってしまう。
すると夢の中の少年は、時雨の手を強く握り返しそのまま思い切り引っ張られる。
『……帰ってこい。』
(帰って……?)
その一言が響いた瞬間、世界が音を立てて崩れ始めた。
――落ちる。どこまでも、どこまでも。
意識が闇へと沈んでいく。
――その時。俺の運命は、大きく動き始めたのだ。
二話は今週中に更新する予定です。




