第二十一話 合わなさそうな人ほど意外と気が合う
「……だってよ。分かったなら、帰った帰った。」
時雨は手で追い払うが、男たちは動かない。
彼らが納得していないのは、その表情を見れば一目で分かった。
「…なに?俺もお前の真似しようか?」
「真似だと?」
「俺ん家、名家だからさ。お前んとこより上なわけでしょ?だったら俺も、お前ん家潰せると思うんだけど。」
「……っ!貴様……!!!」
男の顔がみるみる赤くなる。
時雨は呆れたように鼻で笑った。
「なんだよ。自分が言われたら怒んのかよ。勝手だなぁ…。」
「……っ。」
男は歯ぎしりするばかりで何も言い返せない。
上忍家より、名家の方が格上なのは男も理解している。
もちろん時雨は相手の家を潰す気などサラサラない。しかし名家の自分が相手を脅すことによって、佐伯には今後手を出さないと思ったのだ。
「…無視かい。もういいや。佐伯、行こうぜ。」
「あ……はい。」
無言のまま立ちすくむ男たちを無視し、二人はその場を後にした。
「ったく。パパーって泣きつかなきゃ何もできねぇのかよ、あいつらは。」
「……。」
「?どっか痛むか?」
下を向いたまま何も答えない佐伯を心配し、思わず顔を覗き込んだ。
しかし前髪のせいで顔色を伺うことが出来ない。
「……なんで。」
「ん?」
「なんで……助けてくれたのですか?」
思ってもいなかった言葉に、時雨はきょとんとした表情を浮かべる。
「えぇ?何でって…普通だろ?」
すると佐伯は顔を上げず、その場で立ち止まった。
その様子を見た時雨も心配そうに見つめている。
「おい、ほんとにどうし――…」
「僕は……。」
「?」
「僕は、朝霧くんが皆から虐められているのを…黙って見ていました。名家の人間だから、直接手を出してきたのは九条くんくらいでしたけど…。でも、他の生徒たちは君を避けて、陰で悪口を言って…僕は、それを知っていました。」
先ほどの男たちに囲まれた時より、佐伯の声は震えていた。
「僕も……彼らと同じように、君を避けていました。見て見ぬふりをしたんです。君がどれだけ辛かったかも考えずに。」
「うん。」
「なのに、君は。今日話したばかりの、ただの一般忍家の僕を助けてくれた。僕は…君に何もしていないのに。」
その言葉には、後悔と自分自身への情けなさが滲んでいた。
「んー…まぁ、仕方ねぇよ。佐伯にも事情があったんだろ?」
前の朝霧時雨が感じていた孤独は、俺には分からない。
もしかしたら…佐伯を憎んでいたかもしれない。
だけど――。
(俺は、あいつであって、あいつじゃないしな。)
「だから、気にすんな。」
「僕は君のこと…少し勘違いしていたみたいです。…恥ずかしいですね。」
「じゃあ、これから知っていけばいいだろ?」
「これから?」
「あぁ。友達って、そういうもんだろ?」
“友達”
思いもしなかった言葉に、佐伯は思わず顔を上げた。
「とも……だち。」
その言葉を、まるで初めて聞いたかのように小さく繰り返した。
一般忍家の自分と、名家の跡取りである朝霧時雨。
その二人が友になるなど、一度も考えたことがなかった。
いや、普通なら恐れ多く断るだろう。
だが佐伯は、気付けば頷いていた。
「…はい。よろしくお願いします。」
――数日後。
朝、御影に学校まで送ってもらい、鼻歌を歌いながら教室へ向かっていた途中、廊下の向こうから見覚えのある人物を発見した。
「あ。」
佐伯だ。
あの日以来、佐伯と行動を共にすることが増えた。
気の制御を教えてもらうこともあるし、授業で分からないことも教えてくれる。
なにより、一人でいるより退屈しないのだ。
「佐伯ー!」
時雨が大きく手を振ると佐伯は足を止め、時雨をまっすぐ見つめた。
「あぁ…朝霧くん。おはようございます。」
「おう!おはよ!」
「昨日の復習はしましたか?」
「え?復習?なにそれ。」
「…聞いた僕が間違ってました。」
そんな他愛もない会話を交わしながら、二人は並んで教室に向かって歩き出した。
「でさー。今日の朝飯が…」
「朝霧くん。」
「?」
その時、後ろから聞き慣れた声がした。
時雨が振り返り声の主を見た途端、またこいつか…と目を細めた。
「またこいつか…って顔してるよ。」
「わざとだよ。」
柔らかな笑みを浮かべた神楽が、こちらへ歩いてくる。
「最近見ないから、やっと決闘の時の条件守ったんだって思ったのに。」
時雨がそう言うと、隣にいた佐伯が小さな声で耳打ちをする。
「隣の組は実習で、数日間学校を離れていたんです。」
「え?そうなの?」
「……本当に先生の話を聞いていませんね。」
神楽は時雨と佐伯のやり取りをじっと眺めていた。
その視線に先に気付いたのは佐伯で、神楽と目が合い少し緊張してしまう。
「君は?」
神楽は佐伯に対して、にこりと微笑んだ。
「朝霧くんと同じ組の佐伯です…。」
まさか、あの名家の神楽と話すことになるとは…。
思わず背筋が伸びる。
「へぇ…。朝霧くん僕以外にも友達できたの?」
「お前なぁ…。ってか、何で普通に話しかけてきてんだよ。俺に関わるなってあれほど…。」
「この前のお礼がまだだからね。」
「はぁ?城下町なら行っただろ?」
「僕の行きたいお店には行けなかったから、無しだよ。無し。」
「子供かよ…。」
「ありがとう。」
「どっからどう見ても褒めてねえだろ、今の。」
「僕は褒められと捉えたからいいんだよ。呼び止めてごめんね。また今度ゆっくり話そう。佐伯くんも。」
「あ!は、はい。」
「早く行けっ。」
ニコニコ笑う神楽を横目に、二人は再び教室へ向かい歩き出した。
その背中を神楽はただ、じっと見ていた。
「佐伯くんかぁ。僕は知らない生徒だなぁ。…正臣は知ってる?」
いつからそこにいたのか。
廊下の柱へ背を預けるようにして立つ、九条正臣の姿があった。
腕を組み、冷たい視線を真っ直ぐ二人の背中へ向けている。
「…一般忍家の生徒だろ。俺達には関係ねぇ。」
「関係なくないでしょ?同じ学校で学ぶ仲間じゃないか。」
その言葉に、九条の冷たい視線が今度は神楽へ向いた。
「偽善者ぶるのやめろ。俺たちが関わっていいのは、上忍家までだ。」
「またそんなこと言って……。」
「お前はもっと、名家の跡取りだって自覚を持てよ。」
「……朝霧くんだって名家の跡取りだけど、佐伯くんと仲良くしてるよ?」
「あいつは没落で――」
「そう決めつけているのは、正臣でしょ?」
「……。」
九条は言葉を失う。
確かに時雨は没落した家の跡取りだったはず。
しかし、今は誰が見ても違うと言うだろう。
朝霧家の秘術を扱い、見よう見まねで火遁まで発動させたのだから。
「僕たちは名家の人間だから、他の生徒たちが気軽に話しかけてくることは少ないだろう?なのに君は、自分から余計な壁を作っている。それじゃ、本当に一人になってしまうよ。」
「……一人じゃない。」
「もしかして、よく一緒にいる取り巻きの子たちのことを言っているの?あれは友情じゃない。」
「……うるさい。」
「君の家柄に惹かれて近付いているだけだろう?」
「……お前…あいつとつるむようになって、変わったな。」
「僕は何一つ変わってないよ。変わったのは……君の方だ。」
「俺たちは名家の跡取りだ。なら…変わらなきゃいけないだろ。」
どこか辛そうに話す九条に、神楽は何も言えなかった




