第二十話 佐伯と友だち?
そしてグっと力を込めた。
その瞬間。
ドクン――。
時雨の身体から溢れ出すように気が流れ始める。
しかし本人は気付いていない。
だが、佐伯にははっきりと見えていた。
“気が多すぎるほど溢れ出ている”
「朝霧くん!」
まるで堰を切った濁流のようだ。
最初から水門を全開にしたかのような勢いで、気が身体中を駆け巡っている。
佐伯の声に反応し、時雨は首をかしげた。
「え?なに?」
「あなたは本当に……話を聞いていましたか!?」
「聞いてたけど…。」
「少しだけ開いてと言ったんです!」
「やってるつもりなんだけどなー…。」
時雨は頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、もう一度挑戦した。
「じゃあ……こう?」
今度は力を抜いたつもりだった。
しかし、再び大量の気が溢れ出している。
「違います!出しすぎです!まったく…何故そうなるんですか!」
佐伯は思わず頭を抱えた。
何度やらせても結果は同じだった。
気が弱まることはない。
少しだけ流すということが、時雨にはまるで出来ないのだ。
それどころか――。
“本人が、自分でどれほど気を流しているのか理解していない”
普通の忍なら、自分が流している気の量くらいは感覚で分かるはずだ。
だが時雨には、その感覚がまるでないように佐伯は感じた。
ただ全力で流し続けているだけ…。
「厄介な天才とでも言いましょうか…。」
「え!?」
佐伯の独り言が聞こえ時雨は嬉しそうに反応した。
「俺、天才なの!?」
「別に褒めているわけではありません。」
「え?」
「問題児という意味です。」
「ひどくない?」
時雨は不満そうにブツブツと文句を言うが、佐伯は全て無視し再度気の流れを説明した。
気を感じ、少しだけ流して止める。
しかし――。
「……。」
何度やっても結果は変わらなかった。
少し流したつもりでも、気は一気に溢れ出す。
水門を少し開けるどころか、毎回全開にしてしまう。
「うーん…僕では、手に負えないかもしれませんね。」
「え!?なんで!?」
「僕は、普通の家で生まれ育ちました。ですから名家の跡取りが持っている力というものが、どれほどのものなのか…正直、僕の経験では測れません。」
「でも佐伯、成績いいんだろ?」
「それは否定しません。ですが、それは僕が努力して掴んだものです。平凡な家に生まれた人間が名家の者たちと同じ場所に立つには、少しでも手を抜けばすぐに落ちますので。」
「へぇー…生まれが違うだけで、そんなに変わるんだな。」
佐伯からすれば、嫌味のように聞こえてしまう言葉でも、時雨が言えばそんな捉え方は出来ない。
何故なら本当に分かっていない顔をしているからだ。
“名家というだけで期待される者”
“名家ではないからこそ、努力で追いつこうとする者”
その二人が今、こうして対面で話していること自体実は凄いことなのである。
「名家の人間はチートってことなのか…。」
「はい…?ちいと?」
「あぁ、ごめん。強いって意味。」
「聞いたことありませんけど…そうですか。強い…ですか。」
佐伯は時雨の言葉に少し考えてから頷いた。
「確かに、名家の人間は強いです。特に朝霧家のような家は、代々優れた忍を輩出してきました。ですから…朝霧くんに教える人間は、同じ名家の者の方が適任かと。」
「え?例えば?」
「例えばって…あなた、本当に何も知らないのですね。九条くんと、神楽くんですよ。」
「え!?あの二人!?」
「そうです。」
九条も神楽も確かに強そうではあったが、おなじ名家出身なのか…と今さら理解した。
ほー…と感心している時雨を横目に、佐伯は話を戻す。
「……とにかく。教えてもらうなら、その二人に頼んだ方が朝霧くんの為でもありますよ。」
「……。」
「?朝霧くん?」
「いや、無理!絶対無理!!」
「なぜですか?」
「佐伯のままがいい!」
「…あなた、本当に人の話を聞きませんね。ですから、名家は名家同士の方が――」
「関係ない!」
時雨は大きな声を出し、佐伯の言葉を遮る。
あまりの迫力に少し驚き、佐伯は目をパチクリさせた。
「俺の理解力がないだけだろ?佐伯が悪いんじゃないって!」
「……別に、僕が悪いなんて思っていませんよ。そうじゃなくて、僕でも限度があるという話です。」
「限度なんて超えるためにあるだろ!諦めずに教えてくれよー…。頼むっ!」
両手を合わせて何度も頼むと言う時雨に、思わず固まってしまった。
普通なら、名家の人間に頼ればいいと誰でも考えることだ。
自分より優れた者に任せるのは、正しい判断といえる。
なのに、この男は…
「……変な人ですね。」
「変!?どこが?」
「名家の人間らしくない、ということです。普通なら、平凡な家に生まれた僕など見向きもされません。」
「なんで?」
「何でって…。名家の者が、わざわざ自分より下の者に頼るなんて考えられないでしょう。」
「下ぁ?んなの関係ねぇだろ。」
「え?」
「気が合うやつなら、生まれなんかどこでもいいし。逆に名家出身のヤツらに頼る方が俺は嫌だ。」
「はいぃ?あなたと僕が、合うように見えますか?」
「おう。少なくとも俺は、佐伯に好感持ってるぞ。」
「……何故?」
「んー…。周りのヤツらみたいに、俺のことを軽蔑した目で見てこないから!」
「……。」
「教えるの面倒くさいって顔はしてるけど、普通に接してくれてるだろ?それが嬉しいんだよ。」
そう言って、時雨はいつものように笑った。
ニカッと。まっすぐで、裏のない笑顔。
「あなたという人は、本当に……。」
「ん?」
「名家の人間らしくないですね。」
「なにそれ?褒めてんの?」
「全く褒めていません。」
「まぁ元々、俺だって普通の家の子だったしな。」
「元々…?」
「いや、こっちの話。」
「…はぁ。そこまで言うなら僕が教えますよ。その代わり文句言わないでくださいね。」
「分かった!ありがとう!!」
そして、時雨の希望どおりそのまま佐伯が指導を行った。
何度やっても上手くいかないが、何故か時雨は楽しそうだった。
「ふぅ……少し手間取ってしまったな。」
他の生徒たちへの指導を終えた月城は、二人がどうしているか気になり、早足で向かった。
すると、なにやら揉めている声が遠くから聞こえてくる。
「ですから!もっと集中してください!!想像するんです!!」
「してるって!こうだろ?」
「……。」
「ほら……穏やかな川が流れてて魚も泳いでる……。」
時雨は目を閉じながら、自分なりに気を感じ取ろうとしている。
川のせせらぎ、暖かな日差し…。
しかし。
「…濁流ですか?」
「違ぇよ!!穏やかな川って言っただろ!?」
「あなたの場合、穏やかというより災害に近いんですよ。ほら、気が漏れすぎてます。」
「災害!?それはちょっと言い過ぎだろ!」
何をやっているんだ、あの二人は…。
先程から様子を見ていたが、術の練習はほとんど進んでいないように見える。
“気の量を調整する”
ただそれだけのことに、これほど苦戦するとは――。
「何をしているんだ…。」
だが、最初は明らかに距離のあった二人だったのに、縮まった気がする。
佐伯は呆れながらも、時雨へ何度も説明している。
時雨も諦めることなく、佐伯の言葉を聞いて挑戦していた。
「ふっ。……もう少しだけ、放っておくか。」
月城は小さく笑うと、再び別の生徒たちの元へ戻っていった。
♢♢♢
「つっっかれたぁ!!!!」
教室へ戻るなり、時雨は机に突っ伏した。
あれだけ何度も気を出していれば、だれでも疲れる。
そして実技授業の後、教室では今日の反省を書くことになっていた。
提出した者から帰宅していい。
その説明を聞いた瞬間、時雨の頭の中は一つだった。
(早く帰って寝たい。)
紙を取り出し筆を走らせた。
普通なら…月城から注目されている今、少しでも真面目に見えるよう丁寧に書くものなのだろう。
だが――。
「……よし。こんな感じでいっか。」
本人はその完成度に大変満足していた。
反省文の内容だが…字は相変わらず乱れていた。
内容も決して悪くはないが、反省文というより感想文に近い。
「先生!書けた!」
時雨が嬉しそうに提出してきた紙を、月城は疑いの目で見る。
「……朝霧。」
「はい?」
「少し残りなさい。」
「え?」
なぜ自分が居残り?と頭の上にははてなマークが浮いている。すぐに帰れるかと思ったが、その後ほとんどの生徒が書き終わり教室を後にする中、時雨はまだ月城に捕まっていた。
「いいか?術を扱う者として、自分の行動を振り返るというのは――」
「……。」
「聞いているのか?」
「はい……。」
月城が何を言っても、時雨にはあまり響いていなかった。
聞く気がないわけではない。ただ、話の内容が難しすぎて理解できないのだ。
(前の世界にいた担任は、俺のレベルに合わせて会話してくれてたのか…。)
そして長い説教が終わり、ようやく解放されると時雨は元気よく教室を出た。
「今日の飯は何かなー。」
門へ向かう帰り道。
ふと、中庭へ目を向けた。
「あ。」
そこにいたのは佐伯だった。
前の世界ではいなかったタイプの友人だが、彼とはなんとなく仲良くなれそうな気がする。
(今日のお礼もあるし、声掛けよ。)
「さえ――…」
中庭へ方向転換し、彼の名前を呼ぼうとしたが、時雨は思わず足を止めた。
先程は柱に隠れて見えなかったが、佐伯の周囲には数人の生徒がいた。
「あれ?友達か?」
耳を澄ますと声が聞こえてきた。…なにやら揉めているようだ。
「おい、佐伯。最近ずいぶん調子に乗ってるじゃねぇか。」
「月城先生のお気に入りだからって、偉くなったつもりか?」
「てめぇみてぇな一般忍家の人間がこの学校に入ってこられたのも、先生のおかげだろ。」
「どうせ成績だってズルしてんじゃねぇの?」
(…は?なんだあいつら。)
次々と浴びせられる言葉に時雨は驚くが、佐伯は表情を何一つ変えなかった。
「違います。僕はきちんと入学試験を受けて、この学校へ入りました。先生は何も関係ありません。」
「はっ、誰が信じるかよ。」
「…入学試験があることをご存知ない?あぁ…君たちは推薦で入ったんでしたね。」
その一言で、空気が凍りついた。
相手の眉がぴくりと動く。
図星だった。
彼らは上忍家というだけで推薦入学した者たちだ。
つまり、実力ではなく家柄によって入学したということだ。
「てめぇ……!」
「調子に乗るなよ!」
「一般忍家の分際で!」
「僕は事実を言っただけです。」
その冷静な態度が、さらに相手の怒りへ火を注いだ。
そして生徒の一人が、佐伯の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。
「……!暴力沙汰は校則に反します。退学になる可能性もありますよ。」
「だから何だよ。父上に頼めば、お前んとこみてぇな家、一つ潰すくらいどうってことねぇんだぞ。」
「……っ。」
「術を使えば先生どもがすっ飛んでくるからな。だったら――」
男は空いている方の拳を握った。
「素手でやり合おうや。」
その言葉と共に、勢いよく拳が振り下ろされる。
――避けられない。
そう判断した佐伯は、思わず目を閉じた。
…だが。
「……あれ?」
痛みが来ない。
恐る恐る目を開けと、そこには先程嫌という程見た人物が立っていた。
「何してんの?」
振り下ろされた拳は、空中で止まっている。
いや。
止められていた。
時雨が相手の手首を掴み、拳を受け止めていたのだ。
「朝霧くん…?」
「お前っ……!落ちこぼれの朝霧じゃねぇか!」
手首を掴まれている男が叫ぶと、隣にいた生徒が慌てて止めに入る。
「お、おい……やめとけよ。こいつ、九条さんを倒した奴だぞ。」
「……っ、くそ!」
男は舌打ちをすると、振り上げていた拳を乱暴に下ろし、佐伯の胸ぐらを掴んでいた手も離す。
「大丈夫か?」
「……はい。」
佐伯は胸元を整えながら頷く。
「朝霧くん…どうして君がここに?」
「いやぁ…。先生の説教が長引いてな。帰ろうと思ったら佐伯を見つけたんだ。」
そして、佐伯から目の前の数人へ視線を移した。
「こいつらさ、佐伯の何?友達じゃねぇよな?」
「……そうですね。よく突っかかってこられますが、友と認識したことはありません。」
第二十一話は10日19時半頃更新予定です。




