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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第十六話 神楽と城下町へ

♢♢♢

ここは忍びの世界。

今日は学校が休みだ。

せっかくの休日なのだから昼まで寝ていよう――そう思っていた。


「若様。朝でございます。」


「……もう少し。」


「いけません。」


そう言われても睡魔が…ともう一度夢の世界へ行こうとした瞬間、御影が容赦なく布団を剥ぎ取る。


「うわっ!」


「若様。おはようございます。」


「お前…意外と強引だよな…。はぁ…休日くらい寝てもいいだろ…。」


「生活の乱れは忍びの乱れです。」


「ちょっと何言ってるか分からない。」


御影に急かされ、ぶつぶつ文句を言いながら身支度を済ませる。

時雨は濃紺の着流しに黒い袴という、動きやすさを重視した質素な服装に身を包んだ。腰には護身用の短刀が差されているが、扱えるかは不明だ。名家の跡取りとは思えないほど飾り気はないが、不思議とその姿はよく似合っている。

鏡を見ながら前髪を整えていると、後ろから御影が声をかけてきた。


「若様。」


「ん?」


「お客様がお見えです。」


「……え?客?」


「はい。お客様がお見えです。」


「俺に客?」

(担任の月城か?)


昨日の職員室での件を思い出し、時雨は肩を落としながら返事をする。


「はぁ…せっかくの休みなのに…。」


「既に居間へお通ししております。」


「分かった…居間ってどこだっけ?」


「…ご案内いたします。」


時雨は御影と共に居間へ向かった。

襖の前で一度深呼吸をし、勢いよく開ける。


ガララッ。


そこには――。

見覚えのある青年が、涼しい顔で茶を飲みながら菓子をつまんでいた。

白い着物に深緑の羽織を重ねた上品な装いに、胸元には家の家紋がさりげなく入っている。


「お前っ……!」


時雨は思わず指を差す。


「神楽じゃねぇか!!」


青年――神楽はにこりと時雨へ微笑む。


「やぁ、朝霧くん。いい天気だね。」


(なんで通した!?)


目だけで横にいる御影に必死に訴える。

しかし御影は何事もなかったかのように、時雨から視線を逸らした。


(こいつ…無視しやがった……。)


「チッ……なんだよ。」


「昨日のお礼をしてもらおうと思ってね。」


「……お礼?何のだよ。」


「あれ?もう忘れたの?月城先生のところで助けたじゃないか。」


「うっ……。」

(そういえばそうだった…。)


確かに、昨日は神楽に助けられた。

結局バレてはいたが…


「だからって…こんな朝から、わざわざ家まで来なくてもいいだろ。」


呆れたように言うと、神楽は湯呑みを置いて微笑みかけてきた。


「せっかくの休みだからね。何より、早くしないと朝霧くん、忘れちゃいそうだから。」


「さすがに一日じゃ忘れねぇよ。」


「そうかな?君、昨日も僕の顔見て『誰だっけ?』って顔してたし。」


「うっ……。」


痛いところを突かれた。

実際、この世界へ来てまだ日が浅い時雨は、人の顔と名前を覚えるだけでも精一杯だった。


「…色々あんだよ。」


「ふふ。やっぱり朝霧くんは面白いね。」


「面白くねぇよ。…それで?お礼って何すればいいんだよ。」


「難しいことじゃないよ。今日一日、僕に付き合ってほしいんだ。」


「はぁぁー!?」


時雨は思わず声を上げた。


「なんで俺が付き合わなきゃいけねぇんだよ。」


「どうせやることないんでしょ?君、友達いなさそうだし。」


「痛いとこ突くなよ……。」


「ははっ、ごめんごめん。」


神楽は悪びれる様子もなく笑う。


「で? どうする?」


「どうするって…どこ行くんだよ。」


「城下町。最近、新しい和菓子屋ができたんだ。そこへ行きたくてね。」


「城下町って何?」


「……それ、本気で言ってる?」


見かねた御影が、そっと時雨の耳元へ口を寄せた。


「城下町とは、商人や職人が集まる町のことでございます。」


「アウトレットみたいなもんか?」


「あうと……れっと?」


神楽が首を傾げる。


「いや、こっちの話。…まぁ、暇だし行ってもいいぞ。」


「本当?」


その言葉に、神楽の表情がぱっと明るくなる。


「じゃあ、さっそく行こう!」


神楽はすぐに立ち上がり、玄関へ向かおうとした。

御影も当然のように二人の後ろへ付こうとする。

しかし神楽が手を上げて制する。


「あ。君はここに残ってよ。」


「……。」


御影の表情が僅かに険しくなる。


「それは出来ません。」


「朝霧家は少し過保護すぎるよ。何かあれば、僕が守るし。」


「しかし……。」


「まぁいいんじゃねぇか。たまにはお前も休んどけよ。何かあったら走って帰ってくるし。」


「……。」


御影はまだ納得していない。

すると神楽が困ったように笑った。


「いやいや。僕が守るって言ってるんだけど。」


「何で野郎に守られなきゃいけねぇんだよ。」


「彼も野郎の一人だけど?」


「…あぁいえばこういうな、お前。」


時雨は呆れたようにため息をついた。


「ほら。さっさと行くぞ。」


二人は屋敷を出る。

玄関の前には、一台の立派な馬車が止まっていた。

漆黒の車体に、神楽家の家紋が刻まれている。


「これで行くのか?」


「うん。」


神楽は自分で扉を開け、時雨へ手を向けた。


「さぁ、乗って。」


「…姫扱いやめろ。」


時雨は神楽の手をスルーし、馬車へ乗り込んだ。その向かいへ神楽も腰を下ろす。

外では御影が静かに一礼していた。


「お気を付けて、若様。」


「あぁ。じゃあな。」


御者が手綱を鳴らす。

馬がゆっくりと歩き始め、やがて速度を上げる。

ガタゴトと心地よい揺れが馬車の中へ伝わった。

窓の外には朝霧家の屋敷が少しずつ遠ざかっていく。

そして二人を乗せた馬車は、賑わう城下町へ向けて走り出した。


城下町へ着くと、辺りは人で溢れ返っていた。

威勢のいい呼び込み。

軒先に並ぶ色鮮やかな品々。

焼きたての団子の香りが風に乗って漂う。

城下町の雰囲気に時雨は思わず目を輝かせた。


「おぉ……!なんだこれ!」


目に留まったのは、木で作られた小さなからくり玩具。

歯車を回すと、小さな侍人形が刀を振り、忍び人形が屋根を飛び移る。


「すげぇ!」


夢中になって玩具を眺める時雨に、神楽は思わず笑みをこぼした。


「そんなに珍しい?」


「あぁ。初めて見た!…あっちは何だ?」


「ふふ。君は本当に落ち着きがないねぇ。」


時雨は店先に並ぶ透き通った細工へ顔を近付けた。


「綺麗だな、これ。何て名前?」


「ガラス細工だよ。」


「へぇー……。」


陽の光を受けて七色に輝く小さな飾りを、時雨は子どものような顔で見つめる。

だが、その興味も長くは続かなかった。


「あっちから美味そうな匂いがする。行こう!」


「ちょっ…朝霧くん!」


神楽が止めるより早く、時雨は人混みへ飛び込んでいく。


「待って!」


神楽は慌てて後を追う。

焼き団子の店を覗いたかと思えば、今度は忍具屋。

忍具屋を出たかと思えば、隣の和菓子屋。

和菓子屋を出れば、今度は玩具屋へ…。


「これ何だ?」

「おぉ! すげぇ!」

「こんなの初めて見た!」


次から次へと店を渡り歩いては、ハイテンションになっていく。

その姿は、まるで初めて祭りへ来た子どものようだった。

神楽は思わず笑みを零す。


「城下町に初めて来た訳じゃないだろう…?」


聞きたいことは山ほどある。

どうして急に人が変わったのか。

どうして術が使えるようになったのか。


だが――。


「おーい!早く来いよ!」


「…今日はいいか。今行くよー。」


今はただ、この無邪気に城下町を楽しむ時雨を見ていようと思った。

休憩を挟みながら城下町を歩いていると、時雨はふと足を止めた。


「なぁなぁ。」


「ん?どうしたんだい?」


「あいつに何か買って帰りたいんだけど。」

 

「あいつって…もしかして君の付き人くんかい?」


「うん。いつも世話になってるし、ちょうどあいつの監視もないから今のうちに何か買いたいなって。」


「うーん…実用的な物なら喜ぶんじゃないかな。」


「実用的?」


「例えば……手ぬぐいとか。忍びって汗も拭くし、包みとしても使うし、怪我をした時には応急処置にも使えるし…。何枚あっても困らない物だしね。」


「なるほど…。」

 

「まぁ、君から貰った物なら何でも喜んでくれると思うよ。」


「そうか。じゃあ手ぬぐいにする!」


神楽の案内で、二人は手ぬぐいを扱う店へ足を運んだ。

棚には様々な柄が並んでいる。


「これは派手すぎるか……。」

「あいつのイメージは黒だけど…うーん。」

「なんだこの柄は……。」


真剣な表情で一枚一枚見比べる時雨を見て、神楽は不思議そうにただ見ていた。

ただの付き人に、手ぬぐい一枚でそこまで悩むものなのかと。


「そんなに悩む…?」


「当たり前だろー?毎日使う物なんだし。」


しばらく色んな手ぬぐいを眺めていたが、ようやく決まったのか一枚の手ぬぐいを神楽へ見せた。


「これにする!」


それは鮮やかな黄色の手ぬぐいだった。

明るく、少し目を引く色。

神楽はそれを見て、少しだけ首を傾げる。


「良い色だけど…君の付き人には、少し合わなさそうな色じゃない?」


御影はいつも黒装束に身を包んでおり、表情もほとんど変わらない。

そんな彼が黄色の手ぬぐいを持っている姿は、確かに少し想像しづらい。

しかし、時雨は迷うことなく答えた。


「いいんだよ。俺の好きな色だから。」


そう言って笑う。


「それにさ、あいついっつも黒ばっかりだから、たまにはこういう色も持ってていいだろ?」


「なるほど…。その考えは素敵だね。じゃあ、それにしよう。」


時雨は満足そうに頷いた。

そして手ぬぐいを購入し、店を出る。

時雨は満足そうに袋を眺めていた。


「さて…そろそろ僕の行きたい店に行ってもいいかな?」


「あ。」


時雨はそこでようやく気付いた。

本来の目的は、神楽へのお礼だ。

なのに気付けば、自分の行きたい場所ばかり回っている。


「ご、ごめん!!」


「いや、謝らなくていいよ。君の新しい一面を知れたから、僕としては良かったし。」


そう言って、神楽は優しく微笑んだあと、

ぽん。と優しく時雨の頭に手を乗せた。


「……。」


あまりの自然な行動に、時雨は一瞬固まってしまう。


「お前…それ、女子にやるなよ。」


「え?なんで?」


「なんでって…普通に勘違いされるぞ。」


「?」


「その反応も含めてだよ……。」


神楽は本気で分かっていない顔をしながら、首を傾げている。


「この天然タラシが……。」


「天然?それは褒めてるの?」


「褒めてるわけねぇだろ。」


そんな会話をしながら、二人は神楽の目的の店へ向かって歩いていく。

城下町の賑やかな通り。

神楽のことはまだ警戒しているが、時雨がこの世界へ来てから、初めて心から楽しめる休日なのは確かだ。


「ほら、これ被ってみてよ。」


「うわっ!何これ。キツネ?」


キツネのお面を被らされ、何故か神楽は楽しそうに笑っている。


「ふふ。意外と似合うね。じゃあ次はこれとかどう?」


「…店に行くんじゃなかったのかよ。」


されるがままの時雨に、満足そうにお面を付け替えている。


「兄上?」


――その時、背後から女の子の声がした。

時雨が振り返るとそこに立っていたのは――。


(見たことねぇ女子だな。)


整った顔立ちに涼しげな瞳。

上品な立ち振る舞いは、どこか神楽に似ていた。

長い愛色は綺麗に整えられ、後ろ手に一本で結ばれている。そして淡い色の着物がその雰囲気によく似合っていた。


(誰だ?俺の知り合いか?それとも…神楽の彼女とかか?)


時雨がそんなことを考えていると、隣にいた神楽が口を開いた。


「……こんなところで何をしている。澪。」



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