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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第十五話 二年一組 朝霧 時雨

♢♢♢


「この前の抜き打ちテストを返すぞー。」


教師が教壇に立ち、答案用紙の束を手にした途端、教室中から一斉にため息が漏れた。

名前の通り、先日抜き打ちで行われたテストだ。

ほとんどの生徒が勉強する時間もなく臨んだため、点数は散々だった。


「田中ー。」


「はい…。」


「お前、もう少し頑張れよな。」


苦笑いしながら答案を受け取る田中に、時折笑い声が上がる。

そして教師は次の答案を手に取った。


「次…朝霧ー。」


「はい。」


時雨はすっと立ち上がり、教壇へ向かう。

答案と時雨を交互に見た教師は、小さく頷いている。


「よく頑張ったな。最近のお前、勉強にも身が入っているみたいで先生は嬉しいぞ。」


「…ありがとうございます。」


短く答え答案を受け取ると、そのまま自分の席へ戻った。

あの朝霧が褒められた…?と、誰もが時雨の点数を気にし、答案を持った手元を覗いている。


「……。」


二年一組 朝霧時雨。

いつもなら一問正解していれば良い方で、基本は赤点だ。

だが今回は違う。

答案用紙には赤い丸が並び、減点された箇所はほんのわずか。


「え……。」

「嘘だろ……。」

「朝霧が……?」


小さなざわめきが教室中へ広がる。

だが、時雨本人は周囲の反応など気にも留めず、自分の点数を眺めていた。


(意外と解けた…。)


内心ほっと胸を撫で下ろす。

その様子を、陽斗と雫は何も言わず見つめていた。

二人とも声を掛けることはない。

ただ静かに、"朝霧時雨"の変化を確かめるように、その横顔を見つめ続けていた。


キーンコーンカーンコーン…


昼休みを告げるチャイムが鳴ると、途端に教室は賑やかな空気へと変わった。

時雨は鞄からラップに包まれた塩おにぎりを取り出す。


「時雨。」


頭上から声が聞こえ、手が止まる。

顔を上げると、陽斗が真剣な表情で立っていた。


「ちょっといいか?」


「…ご飯食べ終わってからでもいい?」


「いや…悪いけど今すぐ来てほしい。」


「……分かった。」


塩おにぎりを鞄へ戻し、席を立つ。

最初は敬語を使っていたが、周りのクラスメイトたちは誰一人敬語を使っていなかった。

そのことに気がついてからは、時雨もタメ口をつかうようになったのだ。


陽斗と共に廊下を抜け、渡り廊下を渡る。

連れて来られた場所は体育館だった。


(体育館 ?なぜ…。)


疑問を抱えながら中へ入ると、すでに二人の男子生徒が待っていた。

その姿を見た瞬間、時雨は頭の中の引き出しをあける。

スマホの写真フォルダ――


(確か…一学年上の藤原光輝と、一学年下の水谷奏汰。部活関連の人間だったかな。)


この世界へ来てから、時雨は毎日勉強を続けていた。

教科書だけではない。

スマホに残っていた写真や連絡先で、クラスメイトの顔と名前を確認した。

この辺りの地図も調べに調べた。

この世界で不自然に思われないよう、時間の許す限り頭へ叩き込んだ。

だからこそ…初めて会う相手でも、名前くらいなら分かる。


「悪いな。急に呼び出して。」


そう言って頭を下げたのは、先輩の藤原光輝だった。


「いえ。それで…僕に何か?」


その一言に、藤原と水谷が顔を見合わせる。

そして今度は後輩の水谷が口を開いた。


「時雨先輩、一人称って『僕』でしたっけ?」


「…変えたんだ。」


一瞬だけ言葉に詰まるが、なんとか自然に返せた。

水谷はあまり納得していなさそうに、「そうですか…」と頷いているが。

そして再び藤原が一歩前へ出てきた。


「ここに呼び出したのは、俺が時雨と話がしたかったからだよ。三年が教室に行くと、みんな驚いちゃうだろ?」


「理由は分かりました。それで…僕に何か言いたいことでも?」


少しの沈黙が流れる。

藤原は困ったように笑い、ゆっくりと口を開いた。


「……なんで部活、辞めたんだ?」


何を聞かれるかは、正直わかっていた。

いきなり部活を辞めたのだ。理由ぐらい知りたいだろう。


「成績が良くありませんし…なにより、僕は運動神経が悪いので。」


「そんなこと…分かりきってバスケ部に入ったんだろ?なのに今更……。」


「今更…でも、僕が辞めて困ることなんてないでしょう?」


「何言ってんの。あるから時雨を呼んだんでしょ。」


即答だった。

思ってもいなかった返事に、時雨は目を丸くする。


「確かに時雨は、バスケが飛び抜けて上手いわけじゃない。よく転ぶし、シュートも外す。」


思い出したのか、藤原は苦笑しながら言う。


「でも、お前がいるだけでチームは明るくなるんだ。空気が変わるんだよ。」


「……。」


「それに、お前が後輩へ積極的に話しかけてくれたから、輪に入れなかった一年も自然と馴染めたんだぞ?」


藤原のその言葉に、水谷が勢いよく頷く。


「そうですよ!俺、入部したばっかりの頃、一人でめちゃくちゃ心細かったんすよ!でも、時雨先輩が『こっち来いよ!』って笑って呼んでくれて。そのおかげで、今こうして三年生とも普通に話せるようになったんっすよ!」


「……そう、ですか。」

(驚いたな。)


僕は…あの世界で家族にしか愛されていなかった。

友達も、婚約者も…。

誰かに必要とされた記憶なんてない。

だけど、この世界の朝霧時雨は違った。

勉強はできなくても、運動が苦手でも。

人を笑わせ、人を繋ぎ、人に必要とされていた。


(彼は…皆から愛されていたんだな。)


その事実を知った瞬間、僕は少しだけ…この世界にいた"朝霧時雨"が羨ましいと思った。


「だから先輩、戻ってきてくださいよ!また、一緒にバスケやりましょう!」


「もう…退部届は受理されたから無理だ。」


「それなら、まだ受理されてねぇぞ。」


「は!?」


陽斗が横から割り込んで、想像もしていなかった事実を伝えてきた。

そして陽斗はどこから出したのか、一枚の紙をひらりと揺らす。

…見覚えのある紙だ。


「それ…。」


時雨の表情が変わる。

それは紛れもなく、自分が提出した退部届だ。


「顧問の先生から預かってる。まだハンコは押してないってさ。」


「何を勝手に……!」


思わず時雨の声が強くなる。


「相談もせず、勝手に辞めたのはそっちだろ?お互い様だよ。」


「……。」


その時、藤原が申し訳なさそうに口を開いた。


「勝手なことをしてごめん。でも、バスケ部には時雨が必要なんだよ。」


「そんなこと…。」


「無理に今すぐ戻れとは言わない。次の期末テストが終わってからでもいいから。」


「……。」


「だからさ…考えておいてくれないか?」


優しく微笑む藤原の目を見ていられなかった。

やがて小さく拳を握ると、三人に背を向ける。

そして――駆け出した。


「あっ、おい!」


陽斗が慌てて後を追う。

時雨は体育館を飛び出し、廊下を駆け抜けた。


「時雨!!!」


「!」


追いついた陽斗が時雨の手首を掴む。


「お前が俺から逃げ切るとか…ありえねぇだろ。」


「………。」


「退部届の件はごめん。でも俺ー…」


「あなたが思う朝霧時雨は……。」


「え?」


時雨は陽斗の言葉を遮ると、ゆっくりと振り返った。


「どんな人物ですか?」


「いきなり何だよ…。」


「いいから。答えて。」


陽斗は少し考え、照れくさそうに頭を掻きながら答えてくれた。


「えぇ…。お前は…馬鹿で能天気で。少し喧嘩っ早いところはあるけど、絶対に弱い者いじめはしなくて…。」


「……。」


「よく笑うし、よく食べるし…。それで運動音痴なくせに動くのは大好きで。俺の……親友だ。」


「……そうですか。」


時雨は目を閉じ、小さく息を吐く。


「僕とは……正反対だな。」


ぽつりと漏れたその言葉に、陽斗は眉をひそめた。


「そりゃ……怪しまれる。」


「時雨……?」


その時だった。

時雨は陽斗ではなく、その後ろへ視線を向ける。


「それで?先程から盗み聞きして、何か用ですか?」


「……!」


物陰から肩を震わせた雫が、そろりと姿を現した。


「え?雫!?いつから…。」


「ご、ごめん…。心配で来ちゃった…。」


雫が最初から尾行していたことに、陽斗はまったく気付いておらず、とても驚いている。

それとは対照的に、時雨は冷静な目で雫を見ていた。


(忍なら失格だな…。)

「朝霧時雨がどれだけ必要とされているか…よく分かった。」


「は?何言ってんだ、お前。」


時雨の意味不明な言葉に、陽斗は眉をひそめる。


「今の僕は…君たちが知っている朝霧時雨とは、随分違うと思う。」


少し間を置いて、静かに続けた。


「でも……これが本来の僕だから。」


「……。」


陽斗も雫も、言葉を失う。

意味が分からない。

目の前にいるのは確かに時雨なのに、話している相手はまるで別人のようだ。

その様子に、雫は不安そうな表情で一歩時雨に近づく。


「時雨?どうしたの…?何かあった?」


そっと伸ばした手。

その手が時雨の肩へ触れようとした、その瞬間――。


パシッ。


時雨は反射的に、雫の手を払い除けた。


「……っ。」


雫は驚き、目を見開いて固まっている。

そこへすかさず、陽斗が雫を庇う。


「おい!時雨!雫に何して――!」


時雨は陽斗の言葉を無視し、自分の手を見る。

今まで近づいてきた人達は悪意ある者ばかり。

彼女はただ心配で手を伸ばしてきただけなのに。

心を閉ざしている時雨には、雫の気持ちさえも疑ってしまい、思わずその手を拒否してしまった。


「……昼休みが終わる。もう教室に戻るよ。」


それだけ言い残し、時雨は踵を返した。

振り返ることなく、その場を去っていく。

残された陽斗と雫は、追い掛けることができなかった。

追い掛けても、何を言えばいいのか分からない。

目の前にいたのは、自分たちの知っている朝霧時雨ではない。

同じ顔。同じ声。

なのに、中身だけが別人になってしまったようだった。


第十六話は、3日19時半頃更新予定です。

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