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魂が入れ替わった俺は、忍として生きることになった  作者: 茅ヶ崎 真
初めまして。忍びの世界。

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第十三話 月城先生からは逃げられない

♢♢♢


放課後。


授業の終わりを告げる鐘が鳴り響き、生徒たちは思い思いに教室を後にしていく。


『朝霧…。授業が終わったら、職員室へ来なさい。』

『話があるからだ。いいな?』


授業中、月城に言われた言葉だ。当然、時雨も覚えている。

――だが。


「よしっ!」


時雨は、職員室と反対方向に全力で駆け出していた。


――そう。逃げているのである。


(職員室なんか行ったら絶対問い詰められる!)


後のことは考えていない。とにかく今なんとか逃げないと。

廊下を走りながら後ろをちらりと振り返る。

…月城が追ってくる気配はない。


(このまま校門まで行けば――…)


「いでっ!!」


ゴンッ、と鈍い音が響く。

額に激しい衝撃が走り、時雨は思わず顔を押さえた。


「いっ……たぁ……。」


「大丈夫?」


穏やかな声が頭上から降ってきた。

どうやら男子生徒とぶつかったみたいだ。


「ちゃんと前を見て歩かないと危ないよ。」


「あぁ…わりぃ…!?」


両手で額を抑えながら顔を上げると、男子生徒の顔が見えた。


「お前っ……!!」


そこに立っていたのは神楽だった。

整った顔立ちに爽やかな笑み。そしてスラリとした長身。

廊下を歩く女子生徒たちは神楽を見つけるなり、頬を赤く染めて小声ではしゃぎ始めている。


(コイツ無駄に顔が良いせいか…腹立つな。)


理不尽な理由だが、時雨は少しだけ相手を睨みつける。

あまり睨みが聞いていないのか、神楽は苦笑しながら時雨の顔を覗き込んだ。


「思い切り顔をぶつけたみたいだけど…あぁ、やっぱり赤くなってる。」


「ばっ!見るな!触るな!ってか、二度と近付くなって言っただろ!」


「近付いてきたのは朝霧くんじゃないか。僕は普通に歩いていただけだよ。」


「んなわけ……!!」


時雨は少し考えた。


(……確かに。ぶつかったの俺か…。)


よく良く考えれば、前を見ず廊下を走っていたのは事実だ。時雨は気まずそうに頭を掻く。


「それは……悪かった。お前は怪我してないか?」


神楽は一瞬きょとんとした表情を浮かべると、くすりと笑った。


「ははっ。大丈夫。僕は何ともないよ。」


そう言って制服についた埃を軽く払う。


「相変わらず君は面白いね。」


「…なんも面白いこと言ってないんだが。」


「それより、だいぶ急いでたみたいだけど…どこへ行くつもりだったの?」


「……。」


時雨は思わず視線を逸らす。


「いや…早く家に帰ろうと…」


「職員室へ呼ばれていたんじゃないの?」


「っ!」


図星だ。


「もしかして…月城先生から逃げようとしてたの?」


「ち、違っ……!」


目の前の時雨がアタフタする姿を見て、神楽は思わず吹き出した。


「はははっ!ごめんね。あまりに分かりやすいから。」


「…悪かったな。」


「馬鹿にしてないよ。可愛いなぁと思っただけで。」


「男に可愛いって言うなよ…。」


神楽はひとしきり笑うと、ようやく息を整えた。


「それで?今日は何をやらかしたの?」


「何もしてねぇよ……。ただ、歴史の問題が分からなくて呼び出しくらっただけ。」


「……歴史?」


時雨の言葉に、神楽は思わず聞き返した。


「君が…?本当に?」


「うん。」


「僕が唯一、一位を取れなかった科目なのに?」


「……え?」


時雨は目をぱちくりさせる。


「俺、歴史一位だったの?」


「……忘れたの?」


「いや、その……。」


しまった、と時雨は内心で舌を打つ。


(また余計なこと言った……!)


「そうだった、そうだった。俺、一位だったわ、うん。」


苦笑いを浮かべながら誤魔化す。

神楽はどこか腑に落ちない様子だったが、それ以上は追及しなかった。


「ちなみに、どんな問題だったの?」


時雨は天井を見上げ、思い出すように口を開く。


「えーっと……。五大遁術がどうとか、その歴史がどうとか。」


「え…。」


「初代五家が何とかって言ってた気がするな。」


神楽は驚いているのだろうが、それだけでなく少し引いている。


「そんな…当たり前の事も忘れるなんて、本当に珍しいね。」


「そうなのか?俺からしたら、初めて聞く話だったからなぁ…。」


「ん?」


「いや、何でもない。」


また危うく本音が漏れそうになり、時雨は慌てて話を切り上げた。


「じゃあ俺は行くから。とにかくもう関わるなよ!!」


神楽に文句を言いながら、ゆっくり門の方向へ歩いていく。

それを見た神楽は何故かクスッと笑っている。


「朝霧くん…ちゃんと前を見て歩く癖をつけた方がいいよ?」


「……え?何て──」


「どこへ行く気だ。」


低く落ち着いた声が頭上から聞こえてきた。

時雨の肩がぴくりと震える。

声の主はだいたい検討がつく。

時雨は恐る恐る振り返った。


「つ……つきしろ……。」


月城は腕を組み、じっと時雨を見下ろしていた。


「月城“先生”だろう、朝霧…。」


「あ……すみませ…。」


「なかなか来ないと思えば…どこへ行こうとしていた。」


「あぁ…まぁ…そのー…」


「職員室は反対方向だろう。」


「いや、あの……。」


時雨は視線を泳がせる。

何か言い訳を考えようとするが、一つも思い浮かばない。

完全に追い詰められたその時、神楽が口を挟んできた。


「実は僕が朝霧くんを呼び止めてしまったんです。昨日の決闘の件で少し話をしていて…。」


「え?」

(なんでこいつ…。)


「彼を引き止めたのは僕です。月城先生、申し訳ありませんでした。」


「朝霧…それは本当か?」


「まぁ…はぁ…」


「朝霧くんは、今から先生のところへ向かうところでした。そうだよね?」


「う…うん…。」

(俺を庇ってる?)


月城は二人を見比べた後、渋々納得した様子で口を開いた。


「事情は分かった。じゃあ朝霧、今度こそ職員室へ来なさい。」


「……はい。」


時雨は観念し、月城の後ろへついていく。


「またね。朝霧くん。」


ニコニコしながら、時雨に向かって手を振っている。

その姿はまるで王子さながらだ。


「またねじゃなくて、さようならだろうが…。」


強く言いたいところだが、助けてくれた礼もある為小さく呟いた。

神楽は聞こえているのか聞こえていないのか、時雨の言葉には何も返事をしなかった。

職員室へ入ると月城は自分の机へ向かい、椅子へ腰を下ろした。


「そこへ座りなさい。」


「はい……。」


時雨は横の空いている椅子に腰掛けた。

職員室には数人の教師がいたが、二人の様子を気にしながらも仕事を続けていた。

月城は腕を組み、静かに口を開く。


「……何の話かは分かるな?」


「歴史の授業…ですよね?」


「分かっているなら説明しなさい。あんな基礎問題…誰でも答えられるはずだぞ。」


月城の強い視線に耐えきれず、時雨は思わず目を逸らす。


「いやぁ…昨日、術を使った反動で記憶が吹き飛んだのかなぁ……なんて。」


乾いた笑いを浮かべると、月城は深いため息をついた。


「誤魔化すな。」


「……。」


時雨は頭を掻きながら視線を泳がせた。

何かうまい言い訳はないかと必死に考える。

だが、時雨の頭では何も思い付かない。


「先ほどのように、助け舟は来ないぞ。」


月城は静かに言った。

時雨は思わず顔を上げ目を合わせる。


「……え。」


「神楽が庇ってくれたことくらい、見れば分かる。」


(バレてんのかーい!!)


心の中で盛大にツッコミを入れる。

神楽の名演技も、月城の前では通用していなかったらしい。

時雨は観念したように深く息を吐いた。


「その…本当に何も覚えてなくて…。」


「覚えてない…?」


「はい…。綺麗に記憶が抜け落ちたと言いますか…その代わり、術が使えるようになったと言いますか…。」

(間違ってはないだろ…。うん。)


「意味の分からんことを言うな。」


「ですよねー…。」


月城は深いため息をついた。

やはり納得していないのだろう。


(……もう本当のこと言っちまうか?『別の世界から来ましたー!』って。……いや、絶対信じてもらえねぇよな。それどころか余計に質問攻めにされるだろうし…。)


時雨が頭を抱えていると、月城は机の引き出しを開け、一枚の紙を取り出した。


「これを見なさい。」


机の上へ置かれた紙を見て、時雨は目を丸くする。


「これ……俺が書いた反省文?」


「そうだ。」


月城は呆れたように反省文を指で叩いた。


「この字。読めたものじゃないぞ。」


時雨は紙を手に取り、自分の字を見つめる。


「……そんなに?」


「あぁ。それに内容も酷い。」


「そこまで言わなくても……。」


そして月城はもう一枚、机の引き出しから紙を取り出した。


「これは覚えているか?」


時雨は受け取り、首を傾げる。


「何これ……誰の?」


「お前のだろう。以前、提出した課題だ。」


時雨は再度、紙へ視線を落とした。

そこに並んでいた文字は――。

先ほどの反省文とはまるで別人だった。

癖の少ない整った字。読みやすく、美しい筆跡。

時雨は反省文と見比べる…が、どう見ても同じ人間が書いた字には見えなかった。


「これはお前が試験前日に提出した課題だ。それが、たった一日でここまで字が崩れるものか?」


時雨は二枚の紙を交互に見つめる。

…ふと思い出した。


(そういえば…あいつが書いた日記の字も綺麗だったな。)


「試験の日からだ。お前は人が変わったようになった。」


時雨の心臓が一つ大きく脈打つ。


「今まで私に対して、お前が敬語を外したことは一度もない。それに、一人称も『俺』ではない。『僕』だったはずだ。」


その言葉に時雨は引きつった笑みを浮かべる。

額から冷や汗が滲み出てきた。


「……そう、でしたかね?」


「担任を舐めるな。」


「…。」


「口調。歩き方。態度。文字…。どれを取っても以前のお前とは違う。まるで…。」


「まるで……?」


「中身だけ、別人と入れ替わったようだ。」


(……バレてる。)


その一言で、時雨の背筋に冷たいものが走った。

月城の真剣な眼差しからは逃げられない。


(…もう無理だ。面倒なことになるけど……全部話すしかない。)


時雨が覚悟を決め、ゆっくりと口を開こうとした――その時だった。


ぞくり。

どこからか気配を感じる。

時雨が気付くより先に、月城がその気配を感じ取っていた。

反射的に椅子を蹴って立ち上がり、素早く構えを取りながら振り返る。

月城の背後に、一人の人影が静かに立っていた。


「あなたは…。」


月城は目を見開いて固まる。

黒装束に身を包んだ青年は、いつものように静かに一礼した。


「若様、お迎えに上がりました。」


その一言で、時雨は思わず肩の力が抜けた。

そう。時雨の付き人、御影だ。


「お前かよ…。びっくりした…。」



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