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第8話 禁断の恋、七歳児暗殺、そして暴君雄略

今回は古事記下巻のドロドロ部分です。

兄弟トラブル、禁断の恋、心中、七歳児による暗殺、暴君の登場。

神々より人間のほうが怖い、といういつもの残念な結論に近づいてきました。


第五章 ~ 履中・反正・允恭 ~ 兄弟トラブルは続くよどこまでも ~


仁徳天皇の崩御後、息子たちの時代が来る。


第十七代・履中天皇りちゅうの即位前、弟の墨江中王スミノエノナカツミコが兄を殺そうとした。


宴会中に暗殺を試みたが、失敗して逃げる履中天皇。馬に乗って逃走中、泥酔していたのでフラフラである。


「お前、大丈夫か。酔っ払ってるだろ」と馬に言われた――かどうかは知らないが、なんとか逃げおおせた。


別の弟が墨江中王を殺し、履中天皇は無事即位。


第十八代・反正天皇はんぜいは、「生まれたとき歯が一枚の骨のようだった」という、歯科学的に気になるエピソードだけ残して去った。


記述の薄さは欠史八代を彷彿とさせる。


第六章 ~ 允恭天皇 ~ 禁断の恋、古事記ドロドロ編クライマックス ~


第十九代・允恭天皇いんぎょうの時代。ここが下巻のドラマのピークである。


允恭天皇には衣通郎女ソトオリノイラツメという妃がいた。


その名の通り「美しさが衣を通して輝く」と言われた絶世の美女である。


だが問題があった。


衣通郎女は、皇后・忍坂大中津比売オシサカノオオナカツヒメの妹だった。


つまり天皇は姉妹丼をキメていたわけだ。


皇后はどう思っていたか。


答え:めちゃくちゃ嫌がっていた。


允恭天皇は皇后の手前、衣通郎女を宮殿から遠くに住まわせた。


しかし会いに行く頻度が尋常ではなかった。夜中に馬を飛ばして通い詰め、朝帰り。


近隣の民が「またか」と思うレベルの通い妻っぷりだった。


衣通郎女は切ない歌を詠んだ。


愛する人が来る夜は、道端の草まで嬉しそうに揺れて見える――そんな内容の歌。


允恭天皇も返歌を詠んだ。


古事記の中でも屈指の美しい恋歌のやりとりである。


……やってることは不倫の逢瀬なんだけど。


第七章 ~ 木梨之軽太子 ~ 古事記最大のタブー ~


允恭天皇の崩御後、皇太子の木梨之軽太子キナシノカルノヒツギノミコに最悪のスキャンダルが発覚した。


同母妹の軽大郎女カルノオオイラツメと恋愛関係にあった。


実の姉弟(もしくは兄妹)で恋仲。


古事記はこれを明確に「禁忌」として描いている。古代日本は異母兄弟姉妹の結婚はOKだったが、同母は完全にアウトだった。


群臣たちは軽太子を見限り、弟の穴穂命(アナホ、後の安康天皇)を支持した。


軽太子は捕らえられ、伊予(愛媛)に流された。


軽大郎女は兄を追って伊予に渡った。


二人は再会し、互いに歌を詠み交わし――


共に死んだ。


心中である。


古事記はこの二人の歌を丁寧に記録している。禁忌を犯した二人を断罪しつつも、その情念と悲しみを歌の形で永遠に残した。


古事記、容赦なく人間を描く。


第八章 ~ 安康天皇 ~ 歴代最速で殺される天皇 ~


第二十代・安康天皇あんこう


この天皇のエピソードは短い。だが濃い。


安康天皇は弟の大長谷王子(オオハツセ、後の雄略天皇)のために、嫁探しをしていた。いい兄貴である。


ところが仲介の過程で、ある豪族を殺してしまった。政治的トラブルである。


その後、安康天皇は皇后の連れ子である目弱王マヨワを膝の上に乗せて可愛がっていた。


そのとき、うっかりこう言った。


「そういえば、お前の本当の父親は俺が殺したんだよな」


膝に乗せてる子供に向かって言うセリフではない。


七歳の目弱王は、天皇が寝ている隙に首を斬った。


七歳児に暗殺される天皇。


古事記に記される安康天皇のエピソードは、ほぼこれだけである。即位して、失言して、殺された。


教訓:口は災いの元。


第九章 ~ 雄略天皇(前編) ~ 暴君の幕開け ~


安康天皇を殺した目弱王を討つため、弟の大長谷王子オオハツセが立ち上がった。


まず、兄たちに協力を求めた。


黒日子王クロヒコ白日子王シロヒコの兄弟に「一緒に仇を討とう」と声をかけたが、二人はビビって動かなかった。


大長谷王子はこう言った。


「使えないな」


二人を殺した。


味方を殺すな。


次に、目弱王を匿った豪族・都夫良意美ツブライオミの屋敷に攻め込み、火を放った。目弱王と都夫良意美は死亡。


こうして仇討ちは完了したが、大長谷王子には即位前にまだ障害があった。


従兄弟の市辺之忍歯王イチノベノオシハの存在である。


大長谷王子は「一緒に狩りに行こう」と誘い出し、鹿を射るふりをしてオシハを射殺した。


狩りで人を狩る。


残虐ここに極まれり。だが大長谷王子は即位した。


第二十一代・雄略天皇ゆうりゃく


古事記における彼の評価は複雑だ。暴虐の限りを尽くしたが、同時に古事記で最も「人間的」に描かれた天皇でもある。


第十章 ~ 雄略天皇(後編) ~ 暴君なのに、なぜか憎めない ~


雄略天皇のエピソードは豊富で、しかもキャラが立っている。


エピソード1:求婚の際に人を殺す


美しい若日下部王ワカクサカベに求婚しに行く道中、部下が失言した。


「あの方のお屋敷は天皇の宮殿と同じくらい立派ですな」


天皇に比肩するという発言に雄略天皇はブチギレ、部下を斬った。


プロポーズに行く途中で人を斬る男。


しかも若日下部王は普通に承諾して結婚している。ワイルドが好みだったのだろうか。


エピソード2:一言主神との遭遇


葛城山で狩りをしていたとき、向こうの山に自分と全く同じ格好の行列が見えた。


「おい、この大和に俺以外の王はいないはずだ! 名を名乗れ!」


相手が答えた。


一言主神ヒトコトヌシ。善も悪も一言で決する神である」


雄略天皇は驚き――素直に平伏した。


「これは失礼しました、神様でしたか」


弓や刀、家臣の衣服まで献上して、恭しく見送った。


人間には暴虐。神には従順。 妙にリアルな権力者像である。


エピソード3:赤猪子の悲劇


若き日の雄略天皇が、美しい乙女・赤猪子アカイコに声をかけた。


「後で迎えをやるから待っていろ」


赤猪子は待った。


待って、待って、待ち続けた。


八十年。


八十年後、白髪のおばあさんになった赤猪子が宮殿にやってきた。


「あの……お迎え、まだでしょうか」


雄略天皇は驚愕した。


「えっ……あ、あーーー! ごめん、忘れてた!!」


八十年忘れてた。


さすがに申し訳なく思った天皇は歌を詠み、多くの贈り物をして赤猪子を帰した。


赤猪子は泣きながら帰ったという。嬉し泣きか悲し泣きかは、古事記は書いていない。


たぶん両方だろう。


この話は古事記の中でも特に切ない。暴君が垣間見せる人間味と、それによってかえって浮き彫りになる残酷さ。


古事記は一行も「雄略天皇はひどい」とは書かない。ただ事実を並べて、読者に考えさせる。


千三百年前の文学、恐るべし。


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