第9話 牛飼いの皇子、継体天皇、そして古事記完結
最終話です。
失われた皇子たちが帰還し、皇統は途絶えかけ、継体天皇でギリギリつながり、推古天皇で古事記は静かに終わります。
派手な大団円ではありません。人間の記録らしく、急に筆が止まります。
第十一章 ~ 清寧・顕宗・仁賢 ~ 失われた皇子たちの帰還 ~
雄略天皇の崩御後、第二十二代・清寧天皇が即位した。
この天皇は生まれつき白髪だった。それ以外に特筆すべきエピソードは少ない。
だが清寧天皇の時代に、重大な発見があった。
かつて雄略天皇(当時まだ王子)が殺した市辺之忍歯王の息子二人、億計王と弘計王が生きていた。
二人は身分を隠し、播磨の国で牛飼いとして暮らしていた。
ある日、地元の宴会で弟のヲケが酔った勢いで身分を明かした。
「実は俺たち、天皇の血筋なんだよね」
酔って最大の秘密をバラす。
清寧天皇は跡継ぎがいなかったため、二人は都に迎えられた。
そして兄弟で皇位を譲り合った。
「兄上が先にどうぞ」
「いや弟が先に」
また譲り合い。この一族の持病。
今回は弟のヲケが先に即位した。第二十三代・顕宗天皇である。
顕宗天皇の在位中、弟は父の仇を討とうとした。雄略天皇の墓を暴こうとしたのだ。
だが兄のオケが止めた。
「墓を壊せば、我々も同じ野蛮人になる。隅を少し削るだけにしよう」
大人の対応。
顕宗天皇は短命で崩御し、兄が即位。第二十四代・仁賢天皇。
牛飼いから天皇へ。古事記屈指のシンデレラストーリーだが、この兄弟が一番まともな人格者だったのが皮肉である。
第十二章 ~ 武烈天皇 ~ 古事記が記録を拒否した暴君 ~
仁賢天皇の息子、第二十五代・武烈天皇。
日本書紀では「妊婦の腹を裂いた」「人の爪を剥いで芋を掘らせた」「人を木に登らせて射殺した」などの暴虐が記録されている。
だが古事記は?
ほぼ何も書いていない。
系譜だけ。事績なし。
古事記の編纂者・太安万侶の「……書きたくない」という無言の抵抗が感じられる。
あるいは「書いたら色々まずい」という政治的判断か。
いずれにせよ、武烈天皇には跡継ぎがなかった。
ここで天皇の直系が途絶えかける。
第十三章 ~ 継体天皇 ~ 血統ギリギリの大逆転即位 ~
跡継ぎがいない。
群臣たちは大慌てで皇族の血を引く人物を探した。
見つかったのが男大迹王。越前(福井)にいた。
応神天皇の五世の孫。つまり本家から五代も離れた傍流である。
血縁としてはかなり遠い。 現代で言えば「はとこの息子の息子」みたいなものだ。
だが他にいない。
男大迹王は即位した。第二十六代・継体天皇。
歴史学者の間では「本当に皇統は繋がっているのか? 実は王朝交代だったのでは?」と今でも議論されている。
古事記はそのへんの事情を淡々と系譜で処理した。
「細かいことは気にするな」 という古事記のスタンスが光る。
第十四章 ~ 安閑・宣化・欽明 ~ 加速するダイジェスト ~
ここから古事記の記述はどんどん薄くなる。
第二十七代・安閑天皇:即位した。以上。
第二十八代・宣化天皇:即位した。以上。
「欠史八代」の再来か?
だが実はこのあたり、実際の歴史では大事件が連発していた。仏教の公伝、蘇我氏と物部氏の対立、百済との外交……。
ただ古事記は神話と天皇の系譜を語る書であり、政治史は日本書紀に任せるスタンスだった。
第二十九代・欽明天皇。この天皇の時代に仏教が正式に伝来したとされるが、古事記はその話をほぼスルーしている。
「仏教? まあうちは神様の話だし」
という態度が清々しい。
第十五章 ~ 推古天皇 ~ 古事記、静かに幕を閉じる ~
古事記の記述は第三十三代・推古天皇で終わる。
日本初の女性天皇。摂政は聖徳太子(厩戸皇子)。
……なのだが、古事記はここでもあっさりしている。
聖徳太子の十七条憲法も、遣隋使も、冠位十二階も、一切書いていない。
「推古天皇が天下を治めた」
以上。
えっ。
それだけ?
古事記はあくまで「神々の時代から天皇の系譜を繋ぐ物語」であり、個々の天皇の政策や功績を記録する歴史書ではなかった。
それは日本書紀の仕事。
古事記は、神話を語り、歌を詠み、人間の愛と憎しみと滑稽さを記録する――そういう書物だった。
だから最後は、静かに終わる。
ドラマチックな幕切れも、大団円もない。
系譜が推古天皇に至り、筆が止まる。
それだけだ。
エピローグ ~ 古事記とは何だったのか ~
全三巻を振り返ろう。
上巻では、神々がノリと勢いで世界を作り、喧嘩し、引きこもり、ストリップで解決し、大蛇を酔わせて斬り、ウサギを助け、おばあちゃんが孫を地上に送り込んだ。
中巻では、顔で嫁を選んだせいで人類の寿命が縮まり、釣り針一本で兄弟関係が壊れ、「見るな」は相変わらず守れず、初代天皇がカラスに道案内され、最強の英雄は父に愛されず白鳥になり、妊婦が軍を率いて海を渡った。
下巻では、聖帝が恋愛方面で最低だとバレ、禁断の恋と心中があり、七歳児が天皇を殺し、暴君が八十年約束を忘れ、牛飼いが天皇になり、血統ギリギリで王朝が繋がり、最後はあっさり終わった。
めちゃくちゃである。
だが、このめちゃくちゃさこそが古事記の魅力だ。
古事記は「正しい歴史」を書こうとした本ではない。
神々と人間の物語を書こうとした本だ。
だからこそ、千三百年を経た今でも面白い。
神様がうんこで怒られる話も、英雄が白鳥になる話も、皇后の嫉妬も、暴君のうっかりも、すべてが「人間とはこういうものだ」という観察に満ちている。
最後に、この物語を口伝えした語り部・稗田阿礼と、それを文字に起こした太安万侶に敬意を表したい。
稗田阿礼は驚異的な記憶力で膨大な神話と系譜を暗記し、太安万侶はそれを漢字で――しかも日本語の音を漢字で表すという離れ業で――書き記した。
二人がいなければ、この物語は永遠に失われていた。
古事記。
日本最古の「ラノベ」は、こうして完結する。
――下巻・完――
――古事記・完――
あとがき的な何か
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございます。
古事記の原文はもっと淡々としており、ギャグ要素は筆者が盛大に盛りました。
もし「原文も読んでみたい」と思った方は、ぜひ現代語訳の古事記を手に取ってみてください。
角川ソフィア文庫の現代語訳や、学研の漫画版などがおすすめです。
なお、本作における歴史的事実の正確性については、古事記自体が「神話」と「伝承」の書であるため、
学術的な厳密さよりも物語としての面白さを優先しています。ご了承ください。
――神々と英雄と、ちょっとダメな天皇たちに、乾杯。




