第7話 仁徳天皇、聖帝と最低夫の二刀流
古事記下巻開始です。
神話と英雄譚の空気は薄れ、ここからは人間関係のドロドロが濃くなります。
まずは仁徳天皇。民には聖帝、恋愛方面では災害です。人間、評価軸を変えると急に面倒になります。
プロローグ ~ 神話は終わり、昼ドラが始まる ~
上巻は神々のドタバタコメディだった。
中巻は英雄たちの冒険譚だった。
下巻は――昼ドラである。
神の血が薄まるにつれ、天皇たちの物語は「超常的な冒険」から「めちゃくちゃ生々しい人間関係のもつれ」にシフトしていく。
嫉妬、不倫、兄弟殺し、禁断の恋、そしてたまに挟まる聖人エピソード。
古事記の編纂者・太安万侶も、たぶん途中から「これ、書いていいのか……?」と思っていたに違いない。
さあ、最後の巻を開こう。
第一章 ~ 仁徳天皇即位前夜 ~ 兄弟で皇位を譲り合って片方が死ぬ ~
応神天皇の後継者は、末っ子の宇遅能和紀郎子に決まっていた。
だが応神天皇が崩御すると、長男の大山守命が反乱を起こした。
「末っ子が天皇? ふざけるな!」
兄としての気持ちはわからなくもないが、反乱は失敗。船で攻めてきたところを川に落とされて溺死した。
この一族、水攻めが好きすぎる。
反乱は鎮圧されたが、ここからが謎の展開になる。
ウヂノワキイラツコは兄の大雀命(オオサザキ、後の仁徳天皇)に言った。
「兄上が天皇になってください」
「いやいや、父上はお前を指名したんだから、お前がなれ」
「いえいえ兄上こそ」
「いやいやいやいや」
日本人の「どうぞどうぞ」精神の原点。
この譲り合いが三年間続いた。
三年である。国にトップが三年間いない。行政は止まり、民は困惑した。
ついにウヂノワキイラツコが決断した。
「兄上に譲るために、私は身を引きます」
自害した。
譲り合いの末に死亡。
こうして大雀命が即位。第十六代・仁徳天皇の誕生である。
――その代償は、あまりにも重かった。
第二章 ~ 民のかまど ~ 聖帝伝説、ここに始まる ~
仁徳天皇は、ある日高台から国を見渡した。
民家の竈から煙が上がっていない。
「飯を炊く煙がないということは……民が貧しいということだ」
仁徳天皇は宣言した。
「三年間、すべての税と労役を免除する」
当時としては前代未聞の決断である。
結果、宮殿はボロボロになった。屋根は雨漏りし、壁は崩れた。
それでも天皇は修繕を命じなかった。
三年後。再び高台に登ると、あちこちの竈から煙が立ち上っていた。
「民の竈が賑わっている。朕は富んだ」
自分の宮殿はボロボロなのに「富んだ」と言い切る。
これが「聖帝」仁徳天皇の伝説である。
後の世で何度も語り継がれ、「理想の君主像」として讃えられることになる。
……が、古事記はここで終わらない。
この聖帝には、もう一つの顔があった。
第三章 ~ 磐之媛 ~ 古事記最強の嫉妬の皇后 ~
仁徳天皇の皇后は磐之媛命。
先に言っておく。
この人は古事記で最も「嫉妬」という感情を体現したキャラクターである。
最推し皇后か最恐皇后かは、読む人の立場による。
問題は、仁徳天皇がとんでもない浮気性だったことだ。
まず八田若郎女に言い寄った。
磐之媛が留守にしている隙を狙ってである。
紀伊の国に公務で出かけていた磐之媛は、船で帰る途中にこの噂を聞いた。
ブチギレた。
船に積んでいた献上品の柏の葉を全部海に投げ捨てた。
「あんな男に持って帰るものなどない!!」
海にゴミを捨てるな、とかいうツッコミは受け付けない勢い。
そして宮殿に帰らず、大和の山の麓に別居した。
仁徳天皇は慌てて歌を詠んで使者を送った。
「帰ってきてくれ」
磐之媛の返事は明確だった。
「嫌」
拒否。
天皇はなおも歌を贈り続けたが、磐之媛はガン無視。ついに別居先で崩御した。一度も宮殿に戻らなかった。
怒りの貫徹力がすごい。
民に対しては聖帝。妻に対しては最低夫。この二面性こそが仁徳天皇の人間くささであり、古事記が単なる「偉人伝」ではない証拠でもある。
第四章 ~ 仁徳天皇の恋愛遍歴 ~ 懲りないにも程がある ~
磐之媛の死後、仁徳天皇はどうしたか。
反省した?
しなかった。
待ってましたとばかりに八田若郎女を皇后にした。
さらに女鳥王にも求婚した。
しかし女鳥王は天皇の息子・速総別王と恋仲だった。
女鳥王はハヤブサワケに言った。
「あの天皇ジジイ、うちら二人で倒そう」
クーデターの誘い。
ハヤブサワケは乗った。だが計画はバレて、二人とも討たれた。
逃げる途中、女鳥王が着けていた腕輪を追手が奪ったとき、肌に触れた。ハヤブサワケは死ぬ間際にこう嘆いた。
「あの腕輪は妻のものだ。他の男が妻の肌に触れるとは……」
死ぬ瞬間まで嫉妬。夫婦揃ってすさまじい情念である。
仁徳天皇。民には聖帝、恋愛方面では災害。
これが古事記の描く「人間・天皇」のリアリズムだった。




