第28話 ギルマスと魔王、邂逅す
エルトはゲラルドの話を聞くと眉をひそめた。
魔王を打ち滅ぼした今、魔族の行動は沈静化されたと世間では信じられている。
しかし、ルグドアの話を鵜呑みにすると、実のところは、魔王ルグドアが魔力を吸収し統制を掛けていたというのが本当の事で、現在はその統制が解かれ、混乱をきたしているだけに過ぎないというのだ。
ルグドアが搔き集めた魔力はエルトの封印魔法によって霧散したが、魔力を吸収される存在が居なくなった魔族たちはまた魔力を充填してゆくだろう。
このまま放置しておくと、魔族の動きがやがて活発になり、世界の終焉が訪れるとルグドアは言った。
「そう、か……。う~ん。これはやっぱり、アイツの言ってることは本当かもしれないと思わざるを得ないか……」
と、エルトが零す。
「アイツ? 何のことだ、エル。お前、そのダンジョンについて何か心当たりがあるのかよ?」
と、ゲラルドが問いつめる。
ルグドアの言っていることに信憑性が無いとまでは言わないが、ある意味、適当なことを言って自分のとこに転がり込んできただけかもと、そう思わないでもなかった。だが、そんなダンジョンがいきなり出現するなんて、エルトも記憶にないことだ。ルグドアの話が現実味を帯びてきていると、そう思えなくもない。
「ねぇ、ゲラルド。僕たち勇者パーティはもしかしたらとんでもない間違いを犯していたかもしれないって言ったらどうする?」
「間違いだと? どういうことだよ?」
「ルグドアが魔王で、魔族の頭領だと、僕たち初め、世間は皆がそう思っていた。でも、実はルグドアは魔族に抑えを利かせていて、実際は魔族の侵略活動を抑制していたとしたら?」
「なんだと? いや、まてよ? もしそれが事実だとしたら、抑えが無くなった魔族どもは侵略行動を活発化させる――って、おいおい、それはねぇぜ」
そうゲラルドは笑い飛ばした。が、エルトの表情が曇ったままなのを見て、急に不安がよぎる。
「――おい、エル、それ、マジの話なのかよ?」
と、ついにはエルに聞き返した。
「ゲラルド。会ってほしい奴がいるんだけど、今から時間はあるかい?」
と、エルトは意を決して告げた。
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「じゃから、いうたじゃろう。エル、お前はわしの言ったことをまだ信じておらんかったんじゃな?」
と、その少女が言った。
ゲラルドが見たところ、その少女はどう見ても15、6歳ほどに見える。形はまさしく人間の少女だ。ホビット族やエルフ族、ドワーフ族の様な身体的特徴は見られない。
エルに連れられて訪れた部屋の入り口で初めて目にしたその少女が、エルに対して随分と意気軒高に語りかけるさまを見て、ゲラルドは違和感を覚える。
この少女、一体何者なんだ?
そう思ってエルの背中越しに様子を窺っていると、
「――で、そっちのあんちゃんはいったい何者なんだ? 連れてきたってことは、わしに会わせようと思うてのことじゃろう?」
と、こちらに視線を投げてきた。
「あ、ああ、俺はゲラルドだ。君は――」
――何者なんだ? と続けようとしたのを、目の前のエルが遮る。
「ルグドア、だよ。ゲラルド、コイツが魔王ルグドアだ――」
そう静かにエルが言った。
その声色にはいつもの様な軽快さがなく、むしろ沈んだ響きを伴っている。
「は? お前なに言って――」
「エルの言ったことは本当じゃぞ、あんちゃん。わしが魔王ルグドアじゃ」
とその少女ははっきりとゲラルドの方を見てそう言った。
「――まあ、信じろという方が難しいじゃろうが、少し、証拠を見せてやろうか……」
そう言った瞬間だ。
ゲラルドは自分の目を疑った。いや、目じゃない、感覚を、だ。
ゲラルドは急にこの場の空気が重くなったような錯覚にとらわれた。重く背中に何かがのしかかるような感覚――。
これは――、「恐怖」だ。
冷や汗が背中を伝う。額にジワリと汗が浮かぶのも感じる。
「ルグドア! そこまでだ!」
と、エルが叫んだ。
その瞬間、ふぅっと背中の重圧から解放されるのがわかった。
今のが、この少女の仕業だというのなら、コイツはとんでもないバケモノだ――。
ゲラルドは、自分が腰に差している剣の柄に手を掛けていることに気がつく。そうだ、無意識に戦闘態勢を取ろうとしていたのだ。
もし、エルが制しなかったらと思うと、恐ろしくなる。
今感じた重圧は、ゲラルドが実戦冒険者だったころに幾度となく味わったものを圧倒的に凌駕するものだった。
「――おまえ、とんでもねぇな……。危うく剣を抜くところだったぜ?」
と、なんとか踏み止まって声を絞り出す。
「これで少しは信じたかぇ? まあ、全盛期のわしはこんなものではなかったがな?」
と、少女、いや、ルグドアはふっと自嘲気味に笑った。
「エル、お前、こんなのとやって、よく生きて帰ってこれたな? どんだけなんだよ、お前の力って――」
と、ゲラルドは正直この二人の次元の違う圧倒的な「強さ」には一生追いつけないのではなかろうかと、心からそう思った。




