9.ヒロインになれなかった女
水無月 紫視点です。
この世界が、乙女ゲーの世界だと分かったのは、高校に入学してからだった。
というより、高校に入学して前世の記憶が戻ったって言った方が正しいかな。
いきなり頭痛がして倒れかけて記憶が蘇って……ていうお約束パターン。
乙女ゲーの世界ってのもお約束。
そりゃあ、ゲームだって散々遊んだし、ラノベやらWEB小説やら読みまくってたしね。
記憶さえ戻れば心の準備だって一緒に出来るってもんよ。
ま、不満はあった。
もっと早く記憶が戻ってたら、前世の記憶で色々楽が出来たかもしれないとか(主に勉強面で)ね。
でも一番の不満は…………私がモブキャラだってことよ。
ゲームで名前すら出てこない、完全なモブ。
ここはヒロインに転生してヒロイン補正で逆ハー満喫するところでしょう。
ライバルキャラどころか脇役ですらないなんて、あんまりだ。
という至極当然の不満でいっぱいだった私だけど、数日経って考えを改めた。
ヒロインじゃなくたって、傍観者を気取りつつ逆ハーとか、モブが何故かヒロイン蹴落として逆ハーとかいうお話だってあったじゃない。
これは、ヒロインのっとりを目指せばいいんじなゃい。
そうと決まれば、作戦を考えないとね。
ヒロインは転校してくるはずだから、おおまかな作戦は二通り。
ヒロインが来てから、起きる筈のイベントを奪い取る。
もしくは、イベントに頼らずにヒロインが来る前に彼らを落とす。
しばらく考えた結果、ヒロインが来る前に行動を起こすことにした。ヒロイン補正とか入って、イベントを奪い取れなかったら悲しいしね。
幸い、攻略対象者達のデータも、イベントもしっかり覚えてる。だから、好みも、ヒロインを好きになるきっかけも、全部分かる。
前世で、好きでひたすらやりこんだゲームの世界。
私はヒロインじゃなくてモブだけど。記憶があるってことは、私だって十分特別な存在だと思う。
知識を生かして好きにやっていい筈でしょう。
と、いうわけで。
頑張りました!
逆ハーですよ、逆ハー。
好きだって告白されて、自分を選んで欲しいって言われちゃったけど。誰か一人選んじゃったら逆ハーじゃなくなっちゃう。
だから、返事をエンディングの日まで引き伸ばした。それで逆ハーEDになるはずだからね。
それにしても、やっぱり逆ハーっていい。
ゲームだとカラフルだった髪の毛が地味な色にはなってたけど、流石は攻略対象者たち。皆イケメンだし、イケボ。そんな彼らにちやほやされるんだもん、女冥利につきるってもんでしょう。
誰か一人を選ぶなんて勿体無い真似が出来る訳がない。
将来的には、誰か一人を選ぶ必要があるってことは理解してる。一夫一婦制だしね。結婚できるのは一人だけ。やっぱり一番稼ぎがいい人を選ぶべきかな~。
でも逆ハーEDなんだから、きっと誰か一人選んでも他の人も私を好きでいてくれる筈。人妻になってもモテモテだなんて、私ってば罪なオ・ン・ナ。なんてね。
イケメン達にもてまくってる私に対して、勿論やっかみはあったけど、そこらへんはうまく立ち回った。
これでも元社会人。頑張れば結構お子ちゃま達をうまくあしらえた。
そんなハピハピな生活だったけど、やっぱり不安はあるわけ。
そう、もうすぐやってくるヒロインの存在。
今のところ、彼らは私に夢中だけど、ヒロインが来たらどうなるか分からない。
乙女ゲー転生モノだと、ヒロインが魅了使ったり、ヒロイン補正でやたらもてまくったりするじゃない。魅了なんてわけの分からないもの出されたら、こっちは打つ手がないっての。
だからって、彼らをあきらめるつもりは毛頭無い。折角頑張ってゲットした逆ハーなのに、誰が手放すもんですか。
そして、色々な意味で予想外なヒロインがやって来た。
長い髪の、美人。
それは、予想通りだったけど。
ヒロインは笑顔が可愛くてほわほわした雰囲気の天然っ娘だった筈でしょう!?
髪の毛は後ろで無造作に一つに結っている。
姿勢は綺麗だけど、女性らしい柔らかさが無い。胸が控えめなせいもあって、男装したら似合いそうな雰囲気。
口調だってあんな固いものじゃなかった。
どういうこと?
私の知ってるゲームの世界と違うじゃない。
ヒロインが来たら、イベントを潰せばいいと思ってた。バッドエンドなら、誰とも結ばれずに終わるんだから、イベントさえ潰せば自動的にそうなるでしょう?
なのに、なんで。
ヒロインなのにゲーム通りのヒロインじゃないの?
これじゃあ、イベントを潰しても安心出来ない。それどころか、私の知ってるどんなイベントとも違うイベントが発生しちゃうかもしれない。
そして、彼らは私を捨ててヒロインに夢中になっちゃうかもしれない。
あんな、男だか女だか分からないような変な女に。
嫌よ。そんなのは、絶対に嫌。
彼らは私のモノだもの。一人だって渡すもんですか。
考えなくっちゃ。
今のところ、彼らの好みはゲームの設定に沿っているから、あのヒロインは好みじゃないはず。だけど、どこでどう間違って取られちゃうかもしれない。
もっと私に夢中にさせる?
それだけじゃ、安心できない。
だって、私はもともとヒロインじゃない。ゲームの知識で優位に立てただけだもの。もし彼らの心を揺さぶるようなことがあったら……
同じ条件だったら、モブの私より、ヒロインの方が優先される可能性が高い。
彼らがヒロインなんかに見向きもしないようにしないといけない。
そうだ。
ヒロインが嫌われればいいんだ。
嫌われて、軽蔑されるようなことが起きればいい。
ううん。起きればいいじゃない。
そう仕向ければいいのよ。
ようやく、安心できる考えが浮かんだ。
久しぶりにゆっくり眠れそう。
結果、私は。
失敗、した。
私の嘘が、皆にバレた。
皆の私を見る目が冷たくて、怖い。
どうしてそんなに私を責めるの?
私はただ、皆を取られたくなかっただけなのに。
「まずそこが間違いだろう」
ヒロインが言う。
「水無月は誰とも付き合ってはいない。告白の回答を保留し、待たせている時点でお前には彼らに対して何の権利もない。取るも取られるもない。それ以前の問題だ」
淡々と紡がれる言葉。
だって告白の返事をしたら逆ハーEDじゃなくなっちゃうじゃない。私は皆と幸せになりたかったんだから。
そんな私の反論は、否定された。
ヒロインどころか、攻略対象の皆にまで。
「お前と彼らが納得してるんであれば、逆ハーでもハーレムでもなんでも好きにすればいい。世間一般的に認められる形ではないが、それを理解した上での選択であれば、人に迷惑をかけず、法に触れるようなことをしなければいいだろう。どんな結果を迎えようと、お前達が選んだ行動の結果なのだからな」
ヒロインの言葉は、とても静かなのに良く響く。
「だが、違うだろう。彼らは逆ハーとやらを望んでいた訳ではない。お前は彼らを弄んだに等しい」
「弄んでなんていない! 私は真剣に皆が好きだもの!」
それだけは信じて、と続けようとしたけれど、出来無かった。
「では何故、私達に雛月さんを処罰させようとしたんでしょうか」
そう、言われたから。
養護教諭が悲しげに言葉を続ける。
「雛月さんが理事長の姪だと、貴方は言いました。それで威張り散らしたり、いじめをもみ消したりしていると。それが真実であるならば、雛月さんに対して私達が処罰を行おうとすれば、逆に私達が処罰されてもおかしくないことくらい、分かりますね」
私は言葉に詰まった。
だって、そんなこと考えてなかったから。
ヒロインは自分から理事長の姪だと言わなかったし、その立場をふりかざすような真似もしなかった。
だから、ヒロインが理事長に言って彼らを処罰させようとするだなんて、思わなかった。
カメラなんて証拠があるとは思わなかったし、実際に怪我を見せればいくらヒロインが否定したってどうにでも出来ると思ってた。
「生徒は謹慎処分くらいで済むかもしれんが、教師である俺達はそうはいかないだろう。最悪馘首。自主退職を要求されてもおかしくない。なんせ、色に迷って生徒を無実の罪で処罰しようとしたんだからな」
担任の先生が言葉を続けた。
私の行動が、そんな結果を生むなんて考えてもみなかった。
普通に考えれば、それくらい分かる筈なのに。
元社会人で、精神年齢は皆より上で、私は大人だ。
そう思ってた。思ってたけど。
私は彼らを……ううん、皆を見下してたんだ。
ここはゲームの世界で、所詮は皆そのキャラクターだ、と。
だから私は好き勝手してもかまわない、そう思ってたんだ。
「真剣に好きだ、というのなら。相手のことを思い遣るんじゃないのか。お前は自分の事しか考えてないんじゃないか」
ヒロインの言葉が、部屋に響いた。
水無月 紫
ゲーム:モブ。顔も名前も出てこない。
現実:転生者で、ヒロイン乗っ取りを企み、半ば成功していた。
現れたヒロインが予想外のキャラだった為、焦って行動を起こして自滅。
告白を引き伸ばして逆ハーEDを迎えれば、この先ずっと逆ハーが続くと思っていたある意味おめでたい子。
もう少し紫視点で書いていたんですが、反省しないで逆恨みするだけで、イタ過ぎた為、カットしました。