六話 交易品が足りないなら作ってみせる!
母の伊邪那美が亡くなり、姫がこの家の母になると誓ってから五年が過ぎた。
姫は十歳、月読は八歳、末弟の須佐之男も五歳になり、三人とも順調に成長していた。
そんなある日の朝食の席で、姫が突然、思いもよらないことを言い出した。
「父上、楽浪郡に行きたいです」
「楽浪郡……なんで?」
楽浪郡とは、大陸の漢帝国が置いた郡の一つであり、倭国を含む周辺諸国との交易が盛んな土地でもあった。山門壱国から見れば、海を越えた遥か遠い異国である。
「新しい書物が欲しいんです」
「え? 家にある書物では足りないの?」
「まだ読んでいないものも少しありますけれど、もう残り少ないんです」
那岐の家には書室があり、長年にわたって集められた木簡や竹簡が大量に保管されていた。
山門壱国では他に類を見ないほどの蔵書だったが、文字を学び始めて四年になる姫は、その大半を読み終えようとしていたのである。
「そう言われてもなぁ……書物は高価だから、そう簡単には手に入らないよ」
「交易に出せる品がないのですか?」
「食糧はあまり出したくないんだ。まして書物は山門ではほとんど流通していないし、欲しがる人も少ないからね。わざわざ高価な書物を仕入れるのは厳しいかな」
「では、他に交易に使えそうな品はありませんの?」
「そうだねぇ……楽浪郡なら丹土が好まれるかな」
「あの赤い品ですね」
姫が思い出したように頷くと、隣で食事をしていた月読も話に加わった。
「丹土は阿蘇の山の付近で採掘されているのですよね?」
「そうだよ。あの辺りで採れる丹土は交易にも使われているんだ」
「そういえば、奴国への交易でも丹土を使っていましたわね」
「奴国には大陸へ向かう交易船が来るから、そこへ持ち込む方が効率的なんだよ。わざわざ私たちが楽浪郡まで行かなくても、必要な品の多くは手に入るからね」
「でも、奴国にも書物はそれほどありませんでしたわ」
「確かに少なかったですね。私ももっと見てみたかったです」
月読が残念そうに頷くと、那岐は二人を見比べながら苦笑した。
「倭国ではまだ文字が普及していないからね。大陸とは言葉も違うし、文字を扱えるのは交易に関わる人たちなど、ごく一部なんだ。だから書物そのものがほとんど流通していないんだよ」
「でしたら、やはり楽浪郡に行くしかありませんわね」
「うーん……でも、丹土を採掘している人たちにも生活があるからね。私たちが書物を欲しいからといって、その人たちの品を勝手に交易へ回すわけにもいかないんだよ」
「……そうですか」
姫はそれ以上何も言わず、静かに朝食を食べ始めた。
那岐は娘がようやく納得してくれたのだと思い、ほっとした様子で食事に戻ったが、姫の頭の中では、すでに別の考えが浮かび始めていた。
交易に使える丹土が足りないのなら、自分たちで手に入れればよいのではないか。
問題は、どうやって手に入れるかである。
数日後、那岐が邑の集まりに出向いている間、姫は家の物置小屋で何やら探し物をしていた。
積み重ねられた道具を一つずつ確かめていると、姉の様子が気になった月読が顔を覗かせた。
「姉上、何を探しているの?」
「石を採掘できるものがないかなって」
「石を……?」
月読が首を傾げていると、後ろからやってきた須佐之男が物置の奥をごそごそと探り始め、石斧と鉄斧を一本ずつ取り出した。
「姉上、これのことか?」
「それよ! ちょうど二本あるわね」
姫は満足そうに頷くと、さっそく出発の準備を始めた。
「よし、これから行きますわよ!」
「え? どこに?」
「阿蘇の山までよ」
「いく! いく!」
須佐之男は行き先を聞くなり大喜びだったが、月読は事情が飲み込めず、姉と弟を交互に見つめるばかりだった。
「ちょ、ちょっと待ってください。阿蘇って、あの遠い山のことですよね?」
「他にどこがあるのよ。丹土を掘りに行くんだから、当然でしょう?」
「当然じゃありませんよ!」
しかし、姫は弟の抗議など意に介さず、木札に書き置きを残すと、少しばかりの食糧を用意して二人に斧を持たせ、そのまま家を出てしまった。
「重たい……なんで私まで……」
「しっかりしなさいよね。須佐之男なんて軽々と持って楽しそうにしているじゃない」
「おう! 俺はワクワクしているぞー!」
「ひええ……」
姉の行動力に振り回される月読と、何も考えずに楽しんでいる須佐之男。
そんな二人を引き連れ、姫は意気揚々と阿蘇の山を目指して歩き始めた。
その日の夕方、邑の集まりを終えた那岐が家に戻ると、いつもなら賑やかなはずの家が妙に静まり返っていた。
「ただいまー。……あれ? 姫? 月読? 須佐之男?」
返事はない。不思議に思って家の中を見て回ると、目につく場所に一枚の木札が置かれていた。
『家出ではありません。数日で戻ってきます。心配しないでください』
那岐はしばらく木札を見つめ、もう一度最初から読み直した。
「……心配しないでとか、無理だよ……」
しかも、どこへ行ったのか一言も書かれていない。
「姫ぇー! 月読ぃー! 須佐之男ぉー! 行き先くらい書いててくれよぉー!」
誰もいない家に、三人の子供たちの名を呼ぶ那岐の悲痛な声が響き渡った。
姫たちは阿蘇の山を目指して歩き始めた。
山門邑から離れるにつれて道は次第に細くなり、周囲には人家の少ない土地が広がっていた。
「姉上、人里を避けて通るのは危ないので、少し迂回しませんか?」
「うん、そのつもりよ。凶暴な獣が出てきても困るし、できるだけ村の近くを通りましょう」
「獣なんて俺がこの斧でやっつけてやるよ!」
須佐之男は自信満々に斧を掲げた。まだ五歳だというのに、八歳の月読と身長が並ぶほど成長しており、体つきもしっかりしている。
本人は重い斧を持っていることなど少しも苦にしていない様子だったが、姫と月読にとっては長い道のりを歩くだけでも大変だった。
「本当は山門邑の近くを流れる川沿いに進みたかったのだけれど、途中の山が険しそうだったのよね」
「それで、一度南へ向かってから西へ進むのですね」
「そういうこと。それより問題は今夜の宿よ。須佐之男はともかく、私と月読の足では一日で阿蘇まで行くのは無理だもの」
「では、どうするのですか?」
「途中の村に立ち寄って、村長に泊めていただけないか頼んでみましょう」
「でも、それでは父上に居場所が知られてしまいますよ?」
「仕方ないわ。追いつかれる前に丹土を手に入れてしまえばいいのよ!」
姫は当然のように言い切ったが、月読は不安を隠せなかった。
父に黙って家を出ただけでも叱られそうなのに、途中の村にまで迷惑をかけることになる。
それでも姉が一度決めたことを簡単に諦めるはずがないと、これまでの経験からよく知っていた。
日が暮れる前に一行は近くの村へたどり着き、村長の家を訪ねた。
姫が山門邑長の伊邪那岐の娘であると名乗ると、村長は驚いて三人を見比べた。
確かに身なりは整っており、普通の村の子供たちとは違って見える。
何より、長年この国を治めてきた邑長の子供たちを、追い返すわけにはいかなかった。
村長は事情を詳しく尋ねたものの、三人をひとまず家に迎え入れ、夕食を振る舞って寝床まで用意してくれた。
翌朝になれば山門へ送り届けようと考えていたのだが、姫の方もその可能性は十分に承知していた。
「とりあえず泊めていただけたけれど、きっと父上に知らせを送るのでしょうね」
寝床に入ってから月読が心配そうに囁くと、姫は少し考えてから首を振った。
「うーん、知らせを送るより、直接連れて帰ろうとする可能性の方が高いかもしれないわ」
「それでは、どうするのですか?」
「捕まる前に逃げるわよ。村長たちが起きる前に出発しましょう」
「……やっぱり、そうなるのですね」
月読はため息をついたが、姫はすでに翌朝の出発のことで頭がいっぱいだった。
そして翌朝、空が白み始めると、姫はまだ眠たそうな月読を起こし、須佐之男とともに荷物をまとめた。
三人は世話になった村長の家をそっと抜け出すと、誰にも見つからないうちに村を離れ、再び阿蘇の山を目指して歩き始めるのだった。
村長たちが目を覚ますと、泊めていたはずの三人の子供たちが姿を消していた。
慌てて家の中や村の周辺を探し回ったものの見つからず、邑長の子供たちを預かっていた責任もあって、急ぎ山門へ知らせを送ることになった。
知らせを受けた那岐は、すぐに子供たちの行き先に見当をつけた。
数日前、姫が楽浪郡へ行くための交易品として丹土を欲しがっていたことを思い出したのである。
おそらく阿蘇の山へ向かったのだろう。
那岐は人目につかない場所で妖気を放つと、空へ舞い上がり、子供たちが進んでいると思われる方角へ急いだ。
ほどなくして三人の姿を見つけたが、すぐに声をかけることはせず、少し離れた場所に降り立って様子をうかがうことにした。
連れ戻すだけなら簡単だった。しかし、あれほど書物を欲しがっていた姫が、弟たちまで連れて家を飛び出したのである。
子供たちなりに考え、必死になって行動しているのだろう。
無理に連れ戻すよりも、まずは何をしようとしているのか見届けてやりたかった。
もちろん、危険が迫ればすぐに助けるつもりである。那岐は三人に気づかれないよう、しばらく後を追うことにした。
「あそこの村長の家の人たち、朝が弱くて助かったわ。誰も起きてこなかったんだもの」
「今頃は大騒ぎでしょうね。きっと父上にも知らせを送っているはずです」
「だったら急がないと。追いつかれる前に丹土を手に入れるわよ!」
姫は二人を急かしながら歩き続けた。最初は南へ向かい、途中で川を見つけると、今度は西に進路を変えて阿蘇の山を目指した。
山門の邑から直接向かう道は険しい山地を通らなければならないため、多少遠回りになっても、人里から大きく離れずに進める道を選んだのである。
そのおかげで道中は比較的穏やかで、危険な獣に遭遇することもなかった。
「獣と出くわさなかったのは幸いでしたね。須佐之男が斧を振り回し始めたら、どうしようかと思っていました」
「なんだよ、俺がやっつけてやるのに!」
「だから、それが心配なのです……」
月読が疲れた顔で答えると、姫は呆れながらも周囲の山々へ目を向けた。
「でも、ここからは山に近づくから、獣が出てくるかもしれないわね」
「それなら、山の麓で村を探しませんか? 日が暮れる前に宿を確保しておきたいです」
「村はないわ。でも、丹土を採掘している集落ならあるはずよ」
「そこまで調べていたのですか?」
「当然でしょう。丹土を掘りに行くのに、採掘している場所を知らないでどうするのよ」
「……それもそうですね」
月読は納得したものの、姉の行動力には改めて呆れるしかなかった。
十歳の姉は、思い立ったら何としてでも実行しようとする。しかも今回は、自分だけでなく弟二人まで巻き込んでいるのだから始末が悪い。
それでも三人は歩みを止めず、山の麓へと向かった。そして日が暮れる前に、どうにか目的の集落へたどり着くことができた。
遠くから三人を見守っていた那岐は、子供たちが無事に集落へ入っていくのを確認すると、ようやく安堵の息をついた。
「……まったく、姫は誰に似たんだろうね」
困ったように微笑んだ那岐は、ひとまず山門へ戻ることにした。子供たちがどこにいるのかは分かったのだから、今すぐ連れ戻す必要はないだろう。
ただ、姫が無事に丹土を手に入れられるかどうかは、また別の話であった。
姫たちは丹土の採掘を行っている集落の長を訪ね、事情を説明することにした。
三人の身なりから、それなりの家柄の子供たちであることは見て取れたが、山門邑長の子供だと名乗られた長は、さすがに驚きを隠せなかった。
いくら幼い子供とはいえ、邑長の家族である以上、無下に扱うわけにもいかず、まずは話を聞くことにした。
「交易に使える丹土を掘らせてほしいです」
「ああ、丹土か。しかしね、ここは私たちの土地で、余所の者には掘らせない決まりなんだよ。私たちは丹土を採掘し、それを交易に出すことで暮らしを立てているからね」
「少しでいいんです。交易でどうしても手に入れたいものがあるんです」
「それは何だね?」
「書物です! 父上の家にあるものだけでは、もう足りないんです!」
長は思わず姫の顔を見つめた。わざわざ幼い弟たちを連れて山奥までやってきた理由が書物とは、何とも変わった娘である。
それにしても、この子供たちをどうしたものか。山門邑までは距離があり、送り届けるだけでも二日はかかる。
ひとまず次の丹土を積んだ船便で邑長へ知らせを送り、迎えが来るまで預かるのがよさそうだが、その間も大人しくしているとは思えなかった。
「書物というのは、異国の文字が書かれているものかい?」
「はい! 何百年も前の人たちが得た知識まで学べる、とても大切なものですわ!」
姫は目を輝かせながら答えた。そのあまりにも真剣な様子に、長はしばらく考え込んだ末、小さくため息をついた。
「……よかろう。あなたたちが自分で掘る分については、好きにするといい」
「ありがとうございます!」
姫は嬉しそうに頭を下げたが、長としては迎えが来るまでの数日間、採掘を体験させる程度のつもりだった。
何しろ相手は十歳の少女と、その幼い弟二人である。慣れない採掘作業では、どれほど頑張ったところで大した量は掘れないだろう。
そう考えていた長は、この三人の中に、とんでもない怪力を持つ五歳児がいることなど、知る由もなかった。
滞在中、姫たちは集落の長の家で世話になることになった。
翌朝、さっそく採掘に取りかかろうとした三人だったが、持参した石斧と鉄斧を見た長は、不思議そうに首を傾げた。
「その道具で採掘するつもりか?」
「ええ……これでは駄目でしたか?」
「駄目というわけではないが、随分と掘りにくいだろうな。ほれ、そこにある道具を貸してあげるから、それを使いなさい」
長が指し示したのは、姫たちが持参した斧とは刃の形状が異なる道具だった。
「木を切る斧と丹土を掘る斧では、適した形が違うのだよ。掘り出した石は、石杵で細かく砕いてから石臼で挽くといい」
「なるほど。用途に合わせて道具の形まで変えているのですね。興味深いです」
月読が感心したように道具を眺める横で、姫は嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます! さっそく使わせていただきますわ!」
「うんうん、頑張ってみることだ」
長は微笑ましそうに三人を見送ったが、まさかこの小さな子供たちが、あれほど大量の丹土を掘り出すことになるとは思ってもいなかった。
採掘場に着くと、姫はさっそく道具を手に取り、赤い土の混じる岩場を掘り始めた。
須佐之男も嬉々として作業に加わったが、月読だけは早々に息を切らし、重たい道具を握りしめたまま悲鳴を上げていた。
「だから……なんで私も掘らないと……はぁ、はぁ……いけないのですか……」
「男の子でしょう? しっかりしなさい! まだ始めたばかりじゃないの」
「姉上は……人使いが荒すぎます……」
その横では、須佐之男が五歳とは思えない力を発揮していた。
「姉上ー! これでいいのか?」
ドガッ! ドガッ!
須佐之男が力任せに道具を振るうたび、赤い石が次々と割れていく。
姫が苦労して掘り出した量を、須佐之男はあっという間に上回ってしまった。
「そうよ、その調子! 須佐之男はこういう時、本当に頼りになりますわ!」
「おう! 任せとけ!」
「ひえええ……」
月読は自分の掘ったわずかな石と、須佐之男の足元に積み上がっていく大量の石を見比べ、ますます情けない声を漏らした。
やがて掘り出した石を集落へ運び込むと、今度は石杵で細かく砕く作業が始まった。
ここでも須佐之男の怪力は存分に発揮され、楽しそうな掛け声とともに赤い石が次々と砕かれていった。
「どりゃー!」
「おお……すごい子だのう。力だけはとんでもないわい」
様子を見に来た長も、須佐之男の働きぶりには目を丸くした。
しかし、砕いた石をさらに細かくする石臼の作業になると、今度は月読が苦戦することになった。
重たい石臼は思うように回らず、両手で必死に押しても、わずかに動くばかりだった。
「う、動かない……なんで回らないの……」
「月読、ほら! 作業が止まってしまうじゃない。もっと力を入れて、早く!」
「姉上の鬼……」
「何か言いました?」
「なんでもありません……!」
一方の須佐之男は、石を砕くことも、重たい石臼を回すことも、まるで遊びのように楽しんでいた。
「俺は楽しいぞ! もっと持ってこいよ!」
「須佐之男……少しは兄を手伝おうという気にならないのですか……」
「兄上も頑張れよ!」
「ひどい……」
こうして採掘から粉砕、石臼での加工まで、三人の丹土作りは順調に進んでいった。
もっとも、順調だと思っているのは姫と須佐之男だけで、月読にとっては苦行以外の何物でもなかった。
その働きぶりを眺めていた長は、須佐之男が次々と石を砕く姿に感心し、思わず呟いた。
「それにしても、この子は我らの一族に欲しいのう。こんなに働いてくれるなら、丹土がいくらでも採れそうだ」
五歳の須佐之男が、採掘を生業とする集落の長にまで欲しがられるほどの働きを見せる一方、月読は今日も石臼の前で悲鳴を上げているのだった。
数日後、姫たちの手元には十分すぎるほどの丹土が集まっていた。
ちょうどその頃、川を遡って集落へ向かう一艘の船があった。船を操っていたのは伊邪那岐で、積み荷には少量の穀物と、大量の干物をはじめとする海の幸が積まれていた。
集落に到着した那岐は、まず長のもとを訪ね、子供たちを世話してくれた礼を述べた。
「子供たちがご迷惑をお掛けしました。少ないのですが、お礼としてこちらを受け取っていただけませんか」
「これはありがたい。山の暮らしでは海の幸は貴重ですからな。それに、こんなに沢山……こちらこそ感謝いたします」
長は積み荷を見て顔をほころばせ、快く礼の品を受け取った。
一方、父がやってきたことで姫は少しばかり居心地が悪くなり、先ほどから落ち着かない様子であった。
「姫」
「……なんですか」
「今度からは私も一緒に行くから、勝手に出掛けないでくれないかな……」
叱られるものと覚悟していた姫は、思いがけない父の言葉に顔を上げた。
「反対しないのですか?」
「反対したら、また黙って飛び出してしまうのでしょ?」
「……そんなことしませんわ……たぶん」
最後の一言を小さな声で付け加える姫に、那岐は困ったように微笑むしかなかった。
そこへ須佐之男が、誇らしげな顔で駆け寄ってきた。
「父上! 見てくれ、この丹土の量! これだけ採ってきたんだぜ!」
「すごいなぁ……こんなに沢山採れたの?」
「おう! 俺、いっぱい掘ったんだぜ!」
得意満面の須佐之男とは対照的に、月読は疲れ切った顔でため息をついた。
「私はもう、斧と石臼はしばらく見たくありません……」
「あはは、月読も頑張ったんだね」
那岐は笑いながら二人の頭を優しく撫でてやった。須佐之男は嬉しそうに胸を張り、月読もようやく苦労が報われたとばかりに表情を緩めた。
本来なら、親に黙って遠出したことを厳しく叱るべきなのだろう。
しかも、まだ幼い弟たちまで連れ出したのである。何事もなく済んだとはいえ、危険な行動であったことに変わりはない。
しかし、子供たちなりに考え、慣れない土地まで足を運び、実際に丹土を手に入れた努力も認めてやりたかった。
那岐はひとまず叱ることを控え、三人が成し遂げたことを褒めることにした。
やがて採掘した丹土を船に積み込み、一行は川を下って帰路に就いた。
船の中でも姫は手に入れた丹土を満足そうに眺め、須佐之男は採掘の武勇伝を語り、月読はもう二度と石臼を回したくないとぼやいていた。
そんな子供たちの姿を眺めながら、那岐はこれからどうしたものかと頭を悩ませていた。
姫の向学心と行動力は喜ばしい。月読も姉に付き合いながら懸命に学び、須佐之男に至っては五歳とは思えないほどの力を発揮している。
だが、だからといって、今回のような無茶を繰り返されては困る。
子供たちの意思を尊重しながら、どうやって危険な行動を思いとどまらせればよいのか。
那岐にとって、なかなか難しい問題であった。




