十五話 女が王になって何が悪いの!
官僚機構の整備と常備軍の創設を終え、それぞれがようやく軌道に乗り始めた頃、税と法を管理する官僚たちから、看過できない報告が持ち込まれた。
ある村の長が、十年以上にわたって国に納めるべき税の一部を横領していた疑いがあるという。
しかも、昨年から始まった税制改革によって徴税と納税の管理が厳格化されると、これまでのように横領ができなくなったため、失った私的な利益を確保しようと、村の住民から新たな税を徴収していたのである。
「それは本当ですか?」
報告を受けた那岐は、信じられないといった様子で管理官たちを見つめた。
「はい。村の住民から不当な徴税について訴えがあり、調査を進めるうちに、過去の横領についても疑惑が浮かび上がりました」
「証拠はあるのでしょうか? 住民からの訴えだけで、村長の不正と決めつけるわけにはまいりませんわ」
傍らで話を聞いていた日巫女が尋ねると、税の管理官は調査の内容を説明した。
「所有者が明らかでない倉を複数確認しております。また、長年にわたって税の徴収に関わってきた者や、新たな税を徴収された住民からも証言を得ております。ただし、倉の中身までは確認できておりません」
「なんてことを……」
那岐は沈痛な面持ちで呟いた。長年、村の暮らしを任せてきた人物が、民から預かった税を私物化し、さらに、その利益を失わないために住民へ新たな負担を強いていたかもしれないのだ。
一方の日巫女は、感情を表に出すことなく法の管理官へ視線を向けた。
「仮に報告が事実であった場合、どのような刑罰が相当するのでしょうか?」
「横領した量や期間によって異なりますが、今回の疑惑がすべて事実であれば、流罪、あるいは死刑に相当するものと考えられます」
「もう少し刑を軽くすることはできないものだろうか?」
那岐が思わず口を挟むと、法の管理官は慎重に言葉を選びながら答えた。
「邑長様のお気持ちは理解いたします。しかし、国に納めるべき税を横領する行為は、通常の窃盗よりも重い罪として定められております。労役によって償わせる刑もございますが、これほど長期に及ぶ不正であれば、軽い処罰では済まされますまい」
管理官は一度言葉を区切り、さらに続けた。
「加えて、この法は日巫女様が一年以上前に定め、各村へ繰り返し周知してきたものです。村長という立場にありながら、知らなかったという弁明も通用いたしません」
那岐は返す言葉を失った。人を裁くことを好まない彼にとって、長年国を支えてきた村長の一人が重罪に問われるという事態は、あまりにも痛ましいものだった。
だが、日巫女の判断は早かった。
「では、常備兵を現地へ派遣してください。村長の身柄を確保するとともに、疑惑のある倉を押さえ、中身を詳しく調べるのです。関係者から改めて事情を聴き、横領を裏付ける物証も確保してください」
日巫女は管理官たちを見渡し、はっきりと言い添えた。
「疑いだけで罪人と決めつけることは許しません。ですが、事実であるなら、村長という地位を理由に見逃すこともありませんわ」
村へ送り込まれたのは、山門邑で新たに編成された常備兵たちであった。
これまで山門壱国では、戦や災害が起きるたびに各村から人手を集めて対応してきた。
しかし、日巫女が創設した常備軍は、平時から山門邑の命令に従って行動する武装集団であり、各村長の指揮下にはない兵たちであった。
「な、なんだ!? 何の騒ぎだ!」
突然現れた兵たちに村長は驚き、事情を問いただそうとしたが、同行していた法の管理官から税の横領と不当徴収に関する嫌疑を告げられると、たちまち顔色を変えた。
身柄を拘束された村長は山門邑へ連行され、その間に兵たちは問題となっていた倉を押さえ、保管されていた穀物や交易品などを次々と確認していった。
そこには長年にわたって蓄えられたと思われる大量の物資が残されており、村の収穫量や過去の納税記録を照合するにつれて、国へ納めるべき税の一部が密かに横領されていた疑いは、ますます濃厚になっていった。
取り調べを受けた村長は、当初こそ一貫して無罪を主張していたものの、十人を超える村民の証言に加え、倉から発見された物資や納税記録との矛盾を一つずつ突きつけられると、ついには不正の事実を認めるに至った。
横領は少なくとも十年以上に及んでいた。
これまで発覚しなかったのは、各村の税を管理する権限が村長自身に委ねられ、その取り扱いを外部から詳しく調べる仕組みがなかったためである。
村長はその立場を利用して国へ納める税の一部を密かに自分のものとし、長年にわたって私腹を肥やしてきたのだった。
ところが、前年の日巫女による税制改革によって徴税と納税の管理が厳格化されると、それまでのような横領はできなくなった。
本来なら、そこで不正は終わるはずだった。
しかし、村長は長年にわたって得てきた私的な利益を手放そうとはしなかったのである。
国の税を横領できないのであれば、別の名目で民から徴収すればよい。
そう考えた村長は、今度は村の運営に必要な費用だと称して新たな税を課し、集めた物資を自分の懐へ収めるようになったのだ。
国へ納めるべき税は正しく納めながら、その一方で村民から余分に取り立てて、自分の利益を確保する。
日巫女の改革によって従来の横領を封じられた村長は、別の方法で民の財を奪うことを選んだのである。
しかし、村民たちにしてみれば、国へ納める税が減ったわけでもないのに、突然新たな負担が加わったことになる。
その理不尽な徴収に不満を募らせた住民たちが山門邑へ訴え出たことで、現在の不正だけでなく、十年以上に及ぶ横領まで明るみに出ることとなった。
日巫女は、通常の犯罪については法の管理官に判断と処罰を任せていたが、司法を行政から独立させていたわけではなかった。
とりわけ今回のように、統治を任されていた村長が国の税を横領した重大な事件については、自ら最終的な裁決を下す方針であった。
すべての報告を受けた日巫女は、横領の期間と規模、村民への被害、そして制定された法に照らして罪状を確認したうえで、村長を流罪に処することを決定した。
すなわち、山門壱国からの永久追放である。
その罪状であれば死刑も認められていたが、日巫女が必要としていたのは、むやみに人の命を奪うことではなかった。
長であろうと法を犯せば裁かれるという前例を作り、国の秩序を明確に示すことこそが重要だったのである。
処罰が決まると、不当に追加徴収された税は調査記録に基づいて村民へ返還され、長年の横領によって蓄えられていた物資と、それを保管していた倉は山門壱国の管理下へ接収された。
村長が私腹を肥やすために奪い続けてきた財産は、こうして本来の国と民のために用いられることになったのである。
この一件は、山門壱国全土に大きな衝撃を与えた。
各地の長たちを驚かせたのは、何よりも日巫女の対応の早さと厳格さであった。
これまで山門邑が各村の内情に深く介入することは少なく、村長は自分の土地における統治の大部分を任されてきた。
しかし今回、山門邑は独自の判断で兵を動かし、不正を摘発して村長を裁いてみせたのである。
しかも、税と法を管理する官僚から、命令を実行するための常備兵に至るまで、そのすべてが日巫女の指揮下に置かれていた。
従来の邑長である那岐は、各村の長たちが合議によって決めた方針を承認する立場にあったが、日巫女はその合議を経ることなく、法に基づいて各村へ直接権限を行使できるようになっていた。
これは山門壱国の長い歴史の中でも大きな変化であり、国を動かす実権が、すでに父から娘へと移りつつあることを意味していた。
長たちの間には、若い巫女に対する警戒と恐れが広がっていった。
一方、村民たちの受け止め方は、まったく異なっていた。
それまで村の長には逆らえず、泣き寝入りするしかなかった者たちにとって、奪われた財が返され、不正を働いた村長が地位を失ったことは、何よりも心強い出来事であった。
身分や地位にかかわらず、同じ法によって裁かれる。
言葉にすれば当たり前のことであっても、それを国中で実現するのは容易ではない。
日巫女は制度を整えるだけでなく、実際に運用し、その成果を民の前に示してみせたのである。
やがて人々の間では、邑長の娘である日巫女こそ、次の国の主にふさわしいのではないかという声が聞かれるようになった。
伊邪那岐は長年にわたり、自ら田を耕し、災害に苦しむ人々を救い、民と苦楽をともにすることで信頼を築いてきた。
一方の日巫女は、法と制度を通じて民を守り、誰が国を治めようとも秩序が保たれる仕組みを作ろうとしていた。
父とは異なる統治のあり方が、少しずつ人々に受け入れられ始めていたのである。
こうした民の支持は、村長たちが集まる会議にも影響を及ぼした。日巫女の提案を軽々しく退ける者は減り、その発言には以前にも増して重みが生まれていた。
もはや誰も、彼女を邑長の威光に頼って会議に参加しているだけの小娘とは見なせなくなっていたのである。
そして、国を動かすための基盤を築き上げた日巫女は、ついに最後の一歩を踏み出す決意を固めた。
それは、父から国の主の座を受け継ぐだけではない。
山門壱国の長い歴史の中で、誰一人として名乗ったことのない地位を、自らの手で生み出すための決断であった。
夜も更け、家の中が静まり返った頃、日巫女は父の寝所を訪れた。
幼い頃から何かと理由をつけては父の寝床に潜り込み、甘えることを繰り返してきた日巫女だったが、今夜は違った。
那岐の傍らに腰を下ろすと、衣の裾を整え、改まった様子で座を正したのである。
「父上、お話があります」
「うん? どうしたんだい、そんなに改まって。大事な話かな?」
いつもと変わらぬ穏やかな声に、日巫女は一度だけ息を整え、まっすぐに父を見つめた。
「父上、私に家督をお譲りください。そして、山門壱国に王位を設け、私がその最初の王となることをお認めいただきたいのです」
那岐は思いがけない申し出に目を瞬かせた。
娘が自分の後継者を目指していることは以前から知っていたし、そのために努力を重ねてきた姿も見守ってきた。しかし、邑長の座を継ぐだけでなく、新たに王位まで設けようとは考えていなかった。
「邑長ではなく、王になりたいのかい?」
「はい。これから私が成し遂げようとしていることには、邑長という立場では足りません。山門壱国を一つの国として導く、明確な王位が必要なのです」
「そうか……でも、女性で、しかも王となると……本当に大丈夫だろうか」
那岐が心配そうに眉を寄せると、日巫女はすかさず身を乗り出した。
「女が王になって何が悪いのでしょうか!」
「いや、悪いとは言っていないよ。心配なだけだよ。何より姫自身が、大変な苦労をすることになると思うんだ」
「私は諦めません。まだ、やらなければならないことがあるのです。そのためにも、どうしても王位が必要なのですわ」
那岐はしばらく娘の顔を見つめていた。
五歳の頃、母を亡くして泣くことさえ我慢し、二人の弟の面倒を見ようと必死になっていた少女が、今では税と法を整え、国の政を動かすまでに成長している。
その娘が、今度は王になりたいという。
しかし、これほどまでに強く王位を求める理由を、那岐はまだ聞かされていなかった。
「……姫は、王になって何をしたいんだい?」
その問いを待っていたかのように、日巫女は背筋を伸ばした。
父の跡を継ぎたいというだけではない。山門壱国を豊かにするだけでもない。ずっと胸の内で育ててきた、誰にも打ち明けたことのない大きな望みがあった。
日巫女は那岐の瞳をまっすぐに見据え、迷うことなく言い放った。
「倭の統一です!」
あまりにも壮大な答えに、那岐は言葉を失った。
この夜、日巫女は初めて、自らの目指す倭国統一という大望を父に明かしたのである。




