みつきの血
彼女は心電図中
「検査用採血以外の予定など、ない!!」
秋露はそれだけを叫んで、第一検査室の中に飛び込んでいった。
「みつき!!」
「ひゃいっ?!」
秋露の叫ぶような呼び声に、驚いておかしな返事をしたみつきの声が確かに聞こえた。
どうやら、最悪の事態なんかは起こっていない様子だ。
内心、ほっと胸を撫で下ろす。
「カミユ、こいつのポケットを探れ。左後ろだ」
「ええー……、なんで俺が?」
検体輸送バッグをきちんと持ったまま、それでもカミユはしぶしぶ歩み寄ってくる。
「俺が変に触ったら、どんな状況だったとしてもアウトなんだよ。お前なら年齢的にギリギリセーフ」
「はいはい」
いくら、こちらには確信があるとはいえ、現行犯で捕まえたとはいえ、捕らえた相手は女性。
下手に際どい場所を触って、要らない揉め事を増やしたくもない。
秋露が検査室から飛び出すように戻ってくる。
それを確認してから、カミユは押さえつけられている女性看護師の左後ろのポケットから、……まるで採血したての真空採血管そのもののような試験管を一本探り当て、取り出した。
ちらりと、秋露を見る。
彼はもう携帯を耳に当て、今まさにどこかと連絡を取ろうとしているところだった。
「似ているが、ここで使っているものではないよ」
そうして、決定的な言葉を得る。
「そうか。カミユ、そのバッグ開けてみろ」
「ん」
「多分、もともとのそのバッグの構造以外に二重底かなんかになってないか? そこにも、同じものがあるはずだ」
きちんと正規の採血をしてある真空採血管も収められている。その下に、明らかにまだ何かあると思える硬さを感じて、カミユはうなずいた。
「なぁ? 言い逃れでもしてみるか? なぜ、何の理由で、どうして、ってやつをさ」
ぐっと、捕らえ続けている看護師にさらなる圧迫を与えながら、笑顔で問いかけてみた。
ただし、笑っていたのは表面上だけだが。
ほとんど声になっていない音で、盗人が「ヒィッ」と恐怖に喉を引きつらせた。
これでも怒りを抑えて、力も抑えて、まだまだ甘く対応してやっている方だ。
苦しげに呻いて悶える、くぐもった声が廊下に響く。
「ヴァルティくん、ありがとう。あとはこちらがやるよ」
秋露が携帯を耳から離す。
自分たちが来た方とは反対の廊下から立派な装備の警備が複数人、また別の場所から看護師と、秋露と同じような白衣を着た者たちが駆けつけてくる。
警備たちがたどり着いて、俺は危なげなく盗人を彼らに引き渡した。
盗人は、抵抗の声を上げることもしないまま、半ば茫然自失状態で引きずられていった。
俺たちには目もくれず、看護師たちは検査室に飛び込んでいく。
中から、みつきのことを労るような声が聞こえてきたのと同時に、ドアがスラリと閉められた。
「ああ……、面倒事に巻き込んでしまったね。ごめんよ」
カミユのそばに歩み寄り、秋露はまず巧妙に造られた試験管を受け取った。
そして忌々しそうに、偽装された試験管の外装を眺め見る。
「こういうことは、しょっちゅう起こるのか?」
尋ねると、秋露はこちらを見て、苦々しく表情を崩した。
「いや、……久しぶりに、……だが、何度も、かな。水際で止められるものもあるけれど」
「ふぅん…。……あれは、常習犯だろう? 検体輸送バッグの細工のほうが、どう見ても欲をかいたオマケだ。しっかり行き先を洗えよ?」
「必ず」
答えた秋露の眼鏡の奥の瞳が、静かに、燃えるような怒りに満ちていた。
「すまないが、私はあちらに行かなければいけない。申し訳ないが、諸々やらなければいけないことがありすぎる。こちらについてきてほしい」
その申し出に、すぐに答えることができない。
しっかりと閉じられた第一検査室のドアを、無言で見つめた。
「みつきのことは大丈夫だ。信頼のおける者たちに、そばにいるように頼んだから」
「……それは本当に信用できるのか?」
「そうだね。それぞれ全員が結託して、全員が私を裏切る、なんてことがない限りは大丈夫だと言い切れるよ」
仕方なくだが、その言葉を信じることにした。
カミユにまだ検体輸送バッグを持たせたまま、秋露は俺たちを促して歩き始めた。
ヴァルティ
カミユ
秋露
盗人
心電図中のみつき
警備員と看護師たち




