君で良かった
言い逃れのできない数値
「居場所が特定できているのは、なによりの安心材料だった。特にみつきにとっては。……ただし、安々と会える相手じゃないと知らしめられるような、そんな気持ちだったろうな」
テレビの向こう、映像の中の世界の、「運命の番」。
手を伸ばしても触れられない。
でも、そこにいる。
映画の中の俺を、みつきはどんな気持ちで観ていたのだろうか?
「だが、……摩耗は続く。みつきは血統的にも、遺伝子的にも、本当に優秀なΩなんだ」
今までに、Ωが優秀だというくくりで説明を聞いたことがなかったから、純粋に疑問を抱いた。
その希少性などは置いておいて、Ωは身体能力的にはあらゆる数値が低い。精神も脆弱さが目立つ。ただし、生殖能力や繁殖力が高くて、病気などには強い。
それがΩの一般的な特徴だ。
「みつきは、かなり幅広くあらゆるαとの遺伝子的相性がいい。それは本能によって惹かれ合うαとΩの関係において、優秀以外の言葉で表せない」
その気にさえなれば、どんなαとでも番えるということ。
そんなことさせるものか、という感情がまず湧いた。
だが、俺は実際七年、みつきの存在を知らなかった。
その間に、番のいないΩとして過ごしていたみつきは。
Ωとして優秀で、どんなαとでも番える相性の良さを持った彼女は。
……本能によって相性の良いΩの存在を感じたαたちが起こす行動は。
相性が良ければ良い分だけ、抑制剤の効果なんて消し飛ぶ。
本能のままΩを求めて行動するαなんて、ただの獣と変わらない。
俺が青ざめたのか、怒りで身を震わせたのか。
押し黙ったままでありながら、そんな俺の震えるような感情の波に気づいた秋露が、テーブルの上に置いていた眼鏡をかけ直して微笑んだ。
「みつきはどんどん、αを嫌いになっていったよ。なぜこうも、Ωを求めるαは同じような行動を取るのだろうね? 無遠慮に、身勝手に、Ωを掴み抱こうと手を伸ばすんだ」
秋露が俺に向かって、数々のαがみつきにやったであろう掴みかかる動作をして見せた。
伸ばされる手。
必死に、強引に、まるで一度掴んだら離さないといった決意さえ見える乱暴さで。
そして、唯一の寄る辺を探して彷徨うように。
……あのαの男も正しくそうだった。
「自分に『運命の番』がいると知っているΩの少女が、他のαから自分の意思も、言葉も、想いも無視して、ただ強引に押し迫られる。恐怖でしかないだろう。それがみつきが、αが嫌いな理由だよ」
納得以外、できない。
俺は静かに、自分の手を見た。
俺も、初めて出会ったとき、確かにみつきに向かってそんなふうに手を伸ばした記憶がある。
狂おしいくらいの渇望で。
彼女の意思など無視して。
俺がじっと自分の手を見ている姿を、秋露はしばらく黙って見つめていた。
「『君で良かった』と本当に思ったんだ」
「……え?」
顔を上げると、秋露は笑っていた。ただし、眼鏡に窓からの外光が反射していて、その目までは見えなかったが。
「確かに君はみつきに手を伸ばした。でも、みつきが怯えたことに気づいて、手を下ろしたろう? みつきが守るべき相手だと気づいて、行動を抑えただろう? 今までにそんなにも『みつきのために』行動を律した者はいなかった。……君だけだよ、ヴァルティくん」
ぽかんと秋露を見つめ返した。
秋露はただ、笑っているだけ。
そしてぎしりと椅子を軋ませ、テーブルに向き直ると、さっき測った血中抑制剤濃度測定器の数値をカルテに書き込んで、残りの計算を終わらせた。
「ところで、抑制剤が切れかけているっていうのに良い数値を叩き出しているじゃないか。……なにか、良いことでもあったかい?」
にやりと不敵に笑う、なにもかもを見透かしているような秋露の楽しげな笑みは、今までにも何回も見たことのあるものだった。
「……? 良いこ…と……」
指摘され、考えて、思い出す。
みつきから可愛らしいキスをされたこと。
……まさか、番からのキス一つで。
勝手に、爆発するように、顔が紅潮した。
そんな俺を見て秋露はまた笑った。
ヴァルティ
秋露




