これからのこと 第一部終了
そして、日々へ
俺が秋露との込み入った話を終えて、新しく調整された抑制剤を受け取って家に戻ってきたとき、食卓の上に朝食だったものはなくなっていた。
たぶんだが、みつきはもう目を覚ましているのだろう。
「タダイマ」
そう大きくない声で帰りを告げながら、なにやらよく分からないものがきれいに片付いた食卓の端から、ポツポツと順番に並んでいる様に首を傾げた。
一つ摘み上げて、まじまじと見てみる。
手触りは紙だ。
尖ったいくつもの先端を開くと、その造形の複雑さとそれが模しているもとがなんなのか、なんとなく想像がついた。
「……鳥? ここが羽? ……オリガミってやつか?」
鳥を模して折られたオリガミ。
並んでいる数は多くはないが、少なくもない。
「器用なもんだな」
感心してもう一度その造形を眺めた。
どうやら自分の部屋のほうへ行っていたカミユが、俺が帰ってきたことにも気づいて、おかしなテンションで駆け戻ってきた。
「ルティ、おかえり!!」
なにをしてきたんだと思える、カミユの手にはなぜかスコッチテープ(セロハンテープ)。
びょんびょんと跳ねながら、カミユは俺がオリガミの鳥を持っていることに気づいた。
「それな、Craneだって!! ツル!!」
「ツル? ……Crane? これが? ……足はないのか?」
どう見ても、鶴の細くて長い足がない。
訝しがっていると、俺たちのやり取りを見ていたみつきが、口を押さえて、笑い声を堪えて笑っていた。
みつきの手には、はさみとボックスカッター(カッターナイフ)が持たれている。
「ただいま、みつき。具合はどうだ?」
「おかえりなさい、ヴァルティさん。もう大丈夫です。その、……泣いちゃったり、眠ってしまったり、ご迷惑をおかけしました……」
申し訳なさそうに、恥ずかしげに、みつきは身を縮こませる。
「気にすることじゃないさ。それよりみつき、目を覚ましたらあんたも抑制剤の調整に来いって秋露センセイからの言伝だ」
秋露の名を聞いて、彼がもう既に帰ってきていることを知って、みつきの顔に明るいものが浮かんだ。
「じゃあ、これを作ってから行きます」
そう言ってみつきは食卓の自分の席に座ると、オリガミを取り出して、広げて、ハサミやボックスカッターも使ってなにやら作りはじめた。
オリガミは少し、全体的にクシャリとシワが寄っていたけれど、それも気にならないくらいに丁寧に伸ばされて、みつきの手によって折られていく。
「なにを作ってるんだ?」
「それがね!! ルティも見て!! これもみつきサンが折ってくれたんだ」
そう言って、カミユは俺の腕を引いた。
ぐいぐい引っ張られて、自分の部屋のドアの前に立つ。
オリガミで折られた花や剣や、猫や犬。その中の一つにカミユの字で「Luty」と俺の愛称が書いてあった。
カミユの部屋のドアにも同じように、俺よりももっとたくさんのいろいろなオリガミがスコッチテープで貼り付けられて、その中の一つに「Camus」と名前が書いてあった。
戻って来る途中で見たみつきの部屋のドアにも、花のオリガミがいっぱいで「Michuki」と名前が書かれていた。
……これ、名前、間違ってないか?
「ネームプレートってわけか? ……あれ全部、みつきが折ったのか? すごいな」
「ね!! すっごぃ……、うわーっ?!」
食卓の端っこにはどんどん、いろとりどりの手裏剣が並べられていく。
手のひらくらいの大きさから、指先くらいのとても小さなものまで。
カミユのテンションが限界突破でおかしくなっている。
もともときれいな色をしている赤い目が、湧き立つ喜びで輝いていた。
そんなカミユを見て、目を細めるみつき。
ああ、俺は、……こんな日常を守るためなら、なんだってする。
決して、失わない。
失わせない。
君は俺の「運命の番」。
愛を乞い、愛を与え、共に生きる者。
俺が穏やかに目を細めて見つめていることに気づいて、みつきは顔を上げ、じわりと頬を染めて目を泳がせた。
「じゃあ、そろそろ秋露おじさんのところへ行ってきます」
小さな手裏剣をもう一つカミユに手渡し、赤くなった顔を隠すように席を立つ。
「分かった」
「うん。でも、『分かった』じゃないよ、ルティ。今日くらいはついて行くのが常識じゃない?」
「え?」
驚いたみつきが短い声を上げる。
「まあ、そうだな。しばらくは過保護に扱ってもいいだろ」
「I agree.(激しく同意)」
当のみつきの意見も聞かず、俺とカミユの即決即断で、しばらくの間、過保護対応が決まってしまった。
「え? え?!」
「はい、イッテラッシャイ、みつきサン。秋露センセイきっと待ってるよ」
カミユが手裏剣を持った手を元気に振る。
俺が促したから、流されてみつきは歩き出す。
食卓に置いていた彼女の携帯も忘れずに持たせて、二人で玄関を出た。
半ば呆然としているみつきをエレベーターに乗せて二人分の生体認証。そして目的階を押す。
「ああ、そうだ、みつき」
「は、はい?」
まだ呆然としていたみつきが、慌てて俺を見上げた。
「俺のサインが入った冊子、あとで見せてくれよな?」
そう告げたのとほぼ同じタイミングで、エレベーターがポーンと到着の音を立てた。
「ん」
手を差し出す。
繋いでくれと願って、優しく。
みつきは差し出した俺の手に視線を落とした。
それは怯えるようなものではない。
俺の手が、みつきのためにここにあって、みつきのために伸ばされていることを確認したと言わんばかりの視線だった。
柔らかで小さな手が、俺の手に重なる。
俺はそんなみつきの手を握って、歩き出した。
そして、ようやく思考が追いついたらしいみつきが、隣で弾かれるような勢いで叫んだ。
「なんで知ってるの?!」
その恥ずかしさばかりが乗った元気な悲鳴に、俺は喉を鳴らして笑った。
第一部完
ちなみに。
ツルに足が生えているのに気づいて、カミユが叫んだのは次の日のことだった。
ヴァルティ
みつき
カミユ




