秋露と話そう
秋露とみつき、どちらを知るか
「やあ、来たね」
待ちわびていたかのような秋露が招く研究室。
彼が診察用のパソコンからこちらを向いて、向かいの椅子に座るようにと促してきた。
同時に渡される、血中抑制剤濃度測定器。
黙ってそれを受け取り、椅子に座って、測定器の封を切った。
「先ほど、警察と警備室から改めて聞いたよ。……今、みつきは?」
「ぐっすり寝てるよ。さすがに疲れたんだろ」
「そうか。みつきを守ってくれて、ありがとう」
椅子に座ったまま、深く頭を下げた秋露に、俺は自分の血を吸わせた測定器を突き返した。
「当たり前だ。……いや、あんたの礼は、家族を思っての当たり前の礼だな。受け取る。どういたしまして」
運命の番であるみつきを守るのは当たり前のこと。
αとしてΩを守るのも当たり前のこと。
たとえ見ず知らずだったとしても、女性が不審者に襲われていたら救いの手として動いていただろう。
なんにせよ、俺は絶対にみつきを守るために行動したはずだ。
自分の不在のときに危険な目にあったみつきが、Ωだろうと、そうでなかろうと、彼女を守った俺に頭を下げて礼を言いたい秋露の気持ちはよく分かった。
俺ももし、カミユがそんな状況に陥って助けられでもしたら、同じことをするだろうから。(カミユがそれなりに自分の力であらゆることを打破できそうな力を持っていることは、この際置いておいてだ。)
秋露はニコリと穏やかに笑った。
彼らしい、含みのありそうな裏側の読み切れない、それでも人当たりの良い笑顔で。
「生ぬるいものでは返せないほどの恩だ。それに報いるために、……そうだな、どちらか選んでみるかい?」
投げかけられた問いに、疑問を浮かべて秋露を見る。
「どちらか?」
「うん。君が知りたいだろうことになんでも答えるよ。みつきのことが知りたいかい? ……それとも、私のことを?」
それは確かに、知りたいことだった。
秋露はあまりにも謎に満ちている。
その目的も、行動も、一貫してみつきのため、Ωのためという強固な意志はあるが、そこに至った理由は窺い知れない。片鱗さえ見せてくれない。
なぜ、俺を選び、招いたのか。
初めて出会ったとき、みつきの運命の番だと気づいていたのか。
実験のように、共同生活を送らせることにした意味がもっとあるはずじゃないのか。
聞きたいことは山ほどある。
その答えを、聞けば教えてくれるのか?
秋露に向かって答えるのに、少しだけ間があった。
「……みつきのことを教えてくれ」
だけど、選んだのはやはり、彼女のことだった。
お互いを知るために、お互いで話し合えばいい。
運命の番というだけで片付けたくない情愛が、すでにこの胸の中にはあるから。
そうしていくことは当たり前のことだけど、多分、それだけじゃ足りない。
きっとみつきがそれらを俺に話してくれるには、長い長い月日が必要だ。
それじゃあ、間に合わないんだ。
耐えられないんだ。
彼女が成人年齢を迎えるまでのあと少し。
俺にはそれを耐え抜くための、みつきへの理解が必要なんだ。
くっと秋露が喉を鳴らして笑った。
「私はもう、何度も何度も『君で良かった』と思わされているよ。ヴァルティくん」
ぎしり、と、秋露が座る椅子が音を立てて鳴るほど、彼は椅子に深く背を預けた。
その顔には、今まで見たことのない諦念を抱いた穏やかな笑みが広がっていた。
初めて、今俺は、本当の水実秋露と向き合っている。
そう思えた。
「みつきはね」
こちらの準備など待ちもせずに、秋露は話し始める。
「αが大嫌いなんだ」
続いた言葉に、絶句した。
そして、あることが腑に落ちた。
そうか、と深く納得する。
「今、分かった。……秋露センセイ、……あんた『劣化α』だな? 優秀すぎて、誰もそうだなんて絶対に思わない。だけど、……あんたは」
胸に込み上げたあまりの憐憫に、思わず顔を歪めてしまう。
秋露はニコリと笑った。
やはり、ひどく寂しそうな、優しい笑顔で。
ヴァルティ
秋露




