美味しいもの みつきのお留守番の日々6
飢餓を知っていることは苦しみと哀しみ
朝。
とても目覚めの気分が良かった。
カミユくんはやっぱりトレーニングに出ている様子で、居ない。
おはようとメッセージを送ると、昨日と同じくおはようが返ってきた。
それだけで嬉しい。
『今日もまた学校まで行ってみようとおもう。ベントーたのんでもいい?』
『もちろん』
サムズアップのうさぎのスタンプを送ると、Thanksと言っている狼のスタンプが返ってきた。
そんなやり取りに、笑顔がこぼれる。
そして私は、朝ご飯とお弁当作りに勤しんだ。
戻ってきたカミユくんと朝ご飯をしっかり食べる。
片付けまで手伝ってくれた。
そして、また今から学校までの道のりを再確認しに行くカミユくんにお弁当を渡した。
昨日と同じ、カトラリーもセットになったお弁当袋に入れて。
「ありがと!!」
「どういたしまして。カミユくんはなんの食べ物が一番好き?」
「んー? やっぱり肉かな? でも、美味ければなんでも好きだぜ」
「ふふ、あんまり参考にならないなぁ」
私が笑うから、カミユくんもつられて笑った。
「オレらがいた場所は家庭料理なんてものとは縁なんてなかったし、ルティとの生活は楽しいけど食生活は結構適当で、三食買ったものが多かった。ずっと昔みたいに、飢えずにいられるなら文句はないよ。きちんと食べられるだけ、ほんと、文句なんてない」
どこか遠くを見ながらも、さらりとカミユくんの口から出た彼の当たり前が、過酷な境遇を経てきたからこその言葉だと気づかないほど鈍感ではいられなかった。
それに気づいた私に、カミユくんも気づいた。
そして自分の発言が、私を戸惑わせるに値する常識外の言葉だったことにも。
「えっと……、オレ、そんなだから、この国の飯とかの動画見て、みんながワイワイ『ウマいウマい』言ってるの観てさ、すっごい楽しそうで、羨ましくって」
「……うん」
ある意味暴露してしまったことをもう言い繕うつもりもないと、少年は本心を吐露した。
うなずきながら、受け入れる。
カミユくんは少し落ち着きなく前髪を掻き上げて、赤い目をしばらく泳がせてから、やっと私を見た。
「だから、ルティがこの国に連れて来てくれて、嬉しいんだよね。きっと買って食べるものだって最高に美味いだろうけど、……それも楽しみだけど、みつきサンの飯、マジで美味いんだもん」
受け取ってくれたお弁当箱を持つカミユくんの手に、少しだけ力が入ったのが分かった。
「嬉しい。カミユくんの一番好きな食べ物がなんなのか、いっぱい食べて見つけようね」
「……うん」
「食べたいもの、たくさん教えてね?」
「うん」
なんだかむず痒い恥ずかしさを覚えながら、お互い微笑み合った。
「……ルティにもさ、食べさせたいし、食べてほしいんだよね。いっぱいいろんな美味しいもの」
そこから、自嘲さえ含んだ寂しい笑みでカミユくんはヴァルティさんのことを口にした。思い沈む思考には、彼とヴァルティさんの今までの生活が巡っているのだろう。
「ルティはオレより年季が入って、無頓着」
それは純粋に、ヴァルティさんが自分たちよりも年上だからとも言ってしまえそうだ。
「だから、根底からある価値観ってやつがひっくり返ったらいいんだ。食べ物一つで感動できるくらいのものが、この国にはゴマンとあるんだから」
挑むように笑った、カミユくんのやる気に満ちた眼差しの中に、彼のたくましさをしかと見る。
「私も頑張って、いっぱい作らなきゃ?」
「そこのところは協力、ヨロシクお願いシマス」
今度こそ、二人一緒に笑い合った。
「そのためにも、ヴァルティさんにはお仕事頑張ってもらわないと」
「だね。今日帰ってくるの、やっぱり夜かなぁ? 仕事での高い飯食ってから帰ってくるのかな?」
「どうだろうね? 連絡があればいいけど。……もし良かったら、聞いておいてくれる? それと、お仕事頑張ってって伝えてくれると嬉しいです……」
不思議そうに、カミユくんは首を傾げた。
「なんで? 自分で……、あ、アプリおかしいままだっけ?」
「うん。やっぱりダメそう」
「そっか。分かった。言っとく」
カミユくんは携帯でパシャリとお弁当袋の写真を撮ってから、バックパックに詰め込んだ。
「あと」
バックパックを閉めようと下を向いていたカミユくんの綺麗なつむじに向かって、声をかける。
「ん?」
「あの、あのね」
カミユくんはまだゴソゴソとバックパックを探っていて、顔を上げずに返事をくれる。
「うん?」
だからそのまま、言葉を続けた。
「無頓着でも、その範囲内でも、……その、……ヴァルティさんはどんなお菓子が好きかな?」
ピタッと動きを止めたかと思うとカミユくんはゆっくりと顔を上げた。
ほんのちょっと驚きを含んだ赤い目が私をじっと見る。
だから勝手に頬が染まって、勝手に目が泳いだ。
「えっと、ヴァルティさんに割れたクッキー持っていかれちゃって、そんなのなけなしのプライドが許さないというか、どうせなら一番好きなお菓子を食べてもらって、うならせてやろうかなって。そのためには下調べも練習も必要だし、情報が欲しいなって、……思ったりして」
捲し立てるにはしどろもどろな、取ってつけたもっともらしい言い訳。
泳ぎまくっていた目をどうにかカミユくんヘと戻すと、年下の少年は、隠す気もなくニヤニヤと楽しげな笑みを浮かべていた。
なにも言われなくても、なんで笑われているかが分かってしまえそう。
「ルティは好き嫌いなんてないよ。でも、同じだけ特別好きなものもない。それでも甘い物は好きで結構食べてる。エネルギー効率がいいから」
耳まで赤くなってしまった私に、カミユくんはニヤニヤを押さえずにもっとニヤニヤしながら携帯を振って見せた。
「聞いとく。報酬に、オレにもみつきサンのクッキーちょうだいね」
こくこくとうなずくと、カミユくんは元気にバックパックを背負った。
「お昼過ぎに帰るつもりでいる。なにかあったらメッセージ送るし、みつきサンもなにかあったらメッセージちょうだい。じゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
ニヤニヤしたまま手を振るカミユくんを、私も手を振って見送った。
玄関のドアが閉まる音。
私は赤くなったまま収まりそうもない頬を指先でムニムニと押さえてから、証拠隠滅のために動き出す決意をした。
そう、ヴァルティさんのシーツと枕のことである。
ヴァルティさんのシーツと枕は、あくまで洗濯するためにカミユくんが渡してくれたもの。
惜しいけれど、とっても惜しいけれど、綺麗に洗ってお返しするのが筋である。
部屋に戻って、ヴァルティさんの匂いがまだ残る枕とシーツをギュッと抱きしめる。
顔を埋めて、最後にもう一度、そこに残る匂いを吸い込んだ。
夜には、帰ってきてくれる。
そう自分に言い聞かせて、私は洗濯機に挑みに行ったのだった。
カミユくんがヴァルティさんに連絡を取ってくれたみたいだけれど、返事は。
『ちゃんと今日中に帰る』
そんな一言だったそうな。
時間は?! 夜ご飯は食べてからなの?! それとも食べずに帰ってくるの?! どっち?!
夜ご飯を作る時間になって、私はキッチンでひとしきり憤って、……ハッと気づいた。
これってまるで、結婚して意思疎通がちゃんとできてないよくある夫婦のお話じゃ?!
「あばばばばばっ!!」
頭の中に浮かんだ考えを振り払うために、両手で頭の上をバタバタ扇いだ。
「まだ夫婦じゃないし!! 結婚のお話さえなにもしてないし!! ……結婚、……け…、『まだ』って……」
今度は無言でジタバタ暴れた。
ちょうど部屋からリビングにやってきたカミユくんが、そんな私の挙動を見て、首を傾げていたなんて気づかなかった。
考え抜いた夜ご飯は、チーズと生クリームたっぷり、ベーコンとほうれん草の濃厚カルボナーラスパゲッティ、新鮮な卵黄を乗せて。柔らかい葉っぱの部分をよく煮込んだキャベツとベーコン、しめじのコンソメスープ。アボカドとブロッコリー、切ったミニトマトのサラダ。味変に、肉巻きアスパラと細切りニンジンの焼き肉のタレ焼き。
うむ、私はあなたと白いご飯があれば満足ですよ、と肉巻きをお皿に並べながら思った。
実はところどころ私の思いつく範囲でだけど、カミユくんが好みそうな、驚きそうな、この国の料理特有のなにかを毎度毎度こっそり忍ばせている。
今回のメニューなら、生卵の黄身だったり。
朝ご飯だったら、あんバタートーストにしてみたり。
おにぎりの中身をツナマヨにしてみたり。
今のところ、拒絶されたことはない。
目を輝かせて美味しいと食べてくれる人がいると、これほどまでに料理に張り合いが出るものなのか、と、キッチンに立つのがもっと楽しくなった。
さて、腹ペコ少年は、生卵を見てなんて言ってくれるかな?
「カミユくーん、ご飯できましたー」
「はーい」
いそいそとやってくる気配に、私は勝手にこぼれる笑みを抑えきれなかった。
みつき
カミユ




